後悔
エミリアの手を振り切りきった後、アルフレッドは振り返らずに歩き始めた。
心の中は色んな感情でめちゃくちゃだ。
(一刻も早くこの場を去りたい)
ここはもう王都が近いから、きっと彼女も無事に帰れるだろう。軍の詰め所に行けば無事に帰れる。
そう考えていた時だった。
「アルフ―――!?きゃっ!」
(!?)
突然彼女の悲鳴が聞こえ、後ろを振り向く。
だがアルフレッドの場所からは何も見えなかった。
(落ち着け、俺が気にすることではない)
これはアルフレッドを騙すための演技なのかもしれない。
ーいや、もしかして本当に命を狙われていたのではないだろうか。
まだ先程の動揺が残り、考えがうまくまとまらない。足も地面に根が張ったかのように動かない。
(俺は…どうしたら…)
どうするのが正解なのだろうか。
さっきエミリアにぶつけてしまった怒も、間違いだったのではないだろうか。そんなことを考え始めてしまう。
靄がかかったかのように、全てが見えなくなっていく。四年前からずっとこうだ。もう、正解が分からない。
『正解が分からなくなっているのであれば、代わりに私が正解を見つけてあげるわ!』
ふと、彼女が以前言った言葉が頭をよぎる。
(代わりに、正解を…)
彼女は自分にそう言葉をかけてくれた。
そんな彼女がアルフレッドを騙そうとするだろうか。
(いや、ここで一人で悶々と考えても分かるわけがない)
彼女ともう一度話そう。
彼女なら、アルフレッドが探していた答えをみつけてくれるかもしれない。
"あの日"の事も、彼女ならどうするか聞いてみたい。
そう思った時には既に駆け出していた。
先ほどまで重く根が生えていたように感じていたのが嘘のように足は軽い。
悲鳴が聞こえた場所へと急ぐ。
「エミー!」
そこには誰も居なかった。
彼女が立っていた場所には彼女の代わりにアルフレッドの外套が落ちている。
(これはエミーに着せていた物…)
どうやら彼女は攫われてしまったようだ。本当に命を狙われていたのだろう。
アルフレッドは静かに外套を持ち上げる。
(離れるべきではなかった…。だが今は後悔している場合ではない)
何か手掛かりを探そう、靴跡からでも見えてくる情報はあるのだから。
そう思ってしゃがもうとした瞬間、手に持った外套の袖の内側にある小さな文字が目に入った。
(この文はエミーの字だ)
丁寧な字なので、襲われている最中に慌てて書いた訳ではなく、襲われる以前に書いていたものだろう。
しかし、なぜ袖に文字を書いていたのだろうか。首を傾げながら文字を目で追うが、どうやら人名のようだ。
(コリン・カータス?確かこいつはルマイ王国の外務大臣じゃ…)
もしかして、という可能性が頭に浮かぶ。
彼女はとても賢い女性であった。今回攫われた事件や何度も迫る追手の雇い主について既に目星がついていたのではないだろうか。そして、もしも自分がまた攫われても助けに来てもらえるように、手掛かりを残したのではないか。
根拠も無いただの憶測に過ぎない。
だが、彼女なら絶対手掛かりを残すだろう、そう思うのだ。
(さっきの今で、本当都合がいい話だよな)
苦い笑みを微かに頰に含んで下を向く。
さあ、彼女を助けに行こう。話をしないといけない。
どちらの方角に行ったのか、草や土をよく観察する。早く彼女の元に行かなくては。
それから一時間もしないうちに、アルフレッドはエミリアを攫った男達を見つけた。早くに見つけられたのは、運が良かったとしか言いようがない。
丁度、男達はエミリアを荷馬車に乗せている最中であった。人数も四人だけであったので、さっさと片付けようと剣を構える。
(っ!)
しかし、そこに追加で十人ほどの男達がやってきた。
見た目はの田舎の農家風であるが、彼らが放つオーラは明らかに剣士だ。男達は荷馬車の荷台に乗り込む。
この状況ではエミリアを人質に取られながら戦うことになるので、アルフレッドは不利でしかない。
もう暫く様子を見ながらタイミングを伺うべきだろう。
焦ってはいけない、気持ちを落ち着けさせながら慎重に彼らの後をつける。
すると、彼らは王都の外れにある屋敷に入っていった。
(ここは…?)
周りの様子を見るが、誰の屋敷なのか判別できる物はない。貴族の別荘か何かだろう。慎重に敷地内に近づくが、見張りが多く簡単には進めない。
少しでも何か情報が得られないだろうか、そう思い耳を澄ませていると男達の声が聞こえてきた。
(無事にターゲットを捕獲できて機嫌になっている、というところか)
距離があるので声は小さいが問題ない。アルフレッドは人よりも耳が良い。感覚を研ぎ澄ますのは得意だ。
(明日の朝一、移動、今夜は、まえ、、、祝いってところか)
どうやら明日の朝一に、こいつらは移動するようだ。そうなると今夜中にエミリアを助けないといけない。
彼らはエミリアを何かに利用したいようだ。それならすぐに殺されると言うことは無いだろう。ただ、怪我をさせられない保証があるということではないので、なるべく早く助けなければ。
今一度、この屋敷をじっくりと観察する。
敵の見張りの数と中に入っていった男達の数を踏まえると、こちらの戦力は最低でもあと三人は欲しい。
(可能であれば国軍を…いや、無理か)
一瞬頭に浮かんだ考えをすぐに打ち消す。
それができたらどんなに良いだろう。動かせる力をアルフレッドは持っていない。
屋敷を観察していると、馬車が近づいてきた。
質素な馬車なので揺れるようだ。一瞬馬車の入り口のカーテンが揺れて中が見える。
(あの顔、確か)
コリン・カータス。エミリアの残した名前の男が馬車に乗っていた。馬車はそのままエミリアが連れ込まれた屋敷に入っていった。
どうやらアルフレッドの読みは当たっていたようだ。
それなら、もうアルフレッドがやるべき事は決まっている。どうなるか分からないが、やってみるしかない。
エミリアを助けるために、なりふり構っていられないのだから。
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