第12話 行き違い④

 楓と話が出来ないまま、数日が経過した。綾乃の心はここにあらずだったが、それでも仕事はやってくる。なんとかマニュアル通りの仕事をこなす日々の中、綾乃の中に募るのは楓に会いたいと言う気持ちだった。


(会って、話がしたいな……)


 そう思うものの、家はおろか、職場の場所さえ知らないのだ。

 思えば、綾乃は楓のことをほとんど何も知らないでいた。


(好きなこと、嫌いなこと、苦手なこと……。天野さんのこと、何一つ、知らない……)


 唯一知っていることは、自分と本の趣味が似ている。それくらいだった。


(知りたい……。天野さんのこと、もっともっと、知りたい……)


 日に日に募る思いの中、綾乃は1通のメールを送ることに決めた。電話は何度かけてみても留守番電話センターへと繋がってしまう。だからメールにすることにしたのだ。

 しかしメールは声とは違って自分が話したいニュアンス通りに伝わるかが不安だった。綾乃が普段、電話を多用するのはメールで誤解されたくないからだった。


 そんな中、一生懸命考えた文面を何度も読み直してみる。結局はシンプルな内容になってしまったが、下手に装飾するよりも伝わると思った綾乃は、最後の確認をしてからメールを送信した。

 メールを送信したその日は、携帯電話を肌身離さず持ち歩いていた。もちろん、メールの着信音に気付けるように、マナーモードは切った状態だ。


 しかし、待てど暮らせど楓からのメールの着信音が鳴ることはなかった。

 翌日の朝にメールボックスを確認しても、楓からの返信はない。がっかりした気持ちの中、綾乃は休日を過ごしていく。お昼を回った頃だった。




 ピロン♪




 メールの着信を知らせる電子音が響いた。綾乃は携帯電話に文字通り飛びついた。画面の表記を見ると、メールは天野楓からだった。

 綾乃は浮つく気持ちの中、メールの中身を確認する。それは、今夜なら会える、と言う楓からの返信だった。

 綾乃は飛び上がりたくなるくらい嬉しくなった。しかし、冷静さを取り戻すために深呼吸をして、慎重にそのメールへと返事を書く。


 時間はある。だから、会いたい、と。


 やはりシンプルになってしまった文面を送ってからしばらくした頃、再び携帯電話がメールの着信を知らせた。楓からの返信だ。そこには、今夜20時頃に綾乃の勤めている書店前で待ち合わせをしようと言う内容の文面が書かれていた。

 綾乃は急いでそのメールに了解の返事を書く。


 ようやく楓に会える。

 会って、話が出来る。

 きっと、会ったら自分は舞い上がってしまって話したかったことのほんのわずかしか話せないだろう。


 そこまで考えた綾乃は、今のうちに楓に聞きたいことをメモして持って行くことを決めるのだった。

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