第14話 一大決心②
「さっき、僕が何故電話に出なかったのかと聞いてくれましたよね?」
ようやく笑いが収まったような楓が、先程までの硬い雰囲気を打破するように柔らかな声音で言う。綾乃は楓から続く言葉に覚悟するようにこくりと頷いた。
「実は、怖かったんです。沓名さんには彼氏がいると思っていたので……」
思わぬ楓からの言葉に、綾乃は内心驚いていた。しかし、その視線は真っ直ぐに楓を見つめている。
「本当に、僕たちはお互いのことを何も知らないんですね」
じっと楓を見つめていると、楓はそう言って綾乃の目を見て柔らかく微笑んでくれた。それを見た綾乃は思わず俯いてしまう。
このタイミングでその笑顔は、ズルイ。
今が夜で良かった。赤くなる顔を、楓に見られずに済んでいるのだから。
二の句が継げなくなった綾乃に向かって、楓が声をかけてくれる。
「沓名さん……?」
「ズルイです……」
綾乃は思わず心の声を漏らしてしまう。楓はその声を聞き漏らすことなく問いかけてきた。
「ズルイ?」
公園に秋の夜風が一筋吹き抜ける。
綾乃はメモをくしゃりと握りしめてしまった。しかし、そこに書いていたことは思い出せる。メモに書いていた2つめのことを、たどたどしく伝えていく。
「私は、私は天野さんのことを知りたいです。この気持ちがなんなのか、自分でも分からないのですが……」
そう、この気持ちに何と名前を付けたら良いと言うのか、綾乃には分からなかった。ただ、楓のことを知りたい。もっと知って、お互いをわかり合いたい。そうして仲を深めていきたい。
そんな思いが綾乃の心を占めていたのだった。
すると楓から言葉をかけられる。
「僕は、沓名さんのことが好きです。真剣にお付き合いしたいって、そう思っています」
思ってもみなかった言葉に、綾乃は弾かれたように顔を上げた。すると真剣な楓の眼差しとぶつかる。
今、なんて言われたの?
好き? お付き合い?
どう言うこと?
疑問符だらけの綾乃に、楓はなおも言葉を紡ぐ。
「もし、沓名さんも同じように思ってくれているのなら、来週のこの時間に、ここへ、来てください」
それは、お付き合いを了承するならば、来週この公園に来てくれ、と言う意味だろうか?
綾乃は咄嗟のことに頭がついていかない。楓からの言葉を反芻する時間も与えて貰えずに、楓は言う。
「今日はこの辺りで帰りましょう。もし、よろしければ、家まで送らせてください」
夜ももう深くなり始めている時間だった。綾乃は自然と頷いていた。楓は満足そうに笑っている。
帰り道、公園へと行く時とはまた違った沈黙の中、綾乃は楓に送って貰って帰路に就くのだった。
帰宅した綾乃はぼーっとした頭のままベッドへと倒れ込んだ。頭の中では楓からの言葉が繰り返し流れている。
(私、天野さんから告白、されたんだよね……?)
あまりにも自然と告げられた想いに、綾乃は正直困惑していた。とにかくシャワーを浴びようと思い立った綾乃は、のろのろと立ち上がると風呂場へと向かう。
(同じように思っているのなら、来週……)
シャワーを浴びながらも、頭の中は楓の言葉でいっぱいだった。
翌日の仕事中も、綾乃はなかなか業務に集中できずにいた。休憩時間に入ると久しぶりに店長から呼び出されてしまう。
「お金を扱っているんだから、レジに立つ時はもっと集中して貰わないと困るよ」
「すみません……」
店長の言葉はもっともだと、綾乃自身も分かっていた。しかし、昨日の夜の出来事を思い出すだけで、綾乃の集中力は切れてしまう。
仕事の合間に気持ちを切り替えようとすればするほど、どうしても楓の言葉を意識してしまう。
どうしたものかと悩んでいるうちに仕事終わりの時間となった。この日は咲希と同じシフトだったため、仕事終わりに綾乃は咲希に声をかけられる。
「綾乃。今日はどうしたの? 心、ここにあらず、だったじゃない」
「先輩……」
綾乃は咲希の言葉にもぼーっと返してしまう。
「何かあったんでしょ? 綾乃はすぐに態度に出るから。話、聞くからこの後時間を貰っても構わない?」
咲希の申し出に綾乃はこくりと頷いた。
仕事終わりに綾乃は咲希とお茶をすることになった。いつもの喫茶店に入り、注文した品が一通り揃ったところで、咲希が口火を切る。
「で、今回は何があったの? 綾乃」
綾乃は少し悩んだ末、
「連さんとのお付き合いって、楽しいですか?」
そう疑問を口にしていた。
綾乃は今まで男性と付き合った経験が皆無だったのだ。そのことに不自由を感じたことはなかったし、自分は一人で生きていって、一人で死んでいくのだと思っていた。それでいいとさえ思っていたのだ。
「連との付き合い?」
咲希は綾乃の言葉に要領を得ない様子だ。
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