誓い
「ライラ、今どちらが優勢なのかしら?」
「王女様、五分五分ですわ」
エミリアは現在、闘技場でメイド長のライラと共にヘイズ親子の戦いを見つめていた。
ライラは本来王宮のメイドをまとめ上げる立場なのでエミリアの側にいることは無い。しかし、エミリアがメイドに騙されて攫われた件もあるので、当面は彼女が側付きメイドになってくれている。
そのライラと共に先程王宮の奥に帰ろうとした所、慌てているギル達を見かけ無理矢理ここまで連れてきて貰った。護衛が彼らではなければ、きっと危ないと言われてここまで来れなかっただろう。
「アルフ、何でいきなりカルヴァンと決闘を…」
今も二人は目にも止まらぬ速さで剣をぶつけ合っている。正直、エミリアの目では追えない速さになってきているので、戦況も良くわからない。
「きっと、いつもの親子喧嘩ですよ」
ライラが笑いながら言う。
彼女が言うのなら、そうなのだろう。
「仲がいいのね」
そんなエミリアの言葉に、後ろに居るギルが似た者親子なんだよなと呟く。なるほど、あの二人はそんなに似ているのか。
昨日アルフレッドは吹っ切れた顔をしていたので、きっとこの決闘も前に進むために必要なことなのだろう。エミリアはそう理解している。
(とりあえず今はアルフの勇姿を目に焼き付けなきゃ!)
今日も今日とてアルフレッドはカッコイイ。
エミリアはひたすらアルフレッドを見つめ続ける。
「クソッ」
(流石に、そろそろ疲れが出てきたな)
アルフレッドは手で額の汗を拭う。
激しい攻防戦は体力の消耗も激しい。アルフレッドとカルヴァンはかなりの体力を消耗しており、お互い肩で息をしている状態だ。
「そろそろ、終わらせる」
そう呟くと、カルヴァンは剣を下向きに構え始めた。きっと体力が底をつく前に終わらせたいのだろう。
この構えは彼お得意の攻撃をする時の構えだ。来ると分かっていても避けられない、素早く力強く剣が下から振り上げられる攻撃である。
「終わるのはそっちだ」
そう言いながらアルフレッドも剣を構える。
今まで何十回、何百回もこの技を受けてきたのに、一度もかわせたことがない。剣で受け止めようとしても、力負けをしてきた。
(でも、いい加減勝ちを貰ってもいい頃だろ)
アルフレッドはエミリアの前で負けるなんてみっともない姿を見せたくない。彼女の前でこれ以上の醜態を晒したくないのだ。だから、負ける訳にはいかない。
周囲の人達も息を呑んで二人を見守っている。戦いが終盤に入ったのだと皆気づいているのだ。
アルフレッドは剣を構えながら集中をする。その目はカルヴァンから離さない。
しかし突然、カルヴァンが視界から消えた。
(後ろだ)
アルフレッドは素早く後ろを向く。そこには身近に迫ったカルヴァンが居た。しかし、その姿はスローモーションのようにゆっくりと動いてみえる。
(あぁ、ようやく…)
今まで父親のスピードに追いつけたことがなかった。 それがとても悔しくて、ずっと鍛錬を続けていた。
しかし、ようやくそのスピードに追いつけるようになったようだ。父親の動きがいまハッキリと見える。
アルフレッドはカルヴァンの動きに合わせて体をひねる。カルヴァンはそれに気づき、器用にもその動きに合わせて剣の向きを変えてきた。
しかし、アルフレッドはそれを見越していた。
『キンッ―――!』
剣のぶつかる音が闘技場に響きわたる。
数秒開け、ドサッと地面に何かが落ちる音が聞こえた。その音が止むと、闘技場は再び無音となった。
「…」
カルヴァンは目を見開きこちらを見つめていた。その手には剣は無く、空を掴んでいる。
「俺の、勝だ」
カルヴァンの剣は、彼の後ろの地面に落ちていた。
アルフレッドは振り上げられた剣を、斜め下から剣を差し込み振り払ったのだ。
(初めて勝った……)
肩で息をしながら、剣を握った手をまじまじと見る。
本当に自分の剣が通用したのか、少し信じられなかった。
周囲もようやく状況が分かったようで、割れんばかりの拍手をアルフレッドに送っている。口笛を吹いている者もいるので、ちょっとしたお祭り騒ぎだ。
そんな騒ぎに声をかき消されそうにながら、カルヴァンはアルフレッドに話しかける。
「お前に負けたのは初めてだ。もう、お前に教えることは何もない」
その言葉に、アルフレッドは胸の中が熱くなる。
ずっと、父親の背中を追いかけてきた。国を守るこの背中に憧れ、父親のように強く、誰かを守れる人になりたいと思っていた。そんな父親に、ようやく認められた気がしたのだ。
しかし、父親には勝てたが、まだ自分の中にはモヤモヤした何かがある。父親に言われた『守れる自信が無いのか』という言葉が余計にそのモヤモヤを加速させていた。
「…俺も、守れるだろうか」
思わずアルフレッドの口から漏れた小さな呟きを、カルヴァンは聞き逃さない。
「守れるだろうかじゃない、守るんだ。後悔をしないためにも」
(後悔を…しないため…)
その言葉は、アルフレッドの心にストンと落ちる。
そして、それと同時にずっと心の奥底でモヤモヤしていたものが消えていく。
(そうか、そういうことか)
アルフレッドは目を閉じて深呼吸をする。
覚悟を決めなければと思ったのだ。
ゆっくりと息を吐き目を開く。
アルフレッドは素早く周囲を見渡し、歩き出す。
突然の行動に、周囲は何事かとざわつき始めているが、それを気にしている場合ではない。真っ直ぐに目的の人の元へと向かう。
「…アルフ?」
アルフレッドが向かった先は、エミリアの元だった。エミリアは突然目の前に来たアルフレッドを不思議そうに見ている。
周囲はまだ困惑しているようだ。
しかし、ギルだけは何が起きるのか分かっているようで、頑張れよと言いたげな目をこちらに向けていた。
そんなギルを睨みながら、アルフレッドは口を開く。
「エミリア王女殿下」
「…その呼び方は好きではないわ」
どうやらエミリアは王女殿下と呼ばれるのが好きではないらしい。その件は後でいくらでも聞くので、今は大人しく話を聞け。思わずそう言いそうになるが、それをグッと堪えて言葉を続ける。
「俺は、ずっと後悔していた。あの時、なぜ側を離れてしまったのだろうかと」
エミリアが二度目の誘拐をされてしまったのは、紛れもなくアルフレッドが側を離れてしまったことが原因だ。
今回はエミリアの気転もありすぐに助けることができた。しかし一歩間違えば命を落としていたかもしれない。
「あれは、貴方のせいじゃないってお父様も言ったでしょう?私もそう思っているわ」
なぜまたその話を蒸し返すの?と言いたげな目を向けてくる。そんなエミリアとアルフレッドのやり取りを周囲は静かに見守る。
「俺が、側にいれば起きなかった事件なのは確かだ。俺がいればそういった危険は回避することができる。それだけの実力がある」
「アルフに実力があることは認めるわ」
エミリアはまだ話の展開が読めないようで、困惑の表情を浮かべていた。
周囲からは『まさか』という囁き声が聞こえ始めているので、気づいていないのはエミリアだけだろう。
(まさか、なんて俺が一番思ってる)
まさか、自分がこんな事を言う日が来るとは思ってもみなかった。一生無縁なことだと思っていた。
今までに感じたことのない高揚感と緊張が体を駆け巡り始める。こんな心理状態を誰にもバレたくはない。アルフレッドは必死にポーカーフェイスを保ちながら口を開く。
「俺はもう二度とお前を誘拐させない。だから――」
(これが、きっと正しい答えだ)
アルフレッドはゆっくりと息を吸うと、腰から剣を外しエミリアの前に跪いく。周りからは息を呑む声が聞こえた。
「俺のこの先の人生を、エミリア・ランドルフに捧げる。…俺をお前の騎士にしてくれ」
そういうと、自分の剣をエミリアに差し出した。
騎士になるには、君主が剣の平で肩を叩き騎士叙任の宣言と誓いの言葉を交わす必要がある。だからアルフレッドはエミリアの前に跪いた。
自分がこんな事をする日が来るなんて思ってもいなかったので、儀式の手順が正直あやふやだ。間違っていたら誰か修正してくれと少し投げやりな気持ちになっている。
(…なぜ、剣を取らない?)
跪いて剣を差し出したはいいが、一向にエミリアが受け取らない。もしかして、アルフレッドを騎士にしたくないのだろうか。
そんな不安を抱えながらゆっくりと顔を上げる。
すると、衝撃を受けた顔をしているエミリアと目が合った。
(まてよ、この顔…こいつまた関係ない事を)
残念ながらアルフレッドの読みは当たっていた。
エミリアは悲鳴のような声を上げながら叫ぶ。
「そんな!騎士になっちゃったら、私アルフと結婚できないんじゃないかしら!?」
エミリアの叫びに、周囲が今度は別の意味でざわめきはじめた。まさかこの二人、と言いたげな目で見てくる。
(こいつ、まだ言ってたのか!?)
思わず頭を抱える。いや違う、王女とは決してそんな仲ではないのだ。周囲に弁明をしなければいけない。
「王女様、ご安心ください。結婚はできますよ」
慌てるエミリアの横で、ライラが穏やかに口を開いた。まず言うべきことはそれではないだろう、思わず母親に向かって舌打ちをしそうになるが後が怖いので黙る。
「…王女殿下、何度も言いますが、結婚はしません」
これ以上エミリアに付き合っていたら、予想だにしていない展開に話を持っていかれる。アルフレッドは早々に否定をすることにした。
「アルフ、付き合うならちゃんと結婚まで見据えないと駄目だぞ」
しかし、なぜかギルが口を出してくる。ギルは分かってて口を出しているようで、今までの恨みを晴らす!と言わんばかりの笑顔でこちらを見ていた。
(ギル…あとで覚えておけよ)
「そもそも、付き合ってもいない」
「そうなの!?」
アルフレッドの否定にエミリアが叫ぶ。このやり取りは前にもしたような気がするのだが、あと何回すれば気が済むのだろうか。
「王女様、この愚息は私の旦那と同じで鈍いですので、王女様がリードしていかれるといいですよ」
「そうなのね、分かったわ!」
ライラは余計な口出ししかしない。鈍いと言われたカルヴァンはどこか居心地が悪そうだ。
「…いい加減にしろ、話が進まない」
アルフレッドは後悔し始めていた。もしかして、忠誠を誓おうとしたのは間違いなのではないだろうか。
「アルフ、ずっと一緒にいましょうね!」
誰もが勘違いするようなセリフをエミリアは言い放つ。周囲の人々も分かってるのか分かってないのか、祝福モードに入り始めた。
「はあ…」
アルフレッドは騎士の叙任の儀を諦め立ち上がる。
きっとこんな形での始まりがアルフレッドには丁度いいのかもしれない。
これからきっと彼女に振り回される日々が続くであろう。
でもそんな日々も悪くないかもしれない。
そんなことをアルフレッドは考え始めていた。
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