第12話 行き違い②

 そうしてレジとPOP作成をしていると夜になった。

 来客の数がピークを越えた頃、自動ドアが開く音がする。綾乃はいつもの調子で挨拶をした。


「いらっしゃいませ」


 どうしても無機質になってしまう声音だったが、これはもうずっとこの調子だったのだからすぐには改善出来なかった。

 顔を上げると、自動ドアをくぐって来たのは楓だった。綾乃はレジを他の社員に任せると楓が向かった新刊のコーナーへと足を進めた。


「こんにちは」


 何気なく声をかけてから、楓の手にある本に目が行く。その本は午前中に綾乃が読んで、先程POPを完成させて店頭に出したばかりの本だった。綾乃が驚いていると、


「こんにちは。昨日はお電話ありがとうございました」


 柔らかな声音と表情でそう言われてしまい、綾乃は恥ずかしくなってしまう。思わず俯いてしまったが、どうしても楓が手に取っている本のことが気になって声を出していた。


「その新刊……」


 勇気を出して発した言葉に対して、楓が何でもないことのように口を開く。


「あぁ、これですか? POPが面白そうだったのでつい」


 笑顔で言われてしまい、綾乃は恥ずかしさと嬉しさで思わず、


「そのPOPを書いたの、実は私なんです……」


 自分の思いが客に、しかも楓に伝わったことが嬉しかった。


「沓名さんがおすすめしてくれているのなら、きっと面白い本なんでしょうね」


 穏やかな声でそう言われてしまい、綾乃もこの本の特徴を説明する。


「良い本でした。日本語の美しさとユーモアの合体と言った感じです」

「沓名さん、今日はこの本を買っていこうと思います」

「ありがとうございます!」


 楓からの言葉に綾乃は喜びを隠すことなく頭を下げていた。楓をレジへと案内しながら、他愛のない会話を短い時間を過ごした。

 そして暖かな気持ちのまま、楓を送り出す。

 この日は綾乃にとって、2回目の成功体験となった。




 それから数日が経った。綾乃は咲希とシフトが同じになったのを見計らって、仕事終わりに咲希へと声をかけていた。


「石川先輩!」

「綾乃? どうしたの?」


 きょとんと聞かれて、綾乃はおずおずと口を開く。


「あの、次の休みの日って、空いてますか?」

「日曜日? 空いてるよ? どうした?」

「買い物を、手伝ってください……!」


 綾乃は精一杯の勇気を振り絞って咲希を誘った。咲希は最初、綾乃が何か重いものを買うために車が必要なのかと思ったが、


「来月の、その、紅葉での洋服を買いたいんですけど……。自分では何が似合うのか分からなくて……」


 続いた綾乃の言葉に咲希は目を見張った。綾乃からそんな話が来るとは思っていなかったのだ。咲希は笑顔になると、


「もちろん、手伝う! なんなら連も誘って、男の意見も聞いちゃおう?」

 そう答えた。




 こうして、日曜日には咲希と連、綾乃の3人で買い物に行くことが決定したのだった。




 そして約束の日曜日。

 綾乃はアパートの駐車場で咲希たちの車を待っていた。約束の時間ちょうどに、連の車に乗った咲希が現れる。


「お待たせ、綾乃。後ろに乗って」

「お邪魔します……」


 後部座席に座ってシートベルトを締める。それをルームミラーで確認した連が車を隣町のショッピングモールへと向けて発進させた。


「綾乃ちゃん、紅葉デートするんだって?」

「えっ?」


 車内で突然言われた言葉に、綾乃は狼狽する。


「そんなに慌てなくてもいいじゃない。紅葉デート、いいねぇ」


 前を向いたまま言われた言葉に、綾乃は恥ずかしくなってしまう。


「紅葉デート、行くんならあそこになるのかな?」

「多分そうじゃない?」


 前の席で咲希と連が会話をしている。


「じゃあ、下は歩きやすい格好がいいかもなぁ……」

「なんで?」

「ヒラヒラしたスカートを穿いて来られたら、結構気ぃ遣うだろ?」


 連の言葉になるほど、と咲希が頷いていた。後ろの席で2人の会話を聞いていた綾乃も、男性からの意見にそういうものなのか、と納得する。

 紅葉を見るとなると、そこは足場の悪い山の上になるだろう。確かに、映画の時のようなスカートでは綾乃自身も歩きにくいかもしれない。


「じゃあ、連の意見を参考にして、ボトムスから見ていこうか、綾乃」

「はい」


 咲希の提案に綾乃は素直に頷くのだった。

 ショッピングモールに到着した綾乃たちは車を停められる場所を探していた。


「さすがは日曜日だな」


 連はそんなことを言いながら立体駐車場を上っていく。結局屋上まで上って空いている場所を見つけた。

 車を停めてショッピングモールの中に入った3人は驚く。

 どこを見ても、人が多かったのだ。


「何かイベントでもしてるのか?」


 連の疑問の声に、綾乃も咲希も答えられない。とりあえず、ここに来る間に相談した通り、ボトムスを見るために手近なショップへと足を向けた。


 そのショップはカジュアルな服を多く扱っていた。どの服が綾乃に似合うかを吟味する咲希に続いて、綾乃も洋服を見ていく。

 歩きやすい格好と言うなら、やはりボトムスはパンツ系のものになるだろう。しかし、一口にパンツと言ってもワイドパンツやショートパンツなど、様々だ。


「ショートパンツも捨てがたいけど、ん~……」


 咲希が悩んでいる。綾乃はその傍にあったジーンズを1本手に取った。


「綾乃、ジーンズ好きなの?」

「いえ、仕事でも履いているので、これなら歩きやすいかなって……」


 綾乃の意見を聞いた咲希が何かをひらめいたようだった。


「よし、今回のコーデのテーマは、スポーティな秋にしましょう!」

「え!」


 綾乃が驚いた声を上げるのに、咲希は任せなさい、と自信満々の様子だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る