第12話 行き違い①

 先輩である石川咲希いしかわさきに家まで送って貰った沓名綾乃くつなあやのは、そのまま家事を行っていた。その後風呂へと入り、シャワーを浴びてから髪を乾かす。それはいつもの日常の風景だった。

 しかしその後、ふと自分の携帯電話が目に留まる。


 綾乃は何の気なしにその携帯電話を手に取った。すると、メールの受信マークがついている。

 慌てて中身を開くと、それは天野楓あまのかえでからのメールだった。時間を確認する。受信時間は今から何時間も前の夕方だった。

 綾乃は驚いて、慌てて楓へと電話をかけた。呼び出し音の最中、もしもう寝ていたらどうしようと、ドキドキしていると、


『はい』


 落ち着いた声音が受話器越しに聞こえてきた。


「もしもし、天野さんの電話でよろしかったですか?」


 確認をすると受話器からは、


『そうです!』


 慌てた様子の楓の声が響いた。綾乃はその声にほっとする。


「良かったです、繋がって。夕方はすみませんでした。メール、先程気づいたので、慌てて電話しました……」

『こちらこそ、急なご連絡になってしまってすみません』


 綾乃が申し訳なくなって謝罪をすると、楓の方も謝ってくる。それがまた綾乃に申し訳なさを募らせた。


「いえ、大丈夫です。ただ私、メールの着信音を切っていたので、気付かなかったみたいで。電話なら気付けると思いますので、急用の時は遠慮せずに電話、かけてきてください」


 綾乃はそう話しながらも、メールの着信音を入れようかな、などと考えている。話し終えると受話器越しに無言になってしまう。顔が見えない分、不安になった綾乃はなんだかいたたまれなくなって、


「その、今回の電話は、それだけなので……」


 そう言って電話を切ろうとした。すると、


『あ、あの!』


 切羽詰まったような楓の言葉に引き留められてしまう。


「何でしょう?」


 純粋に疑問を口に出した綾乃に対して、しばらく時間を置いた後に楓が口を開いた。


『今日は、沓名さんの声が聞けて良かったです。電話、ありがとうございました。それで……来月、良かったら紅葉を一緒に見に行きませんか?』


 思ってもみなかった楓からの誘いの言葉に、綾乃の顔が少しずつ赤くなっていく。この顔を見られなくて良かったと思いながらも、綾乃は必死に言葉を紡いだ。


「また誘っていただけるなんて……。ありがとうございます。是非、ご一緒したいです」


 再び映画の時みたいに楓と時間を共有できると思うと、綾乃の胸はいっぱいになってくる。そんな綾乃の気持ちを知ってか知らずか、楓は言葉を続けた。


『では、また詳細をメールしますので! あの、明日は書店にいらっしゃいますか? 新刊を買おうと思っていて』


 思ってもみなかった言葉に、綾乃はしばらく自分のシフトを思い起こしながら、


「明日は遅番なので、夕方から閉店までいますよ。是非いらしてください! お待ちしてます」


 明日になったら、楓が店に来てくれる。そう思っただけで綾乃の声は自然に弾んでしまうのだった。




 翌日。綾乃は夕方からの勤務ではあったが、昼前に出勤していた。今朝入荷されたばかりの新刊の中から気になるタイトルのものを選び、1冊を購入する。レジは早番だった咲希が担当してくれた。

 バックヤードに戻った綾乃はゆっくりとページをめくり、本の世界へと入り込んでいく。そうして2時間程をかけて新刊を読破するのだった。

 途中で昼休憩に入った咲希が声をかけてくる。


「今日は早いね、綾乃。どうしたの?」


 そんな声をかけられた気がするが、綾乃は本に夢中で返事をするのを忘れていた。


「こりゃ、凄い集中力だ」


 咲希はそう言うと持参したお昼を食べるのだった。

 そして早番と遅番の交代の時間になる。その頃には綾乃も本を読み終わり、余韻に浸っていた。

 すると勤務を終えた咲希が再び声をかけてくれる。


「あーやの! 本はもう読み終えたの?」

「先輩……。はい。綺麗な日本語の本でした」


 軽い感想を言う綾乃に、咲希はニヤニヤとしながら綾乃の早い出勤について言及してくる。綾乃は少し恥ずかしくなりながら、


「実は、昨日天野さんに電話したんです」


 そして、来月に紅葉へ誘われたこと、今日来店してくれる予定であることを伝えた。それを聞いた咲希は綾乃の行動力に目を見張る。


「新刊を読んでいたのは、天野さんのため?」


 咲希の質問に綾乃は少し俯きながら、こくりと頷いた。

 新刊を買うつもりと言っていた楓に、何か勧められる本はないか、そう思って綾乃は今日、早くに出勤したのだ。それを聞いた咲希は笑顔で、


「じゃあ、POPは気合い入れて書かないとね!」


 そう笑顔で言うと綾乃の背中をぽんと叩いて帰宅していくのだった。




 夕方、レジのPOP作成台の前に立った綾乃は悩んでいた。

 午前中に読んでいた本のPOPをどう書いていこうか、それを考えていたのだ。どうせなら、来店してくれるお客様が手に取ってくれるような内容にしたい。

 そう考えていたのだった。

 しばらく悩んだ末、綾乃はペンを取りPOPを書き出すのだった。

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