正体


王都までのんびり歩いてもあと一日という距離まで来た。

町を通過する道に変更したので、予定していたよりも早く到着できそうだ。


(貴族のお嬢様のエミーとは、今後もう会う機会もないだろうな)


でも、それは仕方ないことだと受け入れている。

何だかんだ言いながら、アルフレッドはエミリアとのお喋りを楽しんでいた。

王都の近くで別れるのが少し寂しく思えるくらいには、親しくなれたような気がする。


今後の事はまだ何も考えていないが、古い友人に手紙を書こうとは決めていた。

四年間音信不通だったので怒っているかもしれないが、彼なら何だかんだ笑って許してくれるはずだ。


彼女のおかげで前に進もうと思えるようになった。

最初は最悪だと思った始まりだったが、案外悪くなかったのかもしれない。今はそう思っている。


そんな事を考えながらエミリアの方を見た。


「何ですか?」

「いや、…何だか人通りが多いな」


目が合うとは思わなかったので、少し慌てて話題を振る。

人通りが多いことはさっきから気になっていたことなので、別にわざとらしくないだろう。


王都へと続く道は、アルフレッドの記憶よりも沢山の人で溢れていた。しかも大荷物の人が多い。


「もう少ししたら王都で生誕祭があるからじゃないかしら?」

「この時期に?」


桜の花が咲くこの時期に、誰か位の高い人の誕生日などあっただろうか。


「王女様の生誕祭です!」

「あぁ…」


アルフレッドは王女様のお披露目の前に王都を出ている。生誕祭はお披露目の後から行われるようになるので、アルフレッドが知らないのも無理はない。


(王女…確か、次の誕生日で十六歳…か?)


容姿も性格も全く知らない。

だが、国王の娘というだけで良い感情を抱けないのが正直なところだ。


「お披露目が十六歳に延期されていたので、生誕祭とお披露目を同じ日に行うらしいですよ」

「延期をしていたのか?」


そういえば、いくら人里離れた場所に住んでいたとはいえ、王女の情報は全く入ってこなかった。お披露目がまだで国民に顔を出してないので、情報が何もなかったのかと今になって気づく。


「王女の身の安全を考えて、ということらしいです。十二歳の時は丁度終戦のタイミングだったので」

「そういうことか。戦後はまだ荒れているからな」

「ええ。子どもは一人しか産まれないので、命を守る為にも慎重になりますよね」

「そうだな」


そう答えて、ある違和感に気づく。




(いま―――⁉)




『子どもは一人しか生まれない』と彼女は言った。

それは間違いなく事実だ。王家は今まで一人しか身籠らないという事実を伏せ、妊娠している振りをし養子を入れるなどして兄弟を作ってきた。カモフラージュをしながら、建国以来ずっと守ってきた情報である。


しかし、その事実は限られた者しか知らされない。


アルフレッドは知ることができる立場に以前いた。

でも、彼女は知るはずはない。ただの貴族レベルでは知ることはできないのだ。


口の中がカラカラに乾いてきた。

心臓は激しく波打ち、アルフレッドに警告を出している。


ずっと心の奥底に違和感を抱えていた気がする。

しかし、それを無意識のうちに見ないようにしていたのかもしれない。


(俺は……)


アルフレッドの違和感に気づいたエミリアが、どうしたんですか?と水色のガラス玉のような目を向けてくる。


(俺は、この瞳を知っている…)


アルフレッドは呆然としながらエミリアを見つめた。

間違いであって欲しい。しかし、一度抱いた疑念は噴水のように身体中に溢れ出た。とっくの昔に、答えにはたどり着いていたのだろう。


怒りなのか悲しみなのか、自分でも分からない感情に身体を支配されていく。


(あぁ、俺は気づきたくなかったんだろう。このまま何事もなくサヨナラをしたかったんだ)


でも、もう気づいてしまった。

引き返すことはできない。


アルフレッドは無言でエミリアの手を引き、街道の脇道に入る。

いきなり何ですか?という声が聞こえるような気がするが、声は頭をすり抜けていく。



もしかしたら、万が一、違うかもしれない。



有り得ないと分かっていても、可能性を探している自分かいた。


心の中はもうぐちゃぐちゃだった。

気づかなければ良かった。でも気づいてしまった、いや、気づかないふりをしてたことに気づいただけなのだろう。


「アルフ…?」


どんどんと脇道を進む。そして脇道の木の影に連れ込み木の幹に彼女を押し付けた。

エミリアは困惑しながらアルフレッドを恐る恐る見つめている。今アルフレッドの纏う空気が、冷たく恐ろしいのだろう。


アルフレッドは彼女を見つめながら、古い記憶を呼び起こす。黒髪の友人との会話で、一度だけ名前が出た。


そう、あれは確か———。



「お前、エミリア・ランドルフか」



彼女は目を見開きこちらを見つめた。

このガラス玉のような水色の瞳を、俺は知っている。


思慮深く、慈悲の心を持つ尊い方であった。

あのお方のためにも、国に尽くそうと思っていた。

でも”あの日”あのお方はアルフレッドの想いを裏切った。



セオドルフ・ランドルフ



この国の国王陛下も、エミリアと同じガラス玉のような水色の目をしている。


彼女は呆然として動かない。

しかし彼女の目が事実だと語っていた。彼女の正体は王女で間違いないのだ。


(俺の事も、誰だか気づいていたんだろう?)


アルフレッドは自嘲気味に笑う。

ああ、俺は騙されていたんだ。あの日関わるべきではなかったのだ。何が事実で、何が嘘だったのだろう。


もしかして、攫われたのも追手もアルフレッを王都へ誘き寄せる為の作戦だったのではないだろうか。アルフレッドは王家の秘密を知っているので、始末したかったのかもしれない。


アルフレッドの目から光が消える。

心がガシャンと粉々に砕けたような音が聞こえたような気がした。













「お前、エミリア・ランドルフか」


その言葉が彼の口から出た瞬間、心臓が凍ったような気がした。

それと同時にああ、やってしまったと思った。こんな形で彼に正体を知られたくなかったのだ。


今目の前にあるエメラルドグリーンの瞳は、光を失ったかのように暗く濁っている。きっと、傷つけてしまった。早く何か言わなくては。


「あっ——」


言葉が何も出ない。何か言わなければと思うのに、焦れば焦るほど声がでない。

今何を伝えても言い訳にしか聞こえず、彼にも言葉が届かないのではないだろうか、そんな思いもよぎる。


でも、このままではいけない。何かを言わなければ。


「あの!」

「もういい」


エミリアの身体を押さえつけていた手が離れた。

拘束を解かれたことにホッとするが、今はのんびリとしている場合ではない。彼は今、もういいと言ったがどういう事だろうか。


「アルフ!」


慌てて彼の腕を掴むが、振り払われてしまう。


「触るな。もう王都はすぐそこだ。一人でいけ」

「ま、待って!」


エミリアの声は届かない。それでも、追いかけて声を届けなければ。

だって、迷子の彼に正解を見つけてあげるって言ったもの。



「アルフ―――!?きゃっ!」



急に手を引かれ振り返る。

後ろにはエミリアの知らない男達がいた。


(あぁ、なんでこんなについてないの…)


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