ふたりの旅⑤
「お風呂に入りたい、と」
「ええ」
今、アルフレッドの目の前には、頬を膨らませたエミリアがいる。
林で追手を巻いた後から、何故かエミリアはご機嫌斜めだった。
敵から隠れるためとはいえ、抱きとめたことが不愉快だったのかと思い謝れば、そうではないと怒る。
とりあえず歩きながら話を聞こうと思ったが、待ち伏せをしていた追手に遭遇し話を聞くどころではなくなってしまった。
手早く敵を倒し気絶させ先を急ぐが、また新たな追手がやってくる。アルフレッドが相手に怪我をさせず気絶させるだけなので、倒しても倒してもキリがない状態になっているようだ。
村や町を避けているのもバレているようなので、きっとこの先の道も待ち伏せされているだろう。
そこでアルフレッドは苦肉の策で、敵の馬を奪いエミリアを乗せて大きな町に向かったのであった。
一度人混みに紛れて追手を撒いてしまおう、そう思っての策だ。
こうして二人は町に着いて、さっさと宿泊先を見つけ宿に入ったのであった。
そして、話は冒頭に戻る。
(風呂に入りたくて、ご機嫌斜めになっていたのか…?)
あの状況で、何故お風呂の事で怒り始めたのだろうか。アルフレッドには全く解できない。
「大浴場には、一人で行くと危険だ」
「わかってるわ。でもお風呂入りたいの」
今度は悲しそうな顔をしている。
適応能力が高いので忘れてたが、彼女はお嬢様なので、やはりお風呂に入れない状況が辛かったのだろう。
あまり気乗りしない手段ではあるが、この際仕方ない。
「それなら―――」
「お風呂!」
エミリアは現在ご機嫌だ。
よっぽどお風呂が嬉しいのだろう。湯船の中ではしゃいでいるようで、水があちこちに跳ねる音がしている。
そんなご機嫌な彼女とは裏腹に、アルフレッドは憂鬱な気分だ。
なぜなら、アルフレッドは現在、浴室内で服を着て風呂桶に腰掛けているからである。
そう、今二人が居るのは貸し切り風呂なのだ。
なぜそんなものが宿についているかというと、ここが町の花街にある宿だからだ。
お風呂で楽しむお客様もいるので、追加料金を払えば貸し切り風呂が使用できるシステムである。
アルフレッドは意図的にこの宿に入った。
別にそういう目的ではなく、普通の宿であれば追手に嗅ぎつかれるだろうと思っての選択だ。
ちなみにエミリアはこの宿が何なのか気づいてない。
説明が面倒くさいので、あえて言わずにそのままにしておくことにしたのだ。
お風呂と言われ悩んだが、このお風呂を思いつき今に至る。普通の宿にはないので、ある意味この宿にして良かった。
しかし、このお風呂を利用するにあたり問題が一つだけあった。貸し切り風呂は最低二人以上の利用なので、アルフレッドも風呂のある部屋に入らなければならないのだ。
その事をエミリアに伝えると
「問題ないわよ」
即答だった。
問題しかないはずであるが、一体全体どんな頭の中をしているのだろうか。このお嬢様の将来が心配になる。
そんなこんなで、エミリアをご待望のお風呂に連れてきた。
アルフレッドは浴槽に背を向け入り口を見守る。追手はまだ来ないと思うが、念には念を入れているのだ。
後ろから、一緒に入らないの?という声が聞こえるが、聞こえないふりを貫いていた。
彼女はいつか悪い男に騙されそうな気がしてならない。アルフレッドだから何もされないが、普通の男はどんな生き物なのか、後で釘を刺しておくべきだろう。
そんな事を考えていると、上から雫が垂れてきた。
(何だ?)
上を向くと、水色の瞳と目が合う。
「!?」
どうやらエミリアが座っているアルフレッドを上から覗き込んでいるようだ。本当に行動が突拍子も無い。
「アルフも、お風呂入りましょう?」
(は…?)
聞こえないふりをしたのは間違いだったようだ。
「…入らない」
「何で?」
エミリアは目をぱちくりさせている。
何でというが、逆に何で入ると思うのだろうか。
(仕方ない、後ではなく今釘を刺しておくか…)
アルフレッドはエミリアの顔にゆっくりと手を伸ばす。
「エミー、俺は男だ」
「? ええ」
顔の輪郭をなぞりながら言うが、意味が分かってないようだ。
(そうか、こいつは箱入りのお嬢様だったな)
あまり柄ではないのだが、やるしかない。
アルフレッドはゆっくりと立ち上がった。
「?」
エミリアはまだ目をパチパチさせている。
そんな彼女をぐっと抱き寄せ顎に手をかけた。
「!?!?」
顔が真っ赤だ。そいえば抱き寄せるのは今日二回目になる。
しかし、前の時とは違いエミリアはタオル一枚体に巻きつけているだけの格好だ。
そして、アルフレッドの手は顎と腰に回されている。
エミリアは今も顔を真っ赤にしており、口はパクパクさせていた。あと一押しだ。
「男女で風呂に入るとは、こういう事だ」
「…っ!」
顔が更に真っ赤になる。どうやら伝わったようだ。
服が濡れるという犠牲はあったが、犠牲にした甲斐があったようで良かった。
「分かったのな『しましょう!』」
とても元気な声が聞こえたが、幻聴だろうか。
「アルフとなら、ぜひ!」
幻聴ではなさそうだ。そして、何がぜひなのだ。
思ってもみなかった展開に困惑する。
「…自分が何を言ってるのか、わかってるのか」
「はい!キスしましょう!」
いや、キスだけかよ。
思わずツッコミそうになる。
「……さっきのは冗談だ」
冗談なんて、人生で数回言ったことがあるかないかのレベルである。アルフレッドはどっと疲れを感じた。
「…!?」
ものすごくショックという顔をされた。
非常に申し訳ない気持ちになってしまう。
(はぁ…)
申し訳ない気持ちからなのかもしれない。
この時アルフレッドがなぜこんな事をしたのか、自分でも良くわからない。
アルフレッドは手を伸ばしエミリアの頬に触れた。
驚くエミリアとアルフレッドの視線が近距離で絡み合う。
それは一瞬の出来事であった。
アルフレッドは頬から手を離すと、また風呂に背を向けて座る。
「風邪引く前に湯に入れ」
顔を真っ赤にしたエミリアは無言でその言葉に従う。
貸し切り風呂は急に静かになった。
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