第12話 行き違い③
「れーんー? ジーンズにしようと思うんだけど、どうかな?」
少し離れたところにいた連に咲希が声をかける。連は傍まで来ると、綾乃が手にしているジーンズをちらりと見て、
「意外性があっていいんじゃないかな?」
そう言った。
「スポーティな秋にしようと思うの。綾乃の意外性を発見していくわよ!」
張り切る咲希に、連は呆れたように笑っていたのだった。
綾乃は自分が選んだジーンズを購入すると、同じ階にある靴屋へと向かった。今度はスニーカーを購入する予定だったのだ。
「スニーカーなら、仕事中も履いていられるから、デートの時には履き慣れたものになってるでしょうし」
そう言って咲希は人波をかき分けながら進んでいく。
綾乃もはぐれないように必死に咲希へとついて行くのだった。
靴屋に到着して、綾乃はまず黒のスニーカーを手に取った。値段もお手頃で、靴紐は白である。その靴紐の存在感で単調になりがちなスニーカーのイメージが変わっていた。
「綾乃、それにするの?」
横から咲希が覗き込んでくる。綾乃は悩んでいた。
「ジーンズの色に黒は良く似合うと思うよ」
笑顔で咲希に言われて、綾乃はその靴を買うことにするのだった。
残るはトップスと小物を揃えるだけになった頃、昼時も過ぎていたので、3人はフードコートへと向かって昼食を摂ることにした。
フードコートへと向かっている最中に、綾乃は人波に押されて転びそうになる。そこを連が腕を引っ張って支えてくれた。
「綾乃ちゃん、大丈夫?」
「あ、ありがとうございます……」
身近に見える連の顔に、綾乃は顔を赤らめてしまう。そんな2人に咲希が声をかけてくる。
「何してるのー? 行くよー?」
「行こうか」
咲希と連に促されて、綾乃はこくりと頷いてフードコートに向かうのだった。
適当に空いている席を確保してから、
「今日、ここイベントとサイン会があるみたいだ」
ほれ、と言って連は画面を咲希と綾乃に見せてきた。2人が覗き込むと、確かに今日はイベントと書店でのサイン会が企画されている。どうりで人がこんなにも多いのだ。
納得していると次々と注文した品ができあがったことを知らせるベルが鳴る。3人はそれを取ってから次はどこを回るか話し合いながら昼食を食べるのだった。
午後からは階を変えて綾乃の買ったばかりのジーンズと靴に合うトップスを探していく。秋物のほとんどがセールをされている。綾乃はまだ秋になっていないのに、と不思議に思いながらショップを見て回るのだった。
その後、咲希と連に手伝って貰って綾乃はトップスをオレンジと茶色のボーダーのニットトップスに決めた。小物は両手を空けるために斜めがけの小さな
「仕上げは、髪をまとめるためのシュシュ! さぁ、探すよ!」
広いショッピングモールの中で咲希は生き生きとしている。連はそんな咲希の様子に少し苦笑いを浮かべていた。
夕方に差し掛かると、昼間に多かった人も少しずつ散っていく。代わりに夕飯の買い物に来た主婦たちがスーパーの方へと向かっていく。
そんな中、雑貨屋を巡って綾乃に似合うシュシュを探してくれる、咲希。3人は綾乃の、紅葉デートでの身の回りの物が揃ったのを見て、帰宅の準備を始めた。屋上に戻ってから連の運転で綾乃の家に向かう。
「今日は1日ありがとうございました。連さんも、付き合ってくれてありがとうございます」
綾乃からのお礼の言葉に、前の席に座っている咲希の雰囲気が柔らかくなるのが伝わる。
「次のデートもうまく行くといいわね、綾乃!」
弾んだ声で言われて、綾乃ももうすぐやってくるだろう紅葉デートに思いを馳せるのだった。
帰宅した綾乃は、買ったばかりの洋服をハンガーにかけて楓との時間を想像する。
今度は外で一緒にいられる。きっと食べ歩きをもすることになるだろう。どんな食べ物が好きなのだろうか。今日のような人混みの中、はぐれないようにしなければ。
1人でそんなことを考えていた綾乃は、取り留めのない考えだと思って家事をするために立ち上がる。
夕飯を終えてシャワーを浴びに行く。そして部屋に戻って一息ついている時だった。綾乃の携帯電話がメールの着信を知らせた。
この前、楓からのメールを見逃していたので、綾乃はメールの着信音を出すようにしていたのだ。
急いでメールを確認すると、差出人は楓になっていた。きっと次回の外出についての内容だろう。
ワクワクしながらメールを開いた綾乃は、その文面に目を通して固まってしまう。何度も何度もそこに書かれている内容を読み返すが、何度読み返してもその内容が変わることはなかった。
それは、紅葉を見に行くことを断る内容だったのだ。
頭が真っ白になった綾乃は急いで楓に電話をする。呼び出し音の間、ドキドキと言う心臓の音を聞きながら、柔らかな声が聞こえることを待った。しかし、
『ただいま電話に出ることが出来ません。ピーっと言う発信音の後に……』
(嘘? どうして……?)
無情にも響いた電子音声に綾乃は思考が停止するのだった。
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