救出②
時は少し遡る。
作戦が決まった後、アルフレッドはすぐさまギル達と共に屋敷に乗り込んだ。
急に現れたアルフレッド達に男達は驚いていたが、やはり戦い慣れしている剣士なのだろう、男達はすぐに応戦体制に入る。
アルフレッドはその場をギルとマーヴィンに任せ、エミリアを探しに屋敷の奥へと進んだ。
(どこだっ…)
なかなか見つけられず、苛立ちを覚える。
闇雲に歩き回っても時間の無駄だと分かってはいるが、エミリアの安全を考えるとゆっくりと探してはいられない。
周囲の様子を見ながら耳を澄ませて歩いていると、遠くから人の声が聞こえた。
『――!』
(この声は!)
間違いない、エミリアの声だ。
アルフレッドは声のする方角へ駆け出す。
(こっち…この部屋だ!)
声のする方角へと行くと、屋敷の奥にある扉の前にたどり着いた。
扉を開けようとするが、鍵がかかっている。くそっと罵りながら周りを見るが、扉を壊せそうな道具は見当たらない。
仕方ない、アルフレッドはそう呟くと扉から離れる。
『バンッ!』
助走をつけて扉を蹴破った。緊急事態なのだから、器物破損にはならないだろう。
蹴破ったドアを避けながら部屋の中に入る。
しかし、そこには信じられない光景が広がっていた。
「アルフ!」
(!?)
エミリアは無事のようだ。だが何故か彼女はベッドに押し倒され、胸元の服がはだけている。
そして、彼女の上にはコリンが跨がっていた。これはどうみても、それだ。
(襲われ…てる?)
誰がどう見ても、襲われている状況だ。
アルフレッドの頭の中は真っ白になる。こんな状況は予想していなかった。一体全体どういう事だろうか。
アルフレッドは殺気立ちながらゆらりと前に進む。
「何してるんだ」
口から出た声はいつもより低い。
エミリアが何か言ったような気がするが、今はそれどころではない。アルフレッドはコリンを睨む。
「お、お前は…アルフレッド・ヘイズ…!」
コリンは顔を青くしながらアルフレッドの名前を口にする。入り口の近くにいた男達も、コリンから発せられた名前を聞き、アルフレッドが誰なのかわかったようだ。剣を構えながら、逃げ道を確認している。
残念だが、アルフレッドはこの部屋に居る者を誰一人として逃がすつもりはなかった。全員消そう、そんな気持ちしかない。
ゆっくりと剣を鞘から抜き構える。
入り口に居た男達は、ひっと小さく悲鳴を上げている。きっと自分達が最初に殺されると思ったのだろう。
(まずは、あいつからだ)
そう、まずはコリンからだ。
コリンも自分の命が危ない事に気づいたようで、焦りながらしどろもどろに脈絡のない言葉を並べ始める。命乞いのつもりなのだろう。
「まっ、まて!アルフレッド!話をしよう!そうだ、お前には新しいポジションを!」
今更何を言っても無駄だ。
アルフレッドは剣を構え飛び出す。
(大丈夫だ、楽に逝かせてやる)
人を切るのは得意分野だ。
アルフレッドは、呆然とするコリンに向かって無表情に剣を振り下ろした。
「っっっぶねえ!」
(っ!?)
しかし、誰かがコリンとアルフレッド間に入り込み剣を止める。まさかの展開にアルフレッドは目を見開き驚く。
「……お前」
しかし、止めたのが誰なのか気づき、ゆっくりと剣を下ろす。
「ったく…」
黒髪の青年、ギルが剣を鞘に収めながらため息をつく。そう、アルフレッドの剣を止めたのはギルだったのだ。
「こっの、馬鹿!頭に血が昇りすぎだ。冷静になれよ、王女様の上を血の海にするつもりか?」
ギルは怒っているようで、怒鳴り散らす。アルフレッドに馬鹿と言ってくるのはこの友人くらいだ。
「…すまない」
ギルの言葉にハッとする。どうやら彼の言う通り、相当頭に血が昇っていたようだ。危うくエミリアを血塗れにするところだった。
いや、それよりも危うく無抵抗の人の命を奪うところだったのだ。これじゃあ昔となんら変わらない。成長したのは気のせいなのかもしれない、そんな事を考える。
「謝罪は俺じゃなくて、王女様にだろ。コリン、お前は大人しくお縄につけ」
ギルはお前の剣の振りは重いんだよ、とブツブツ言いながらコリンをベッドから引きずり下ろした。そしてコリンを引き連れて入り口の方へ行く。
入り口の男達はいつの間にかやって来たマーヴィンに捕らえられていた。
「俺らは後処理があるから、ここは頼んだぞ」
「アルフレッド先輩、頑張ってねえ」
二人はそう言い残し、部屋を去っていった。
「…」
「…」
部屋には無言のアルフレッドとエミリアの二人だけになった。しかし、お互い気まずくて一言も喋らず無言が続く。
(何から言うべきか…)
最初の言葉を探し視線をウロウロさせていると、胸元がはだけたままのエミリアが視界に入る。
どういう状況だったのか分からないが、とりあえず今すべき事はこれだろう。
「これ着とけ」
アルフレッドは自分の上着を脱ぐとエミリアの肩にかける。
その際に胸元の謎の模様が目に入ったが、今それを聞く場面ではないと思い、とりあえず黙っておく。
「あ、ありがとう…」
エミリアにしては歯切れの悪い話し方だ。最後に話した時アルフレッドは激怒をしてたから、こういう反応になるのは仕方ないのかもしれない。
自分からまずは話しかけるべきだろう、アルフレッドはゆっくりと息を吐くと、覚悟を決めてエミリアの方を向く。彼女はまだ下を向いていた。
「エミー…いや、王女様、申し訳ありませんでした」
その言葉にエミリアが顔を勢いよく上げる。
「王女様と呼ばないで!私はエミリアとしてアルフと出会ったの。王女様としてではないわ」
彼女の目は怒っていた。確かに今この場において、彼女を王女様呼びするのは相応しくないかもしれない。
「ああ、そうだよな。…エミー、すまなかった。お前が俺を騙す気が無かったことは、分かっていた。薄々お前の正体にも気づいていたのに、俺はお前を責めてしまった」
ずっと気づいていたはずなのに、エミリアとの時間が楽しくなり無意識に気づかないようにしていただけだ。
それなのに、一方的に裏切られたと思い彼女を責めてしまった。これでは四年前と同じだ。
「謝らないで。私も貴方の事何も分かってなかった。結果的に騙すようなことになってごめんなさい」
エミリアは本当に騙す気はなかったのだろう。
泣きそうな顔をしていた。
「お前が謝ることじゃない。…それよりも、少しだけ俺の話を聞いてくれるか?」
「良いわよ」
エミリアはアルフレッドと和解できた事に安心したようで、先程とは打って変わり微笑んでいた。
彼女が今からアルフレッドの話を聞いて、何で答えるだろうか。話した後も笑っていてくれるだろうか。そんな事を考えながら口を開く。
「エミーは、俺の…昔の異名を知っているか?」
「えぇ、ここに連れて来られる途中に聞いたわ」
どうやらコリンが雇った兵が話したようだ。それならきっとろくでも無い事ばかり聞かされただろう。
「そうか。…俺は、その異名の通り夜叉のごとく沢山の敵を切ってきた。戦時中とはいえ、大量虐殺と言っても過言ではない行為もした」
話しながらアルフレッドは段々と胸が苦しくなる。本当はこんな話はしたくない。でも、前に進もうと決めたのだからと自分を鼓舞して話を続ける。
「そして俺は、あの日…終戦の日、王の命令に逆らい仲間を助けにいった。あの日も、仲間を助けるためとはいえ、大勢の命を奪った」
エミリアは真剣な目でアルフレッドを見ている。
最後まで話し終わるのを待ってくれているようだ。
「俺は…俺は、あの日、どうする事が正解だったんだろう」
自分でも、もう何が言いたいのか分からなくなってきた。こんな中途半端な説明ではエミリアにも伝わらないだろう。でも、もう何を言えばいいのか分からないのだ。
そんなアルフレッドに、エミリアはゆっくりと両手を伸ばす。そしてアルフレッドの顔を両手でゆっくり包むと口を開く。
「命令違反をして仲間を助けに行ったことが正解に決まってるじゃない」
エミリアのその言葉に目を見開く。
彼女はアルフレッドがした事は正解と言った。それは何故なのだろうか。
エミリアはアルフレッドと目線を合わせながら話し続ける。
「だって、それで救われた命があるんでしょ?」
「あぁ…だが、それにより大勢の命が…」
「でも、助けに行かなければ仲間が失われていたのよ」
その言葉にハッとする。
そうだ、自分が行かなければ仲間は助からなかった。
「全てを救える神のような人なんて居ないわ。…それは王も同じ。王も見捨てたい命なんて無かった。でも、選ばねばならぬ時もある」
そう言いながらエミリアは少し目を伏せた。しかしすぐに力強い目をアルフレッドに向ける。
「だから、貴方が命令違反をしてくれたことは、王にとって救いだった。貴方意外が命令違反を使用としたのなら、王は止めたでしょうね」
「俺だから…」
「そう。戦場の夜叉であれば、万が一にでも仲間を助けて生き残ってくれるかもしれない。王は貴方を信じたのよ」
国王は信じてアルフレッドを行かせた。その言葉がアルフレッドの中で木霊する。
そうだ、あの日国王は一度もアルフレッドの事を止めなかった。その行為をアルフレッドは裏切りだと思ってた。しかし、止めなかった事には理由があったのかもしれない。
エミリアは言葉を続ける。
「アルフレッド・ヘイズ、貴方がした行為は国を救った。他に方法もあったかもそれない。でも、あの日はその選択がベストだったの」
エミリアが放つ言葉はじんわりとアルフレッドに染み込んできた。靄がかかったかのように見えなくなっていた物が、突然見えるようになる。そうだ、アルフレッドはその時にできる最善の行動をしたのだ。
ずっと探していた答えが、アルフレッドが求めていた答えがようやく見つかった気がする。
「俺は…正しかった…」
思わずバカみたいに呟いてしまう。
エミリアはアルフレッドの顔を包み込んでいた手を離しなしながらニッコリと微笑む。
「そうよ、正しいの!それにね、アルフが辛さや悲しみや憎しみを背負わなくていい、それは王の仕事。王が全てを背負うの。私もいずれ全てを背負う女王になる」
だから、四年間の事は貴方が背負うべきものではないわ。そう言った彼女に王の姿が重なる。
ルマイ王国の未来は安泰だろう。彼女はとても立派な女王になる、そんな未来がアルフレッドには見えた。
ずっと過去に囚われていたが、今ようやく過去に区切りがつけられた。大丈夫、きっともう前に進める。
これからは前を見て進もう。
アルフレッドはエミリアに微笑むと、帰るか、と言葉をかけた。
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