帰還


人生はどうなるか分からないものである。


アルフレッドは現在、謁見の間でセオドルフ国王陛下の前に跪いていた。ついこの前までのアルフレッドであれば考えられなかった行為だ。


王女殿下の救出から一夜明け、国王陛下に呼ばこの部屋へと来た。前回アルフレッドが押し掛けた時と違い、謁見の間には穏やかな空気が流れている。



「此度は、我が娘エミリアを助けたこと、礼を言う」



国王陛下がアルフレッドに向けてお礼をいう。

エミリアからも今回の事件の事詳細を聞いているようだ。


「勿体ないお言葉です。私が、王女殿下の側を離れなければ起こらなかった事件ですので」


そう、あの時アルフレッドがエミリアの側を離れなければ、彼女はまた誘拐されてしまうなんて事は無かったのだ。


本来であれば打ち首でもおかしくない失態であるが、無事に怪我もない状態で救出する事ができたので、罪は免れているようなものだ。


「もとわと言えば、私がコリンの目論見に気づかずにいた事が発端だ。お前が気にすることではない。さあ、顔を上げてくれ」


国王の言葉にアルフレッドは顔を上げると、エミリアと同じ水色の瞳が穏やかにこちらを見つめていた。


その瞳を見つめながら、アルフレッドは口を開く。


「あの日から四年の月日が流れ、見えていなかったものがようやく見えるようになりました」


目を閉じると、未だにあの日の出来事ははっきりと思い浮かぶ。ずっとアルフレッドの心の中心では絶望と怒りと悲しみが渦巻いていた。


しかし、今そのは感情はどこにも見当たらない。


「時が戻ろうとも、私はきっと同じ判断を下すであろう」


国王は複雑そうな目をしながらも、はっきりと言う。


「今なら、国王陛下の判断や思いを理解できます。…理解できていても、きっと私はまた同じことをするでしょう」


アルフレッドもはっきりと返す。

あの日をやり直す事ができても、きっと自分は同じ事をするはずだ。それがアルフレッドなのだから。


「そうか」


アルフレッドの言葉に、国王は優しく頷く。


国王とアルフレッドの間にできていた溝はようやく埋まった。エミリアの言葉がなければ歩み寄ることすらできなかっただろう。彼女には感謝しても感謝しきれない。


「アルフレッド、今後お前はどうするつもりだ」

「国王陛下のご配慮により軍に所属したままとなっていましたので、また一軍人として国を支えていきたいと思っています」


国王の問いに、エミリアを救出してからずっと考えていたことを口にする。

あの日脱ぎ捨てた軍服をまた着よう。そして未来の女王様の為に、この国に尽くそう。きっとそれが国王への、エミリアへの恩返しになるはずだ。


しかし、そんなアルフレッドに対し、国王はある提案をしてきた。


「娘の、エミリアの騎士にならないか」

「騎士に…?」


思ってもみなかった提案に思わず目を見開く。


王女の騎士ということは、ゆくゆくの近衛隊長ということだ。魅力に感じないわけではないが、答えはもう決まっている。


「ありがたいお話です。ですが、一度、国王陛下に背いた過去のある私は相応しくないです」


自分が相応しくないことは、他の誰でもない自分が一番分かっていた。それに、アルフレッドの剣の腕は、人を守ることよりも、人の命を奪う事の方に長けている。


(人の命を食らってきた俺よりも、守りを得意とする奴は大勢いる。例えばギルとか、な)


黒髪の青年の優れた剣術は、人を守ることに向いている。


そんな事を考えていると、ずっと静かに国王の横に立っていた王の側近、近衛隊長―カルヴァンが口を開いた。


「アルフ、お前はまた逃げるのか」


(――!)


その声にアルフレッドはカルヴィンの方を向く。黒色の切れ長の目がこちらをジッと見つめていた。アルフレッドは昔からこの目が好きではない。


(相変わらずだな…)


「…どういう意味ですか」


アルフレッドは睨みながら言葉を返す。カルヴァンの目は挑発的だった。


「そのままの意味だ」

「…」


二人は静かに睨み合う。

謁見の間の空気は緊張を帯び始めた。国王はそれを静かに見守っている。



「守れる自信が無いのであろう、アルフレッド・ヘイズ」


「だったらなんだ。…そんなに息子が気に食わないのか」


そう、彼は紛れもなくアルフレッドの父親だ。


昔から周囲には銀髪と目の鋭さがそっくりと言われるが、そう言われる度に眉をひそめてきた。


「お前は、成長しているようで、成長していない」


その言葉に思わず拳を強く握りしめる。

そんな事は言われなくても自分が一番分かっている。しかし、あえてそれを言ってくる所がこの父親らしいと思う。


「昔よりは強くなったつもりだ」

「俺に剣で勝てたこともないだろう」


思わず言い返したが、父親の返しに黙るしかなかない。

アルフレッドの剣の師匠は父親だ。彼から剣の全てを学んできたが、今まで一度も彼に勝てたことが無い。

かつて鉄血のカルと呼ばれた父親は間違いなくこの国一の剣の使い手である。戦場の夜叉と呼ばれる息子は小さな赤子のように思っていることだろう。


「今やったら勝つかもしれないだろ」


四年前に剣を抜くことをやめてからも、稽古だけは怠らずに続けていた。

精神的に成長できていない久手も、肉体的には成長していると思いたい。


「…そうか。国王陛下、よろしいでしょうか」

「ああ、好きにするといい」


カルヴァンは国王に伺いを立てると、そのままアルフレッドに向き合う。


「アルフ、表にでろ」

「…分かった」


どうやら久しぶりに剣を交えようというらしい。

最後に父親と打ち合いをしたのは、いつだったろうか。


アルフレッドは国王に頭を下げると父親と共に闘技場へと向かった。


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