第11話 発見②
そして映画は進み、いよいよクライマックスに差し掛かる。横目で綾乃を見てみると、綾乃の両手はグーの状態になっており、その表情はハラハラとしていた。ここまで真剣に映画を観てくれる綾乃に対して、楓も嬉しくなるのだった。
そしてラストシーンでは、綾乃の大きな瞳からぽろぽろと涙が流れている。
(本当に映画を楽しんでくれているんだな……)
楓がそんなことを感じていると、上映時間は終わってしまう。
館内が明るくなってから、楓は自分が映画よりも隣の綾乃に集中していたことに気付いた。こんな体験は初めてのことだった。
明るくなった館内で、まだ涙が止まらない状態の綾乃の顔を覗きこみながら声をかける。
「沓名さん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です……」
鼻をすすりながら答える綾乃の顔をなるべく見ないようにしながら、楓は、
「とりあえず、出ましょうか」
努めて優しい声音で言うと、目の端で綾乃が頷くのが確認できた。楓が席を立つと、綾乃はほとんど減っていないであろう飲み物を一気飲みする。
劇場の外へと出て、空になったカップなどを捨て、トレーをゴミ箱の上に戻す。その後、何の気なしに楓は綾乃へと問いかけていた。
「どうでしたか? 映画」
「凄かったです」
その言葉しか見つからなかったような綾乃の返答に、楓は何とも言えない愛しさを感じてしまう。館内の時計に目をやると、時刻はまだ16時前だった。
まだもう少しだけ綾乃と一緒にいたいと思ってしまった楓は、自然と言葉を発していた。
「もしまだお時間大丈夫でしたら、お茶でもどうですか?」
「是非!」
綾乃が嬉しそうに即答してくれるのに、楓も嬉しくなる。自然と微笑んで、
「じゃあ、移動しましょうか」
そう言って映画館を後にする。
普段はそのまま近くの喫茶店へと入る楓だったが、今日は駅前のおしゃれなカフェに綾乃を連れて行くことにした。
駅前まで一緒に並んで歩いていく。
カフェに入った楓は綾乃へ、
「何、飲みますか?」
綾乃は少し考える様子だったが、季節のフローズンな飲み物を選んでいた。楓はいつも飲むコーヒーにした。
店員へと2人分の注文を終えた時だった。
「ここは、私に出させてください」
綾乃から思ってもみなかった言葉が出てきて、楓は驚いた。
「え?」
思わず聞き返してしまう。
楓はもちろん、ここも自分が2人分出すつもりでいた。それについて、嫌な感情は一切なく、当然のことだと思っていただけに、
「誘ったのは僕ですから……」
そう言うのだが、返ってきたのはしっかりとした綾乃の言葉だった。
「いいんです、私に出させてください」
その意志の強い言葉に驚いて目を見張る。そしてどうしたものかと思っている隙に、綾乃は会計を済ませてしまった。楓は思わず、
「やられました」
「映画館では出してもらいましたから、ここはって、思ったんです」
綾乃は嬉しそうに微笑んで言う。楓はその笑顔を見て、困ったような、でも綾乃の意外な一面が見られて嬉しいような気分になる。
用意された飲み物を持って、空いている席へと座った。
すると綾乃がゆっくりと言葉を選びながら口を開く。
「映画、誘ってくださって、ありがとうございました。凄く、心が揺さぶられました」
まだ綾乃は映画の余韻に浸っているようだった。
「思い出しただけで、こう、胸が暖かくなります」
胸に手を当てて柔らかく微笑んで言う綾乃の言葉を聞いた楓は、綾乃の感受性の豊かさに内心驚いていた。きっとたくさんの本を読んで磨かれた感受性なのだろう。
そんなことを考えていると、
「天野さんは、どんな感想でしたか?」
当然と言えば当然なのだが、予想していなかった綾乃からの疑問の言葉に、
「僕ですか?」
間の抜けた返事をしてしまう。
考えてみると、今回は映画にちゃんと集中できていなかった。むしろ隣にいる綾乃の様子に集中していたと言ってもいい。
どう返事をするのが良いだろうかと考えた結果、出てきた言葉は、
「事前の評判通り、良い映画だったと思います」
なるべく不自然にならないように、綾乃の目を見て答えていた。しかしその言葉は綾乃にとっては意外だったようで、
「それだけ、ですか?」
そう返されて楓は焦る。
本当のことは絶対に伝えることは出来ない。どう答えるべきか考え、咄嗟に出てきた言葉は、
「僕としては、あの、本の方が好きと言いますか……」
ごにょごにょとなってしまう言葉尻を綾乃は気にする様子はなかった。
「そうなんですか? 本、良かったですか?」
綾乃が話題を変えてくれたことに感謝しながら、楓は言葉を繋げる。
「それはもう! 文章の中に引き込まれました!」
それは紛れもない楓の本心だった。
綾乃から紹介された本は、本当に素晴らしいと感じた。何よりも、綾乃からの紹介と言うので楓には特別な本になっていた。
楓の言葉を聞いた綾乃がにっこりと微笑むのを見て、楓も微笑み返す。穏やかな時間が2人の間に流れていた。
(この時間がずっと続けばいいのに)
そう思った楓は、そうだ、と言うとスマホを取り出した。当たって砕けろと思いながら、
「もし、もしよければなんですけど、連絡先、交換しませんか?」
そう切り出すと、綾乃は目をぱちくりとさせて、
「いいんですか?」
そう言うと綾乃もスマホを取り出してくれた。そのまま連絡先を交換する。
「何かあったら、連絡してください」
溢れてくる嬉しさを堪えることが出来ず笑顔になる楓に、綾乃も笑顔を返してくれた。
そこでふと外に目をやると日が落ちて夜が始まろうとしていた。
遅くなる前に綾乃を家に帰したいと思った楓は、
「名残惜しいですが、そろそろ解散しましょうか」
楓の提案に綾乃も頷く。それを見て楓はテーブルの上を片付ける。
綾乃は電車でここまで来たらしいことを聞いた楓は、駅の改札まで送ることを決めた。本音は家まで送ってあげたかったのだが、突然家まで行くのはどうかとためらった結果だった。
改札で綾乃と別れてから、自分も帰路につく。
帰りの道すがら思い出されるのは、今日1日の綾乃の色々な表情だった。中でも、少しはにかんだように笑う笑顔が印象的だった。その笑顔を思い出すだけで、楓の胸はほっこりと暖かくなるのだった。
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