決闘
闘技場で剣を構えた二人の男が睨み合っていた。
どちらも一歩も動かない。張り詰めた空気が闘技場には広がる。
闘技場の周りには人が集まり始めている。
有名なあの親子の打ち合いなど、滅多に見れるものではない。このチャンスを見逃すわけにはいかないと、誰もが固唾を呑んで二人の戦いの行方を見守っていた。
「今日の王宮のは、何だか緊張感が漂っているな」
「ほんと~ピリピリしてて、何だか嫌だわあ」
ギルとマーヴィンは昨日の騒動の事務処理を済ませ、軍の詰め所に戻ろうと王宮内を歩いていた。
しかし、どうも王宮内の雰囲気がいつもとは違う。まるで戦闘でも始まりそうな雰囲気なのだ。
ギルが、昨日アルフレッドが王宮に乗り込んで来た時も似たような雰囲気だったなと考えていると、遠くから誰かが走ってくるのが見えた。
「たったったったい、隊長お!」
「ベン、王宮で走るな、そして叫ぶな、落ち着け」
自分の隊きっての落ち着きのない部下が、興奮した顔をして走って来た。ここは王宮内なのでもう少し場を弁えた行動をして欲しい。
「すみません…じゃなくて!隊長!アルフレッド先輩が!」
「アルフ?あいつ、また何かやらかしたのか!?」
ギルは顔を青くしながら叫ぶ。あの友人、寡黙で大人しいなど言われるが、そんな事はない。ただ無口なだけで中身はただの悪ガキだ。昔から彼に振り回されているギルが言うのだから間違いない。
「ベン、アルフレッド先輩がどうしたのよ?」
「け、決闘を!」
「決闘!?」
思わずギルは叫んでしまう…誰に決闘を挑んだのであろう。もうギルは頭が痛かった。
「そうっす!鉄血のカルって人と、闘技場で!」
「あらあら」
「なっ…」
ギルは頭を抱えるしかなかった。あの親子は一体全体何をしているのだろうか。アルフレッドに言うと怒るが、あの親子本当に中身も見た目もソックリである。
「鉄血のカルは、アルフレッドの父親で近衛隊長のカルヴァン近衛隊長のことだ」
「そうなんすか!?」
ギルの説明にベンは更に興奮をする。
きっと決闘の事を聞きつけ、なけなしの理性でギルまで報告に来たのだろう。顔は今すぐにでも決闘を見に行きたいと書いてある。
「…とりあえず、闘技場に行くぞ」
「は〜い」
「うっす!」
走りたいが走る訳にはいかない。三人で足早に闘技場に向かっていると、曲がり角から美しい人が出てきた。
「あら? あなた達は」
三人は慌てて敬礼をする。いくら親しげに話しかけられても、気軽な態度で接していい相手ではない。
「王女殿下、ご機嫌麗しゅう」
そう、話しかけてきた相手はエミリア王女だ。
「そんなに畏まらないで。三人で慌ててどこへ行くの?」
王女は不思議そうな顔をして聞く。
ギルはアルフレッドのことを言うべきか否か悩み、返答に少し間が開いてしまう。しかし、王女の後ろにいる従者の顔をみて、思わずニヤケ顔になる。
(これは、言うべきだな)
「アルフレッドと、カルヴァン近衛隊長がどうやら決闘をしているようで」
「アルフが、カルヴァンと?」
王女は後ろの従者と顔を見合わせる。
そして従者が頷くと、直ぐにギルに向き直った。
「ギル、そこに私も連れて行ってくださるかしら?」
「仰せのままに」
頭を下げながら、ギルは心の中で微笑む。
(アルフ、俺に感謝しろよ)
これは面白いことになるかも知れない。ギルからヘイズ親子への仕返し…いや、サプライズだ。
三人と王女様御一行は、闘技場へと急いだ。
闘技場ではアルフレッドとカルヴァンが剣を交えていた。
その戦いは誰が見てもレベルが高いと評価するほど、高度な技と俊敏な動きが連発する戦いだ。見ている者たちは、目で追うだけでも精一杯である。
しかし、当の本人達はまだ余裕があり、周囲には聞こえない声で会話をしていた。
「アルフレッド、お前は何を恐れている」
「…」
「剣筋から迷いを感じる」
この父親とは、昔から言葉よりも剣で語り合ってきた。だからこそ、アルフレッドの剣筋から感情を読み取れるのだろう。
(そういう余裕な所が、気に食わない)
どんなに技術を上げても、力をつけても、父親に勝つことが出来なかった。今なら、と思ったが今の所五分五分だ。
「恐れてはいない」
力強く踏み込み、剣を下から上に振り上げる。しかし、カルヴァンはそれを剣の腹でいなす。周囲から感嘆の声が上がる。
「なら、自信が無いのか」
「…」
次はカルヴァンが俊敏な動きで突きしてくる。アルフレッドはそれをかわしそのまま切りかかるが、間一髪避けられる。
「人の命ばかりを奪ってきた己の剣で、人を守ることがてきるのか、そんなくだらない事で悩んでいるのか」
「…今日はよく喋るな」
カルヴァンは剣を鋭く横振りする。アルフレッドは剣で受け止め、左足でカルヴァンを蹴り上げようとするが素早い動きで避けられる。
「お前の、その情けない姿に、ついつい口を出したくなった」
「いきなり父親面するな」
二人はジリジリと距離を取っている。
お互いに少し息が上がってきているので、呼吸をゆっくりと整える。この戦いはどちらかが気を散らすか、気が逸れるかしなければ終わりそうにない。
「俺はセドル…セオドルフ国王陛下と幼馴染だった」
話しながらカルヴァンは飛び掛って来る。それを避けながらアルフレッドは驚いた。カルヴァンはアルフレッドと同じで無口だ。だから、昔の話なんて初めて聞く。
「あいつが成人をした十二歳の時、俺はあいつに騎士の誓いを立てた」
「…なぜ、誓いを立てようと思ったんだ」
カルヴァンは容赦なく攻撃を続ける。父親の昔話に気を取られているアルフレッドは避けるのに精一杯だ。
「あいつが、良き国王になると思ったからだ。俺は王を守ることで、大切なこの国を守ろうと思った」
(良き、国王)
また鋭い突きが襲いかかる。アルフレッドは一瞬反応が遅れ、脇腹を浅く切られた。周囲からはざわめきが聞こえる。
「それは、軍でもできたことじゃないか」
やられたらやり返す、その勢いでアルフレッドは反撃を始める。カルヴァンは突然始まった反撃に少し驚きを見せた。
「できるかもな。でも、俺はあいつの側であいつを守らなければ後悔すると思った。俺だったら助けられたのに、俺があの時側にいればなんて、後悔はごめんだ」
「後悔…」
その言葉にアルフレッドはエミリアが二度目に誘拐された事を思い出す。そう、あの時アルフレッドは後悔をした。
そんな事を考えていると、カルヴァンが突然猛攻撃を始めた。アルフレッドは必死に避けるが、先程のカルヴァンの言葉が引っ掛かり戦いに集中できなくなっている。
「後悔する選択をするな。覚悟を決めろ」
(覚悟――)
その時だった。闘技場に女性の声が響く。
「アルフ!負けちゃだめよ!頑張って!」
「カル。貴方まさか息子に負けないわよね?」
アルフレッドとカルヴァンは驚き声のする方を向く。そこにはエミリアと茶髪にエメラルドグリーンの瞳の女性が立っていた。
「王女殿下……それに、母さん」
そう、エミリアの横にいる茶髪にエメラルドグリーンの瞳の女性は、カルヴァンの妻でありアルフレッドの母親だ。
カルヴァンは横でライラ…としまったと言わんばかりに呟いた。きっと後でこっそり母親に怒られるのだろうと予想がつく。彼女は怒るととても怖い。
「よく分からないけど、決闘とはどちらかを応援するものって書物で読んだわ!だからアルフ、頑張って!」
エミリアは相変わらずマイペースだ。その知識は少し偏りがあるので、誰か後で修正してほしい。
(なんでエミーと母さんがここに…警護なしにこんな場所まで来れるはずは…)
だが、その疑問はすぐに解消された。二人の後ろには何故か笑みを浮かべているギルと、手を振るマーヴィン、そして興奮して頬が朱色に染まっているベンがいるのだ。
(あいつらが護衛として着いてきたから、ここまで来れたのか)
あの三人、ああ見えて軍トップの一番隊所属だ。ギルは一番隊の隊長をしているので、実力はお墨付きだ。
「どうやら、負ける訳にはいかなくなったようだ」
カルヴァンが剣を構え直しながら言う。
妻が見ている前でみっともない姿は見せたくない、そんな気持ちが垣間見える。
「それは俺も同じだ。王女殿下に声援を貰っているのだからな」
アルフレッドとて、みっともない姿を見せたくは無い。先程よりも県を握る手に力が入る。
二人は再び向かい合うと、打ち合いを始めた。
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