第14話 一大決心③

 しばらく考えたあとに、


「お互いの足りないところを補い合えると言う点では、楽しいし、それなりにケンカもしてきてるよ」


 咲希は真面目に答えてくれる。綾乃はそうなのか、と内心で呟いた。


「どうしてそんなことを?」


 咲希の質問に、綾乃はコーヒーを一口飲んでから昨夜の出来事を話した。楓に告白された辺りを話すときは、顔から火が出そうなくらい恥ずかしいと思いながらも、咲希には隠し事をしたくなかった。


「なるほどね~。それで心、ここにあらず、だったわけね」


 話を聞き終えた咲希は納得している。


「私、困惑してしまって。咄嗟に返事も出来なくて……」


 綾乃の言葉に咲希も真剣に耳を傾けてくれている。


「嫌な思いは全くしなかったんですけど。その、私はやっぱり……」


 綾乃の中に引っかかっていることは、自身が持つ障害のことだった。どこか人とは違う。そのことを楓は知らない。知らないまま、楓の言葉に甘えてお付き合いしても良いものなのか。


「綾乃。綾乃は、良くやっている方だと思うよ」


 咲希が真っ直ぐに綾乃を見て言う。


「そりゃ、障害についてはいつかはカミングアウトするべき内容ではあるけれど、それよりも今の綾乃の気持ちがどうなのか、そこが問題なのよ」


 咲希の言葉に、綾乃は考える。

 今の自分の気持ち。


「綾乃は、天野さんとの縁をここで切ってしまってもいいと思っているの?」


 咲希の言葉にゆっくりと綾乃は自問自答する。

 自分は、一体どうしたいのか。

 昨日までは楓のことを知りたいと思っていた。自分のことも知ってもらいたいとも思っていた。それは障害のことも含めて、知って欲しいことだった。


「少しでも、天野さんとの縁を切りたくないと思うのなら、天野さんの気持ちに応えてあげてもいいんじゃないかな?」

「そんなに軽くて、いいんでしょうか……?」


 綾乃は一生懸命考えて言葉を出した。咲希はにっこり笑うと、


「軽い決断ではないよね。でも、まだ時間はあるんだし、しっかり自分と向き合って、答えを出すべきだよ」


 咲希の言葉がゆっくりと綾乃の中に染みこんでいく。

 まだ時間はある。自分の中の気持ちに答えを出すには十分な時間ではないだろうか。


「綾乃。人を好きになるってね、理屈じゃないんだよ。心が引かれ合うものだから」


 咲希の言葉に綾乃は顔を上げた。咲希は笑っている。

 咲希も連との付き合いに心が引かれ合っているのだろうか。自分は、楓に惹かれているいるのだろうか。


「明日からの仕事には影響させない程度に、しっかり考えなさい」


 咲希はそう言うとコーヒーを一口飲むのだった。




 咲希に話を聞いて貰った後、いつものように家まで送って貰った綾乃はすぐに家事に取りかかった。家事をしながらも思い起こされるのは咲希の言葉だった。

 楓との縁をこのまま切ってしまってもいいのか。それは嫌だった。

 楓に心が引かれているのか。きっとそうなのだろう。

 じゃあ、楓は?

 楓も、自分と同じように自分に惹かれてくれているのだろうか。

 綾乃は気付けば家事の手も止まってしまい、考え込んでしまうのだった。




 翌日の業務は昨日ほど浮ついた気持ちにはならず、慎重に行うことが出来た。仕事に集中することで、楓の言葉や咲希の言葉を考えないようにしているのは、綾乃自身気付いていた。

 そうして日々を過ごしていたものの、それがずっと続くこともなく、とうとう約束の期日前日になってしまう。

 悶々とした気持ちで仕事を終えた綾乃に、同じシフトだった咲希が声をかけてくれた。


「あーやの!」

「先輩」

「明日ね、とうとう」


 咲希の明るい声に対して、綾乃は沈んだ顔をしてしまう。そんな綾乃に咲希は優しく微笑むと、


「綾乃は、考えすぎるところあるから、まだ悩んでいるんだろうなって思ったよ」


 そう言ってくれる。


「綾乃。考えることも大事だけど、感じることも大事なのよ? 感じたままに動いてみて」


 咲希は綾乃の肩をぽんと叩くと、お疲れ様と言ってバックヤードを出て行ってしまう。残された綾乃はぼんやりと咲希の残した言葉を考える。


(感じたままに、動く、か……)


 そのまま帰り支度を調えると、綾乃も店を後にする。

 季節はすっかり秋へと移り変わり、涼しい風が綾乃の頬を撫でていく。秋風に吹かれながらいつもよりもゆっくりと歩いて帰っている間に、少しずつ頭の中もすっきりしていく。


 自分が楓に対して思っていること。

 感じていること。

 何より、これからも楓と一緒に居たいと思う。


 そう気付いた綾乃は、


(よし、決めた!)


 そう一大決心をするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る