ふたりの旅⑥


朝露のような湿り気を持った雀の快活な鳴き声が聞こえてくる。もう朝になったようだ。


エミリアは一睡もできずに朝を迎えた。

昨夜の貸し切り風呂での出来事が頭の中で反芻され、眠れなかったのだ。


ちなみにアルフレッドは仕切りの向こうでスヤスヤと眠いっている。なぜあんなに普通なのだろうか。


(あれは…どういう意味なの…?)


ずっとグルグル頭の中で考えていたが、答えが見つからない。もしかして結婚してくるということだろうか。


飛躍し続ける考えを止める者がいないので、エミリアの考えは飛躍し続けていた。


一方アルフレッドはスヤスヤと寝ていなかった。

何であんなことしたんだ、と一晩中自己嫌悪に陥っていたのである。


そんな寝不足の二人は、今日も王都に向けて進む。







気まずいだろう。

そう予想していた道中は、いろんな意味で気まずかった。


「だから、結婚しましょう!」

「…………」


何故かまたプロポーズをされている。

しかも今回は前と違い、一時間に三十回くらいはプロポーズされている。結婚することが目的になっていないだろうか。


「嫌なんですか?」

「そもそも、結婚も何も、まず付き合ってもいない」

「付き合ってないんですか!?」

「…」


昨日のアレは何だったの、と遠回しに責められてる気がする。自分でもよく分からないので、気まずくて何も言えない。


「なら、まずは付き合いましょう!」

「だから、まずはお互い知り合いましょうって言ってなかったか」

「そうでした!それなら、まずアルフのこと色々知りたいです!」


そう言うと、エミリアは早速質問を始めた。


「王都にいる時は、どんな生活をしていたの?」


あまり答えたくない、が、今日は仕方ないと諦める。


「軍にいた」

「やっぱり!それじゃあ、戦争にも?」

「………ああ」


王都で父の背中を見て育った。父を見て強くなりたいと思うようになった。

そのうち、大切な人達を自分の力で守りたいと思うようになった。そして、この国を愛し守りたいと思うようになった。だから軍人になった。


でもそれは全て過去の思い出だ。

今のアルフレッドには、国を守りたいという気持ちが無い。


そんな心境を知ってか知らずか、エミリアは質問を続ける。


「アルフは、この国が好きではないの?」


(この国は好き”だった”。でも今は…)


「…分からない。ただ俺は国王陛下を許す事ができない。だから、好きではないのかもしれない。」

「国王陛下を…?」


エミリアは複雑そうな顔をする。

忠誠心の厚いこの国で、アルフレッドのような事を言う人は希少である。エミリアが返答に困るのも致し方ない。


「だから軍を辞めて王都を去った。もう四年も前の事だ」

「そうだったのね…」


彼女は何かを言いたそうな表情をしていた。彼女はいつも言葉を慎重に選び、空気を読みながら表情を変えるので珍しい。


この短い期間で、彼女が非常に賢い女性であることには気づいていた。突拍子もない事をするが、それは男女関係のみのことなので、ただの箱入り娘の奇行だろう。


(普段なら、あまり突っ込んだ事を言わないんだが…)


昨日の気まずさもあるので、今日はいつもより饒舌気味だ。


「何か言いたいことがあるのか」

「えっと…」


やはり歯切れが悪い。

人の感情を読むのは得意ではないので、彼女が何を言いたいのか察する事ができない。


「言いたくないなら、別に言わなくていい」


困らせたい訳ではないので、この話はここで打ち切ろうとした。すると、彼女が口を開いた。


「なぜ、許せないの?」


彼女にしてはストレートな質問だ。

普段なら自分の事はあまり話したくないが、今日だけはと話す。


「裏切られた、からかな。いや、裏切られたように俺が感じた、というのが正解かもそれない」


国王が裏切ったと言い切って良いものか、正直分からない。もしかしたら、アルフレッドが裏切られたと感じただけかもしれない。


「…」


珍しくエミリアの眉間にシワが寄っていた。

そんな深刻な顔をさせるつもりは無かったのだが。

とりあえず、指でぐいっとシワを伸ばしてみる。


「なっ何するのよ!」


いきなり眉間を触られてビックリしたエミリアは怒る。ついでにビックリして転びそうになったので、慌てて助けた。


「あはははっ、すまん、つい」


寝不足と昨日の気まずさからくる疲れと、色んな要因があったのだと思う。珍しくアルフレッドは子どものような無邪気な顔で笑った。


最後に笑ったのはいつだったか、もうそれも覚えていないくらい長いこと笑っていない気がする。コロコロ表情の変わるエミリアは見てて面白かった。


笑われたエミリアは、形の良い綺麗な口をポカンと開けてこちらを見つめている。


「貴方も…笑うのね」

「俺も一応人間だ」


そういってアルフレッドはいつも通りの無表情に戻った。

エミリアはそれを横目に新たなる決意をしていた。しかしアルフレッドは知る由もないのであった。









朝じっくりと考えた結果、エミリアはプロポーズを頑張ることにした。昨日のアレを踏まえると、現在それなりに良い関係だろうと思ったからである。


それなのに


「付き合ってない」


と言われて驚く。

付き合ってないのか、そうなのか。それでは今現在どんな関係なのだろう。


とりあえず、それなら付き合いましょうと言うと断られた。一体全体、彼はエミリアの何が不満なのだろうか。


しかし、お互いを知り合いうということを思い出し、まずはそこから始めようと意気込む。

あまり話してくれないかもしれないと思いつつ、アルフレッドの過去について聞くと、今日はいつもより饒舌に話してくれた。とても嬉しい。


(のに…まさかのお父様と揉めた人だなんて)


彼から感じていた絶望と怒りと悲しみの原因が、自分の父にあるだなんて思わなかった。

しかし、一体彼はお父様とどのように揉めたのだろう。王宮の奥に監禁されていたエミリアは戦争中の話は何も分からない。


(私がその王の娘と言ったら…彼はどう思うかしら)


やっと心を開き始めてくれていたのに、王の関係者と知れば彼は騙された裏切られたとまた心を閉ざすかもしれない。


騙したつもりも裏切ったとつもりもないが、王の娘だと黙っていた事は事実である。


これであれば最初から名乗るべきだったかもそれない。しかし、名乗ってたら裏切り者の娘を助けてくれなかったかもしれない。


エミリアがウンウン悩んでいると、突然眉間に指を当てられグイっとされる。眉間にシワ寄っていたようだ。


しかし、急なことだったので驚いてしまう。そして驚いて転びそうになって助けられた。これはアルフレッドが悪いと思う。


抗議すると、目の前で無邪気に笑う彼がいた。


(あぁ、こんなふうに笑うのね)


彼の笑顔を見た瞬間、心が決まった。

彼に全部話そう。


時間はかかるかもしれないが、黙っていたことを謝って許してもらおう。本来の彼は冷静で分別がある人なのだから、時間を掛ければ王とエミリアは別と分けて考えてくれるはずだ。


エミリアはまた彼のこの笑顔が見たい。


さて、どう伝えるのが一番いいだろうか。

エミリアは再び考え始めるのであった。


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