第11話 発見③
そうして歩いている時だった。スマホがメールの着信を知らせた。仕事か何かのメールかと思った楓は特に気にも留めずに歩き続け、家の中へと入って行く。
帰宅して一息ついた後に、楓は先ほどのメールを確認した。するとその差出人が綾乃だったことに驚く。
ドキドキしながら中身を確認して、楓はほっとする。そこには今日のお礼が書かれていた。綾乃らしい端的な文章ではあったが、彼女が本当に楽しんでくれたことが伝わり、楓も嬉しくなる。
すぐに遅い時間にならないように返信をする。
楓も普段メールを使うのは仕事の時くらいだったため、端的な文章になってしまったが、それでもお礼と感謝を示した。そしてまた、書店に寄らせてもらうことも書いた。
そのメールに対しての綾乃からの返信はなかったが、それでも楓はなんだか暖かくて柔らかい気持ちの中、シャワーを浴びる。
先ほどまで一緒に時間を共有していたにも関わらず、またすぐに綾乃に会いたいと思ってしまう。
そんな自分の気持ちを落ち着かせるためにも、シャワーから出た楓は今日観た映画の小説をもう1度読み返していく。
読み返しながら、綾乃の反応が脳裏をよぎる。どんな思いでこの本を綾乃が読んでいたのか、それが分かった気がして、楓は至福な時間を過ごしていくのだった。
翌日の業務は読書を遅くまでしていたこともあり、楓は少し寝不足のなか行っていた。それでも業務の合間に思うのは、昨日の綾乃の柔らかな表情だった。
昼休憩に入った楓は、今日は綾乃の書店へと顔を出そうか考えていた。
(さすがに、2日連続で会いに行くのはしつこいかな……?)
綾乃に会いたい気持ちと、嫌われたくない気持ちの間にいる楓は、悶々とした中で昼休憩を終えてしまう。そのまま業務を行うも、なかなか集中できず、とうとう夕方の休憩時間には綾乃へメールを送ることにした。
メールの内容は、今夜の仕事終わりに書店へ出向いても良いかと言うものだ。しかし綾乃からの返信はこの休憩時間に来ることはなかった。
結局、綾乃からの返信は業務が終了しても届いていなかった。きっと綾乃の方も忙しいのだろうと思った楓は、その日に綾乃の勤めている大型書店へ行くことを諦めておとなしく帰路につくのだった。
帰宅した楓はとりあえずシャワーを浴びることにする。その日の汗を流してさっぱりした楓が風呂場から出てみると、遠くで電話が鳴っているような音がした。
仕事場からの連絡だと大変だ。
そう思った楓は急いで電話の液晶画面を見た。するとそこに表示されていた名前は『沓名綾乃』であった。
(沓名さん……!)
驚いた楓はその電話を急いで取る。
『もしもし、天野さんの電話でよろしかったですか?』
電話口では綾乃の可愛らしい声が響いていた。
「そうです!」
楓は咄嗟にそう返す。電話口で綾乃がほっとしているのが伝わった。
『良かったです、繋がって。夕方はすみませんでした。メール、先程気づいたので、慌てて電話しました……』
申し訳なさそうに言う綾乃の声に、楓も申し訳なくなる。
「こちらこそ、急なご連絡になってしまってすみません」
『いえ、大丈夫です。ただ私、メールの着信音を切っていたので、気付かなかったみたいで。電話なら気付けると思いますので、急用の時は遠慮せずに電話、かけてきてください』
綾乃が柔らかな声で言う。綾乃の話を聞いて、楓は嫌われた訳じゃないと分かりほっとする。
『その、今回の電話は、それだけなので……』
「あ、あの!」
綾乃が電話を切ろうとするのを、楓は咄嗟に引き留めてしまう。
『何でしょう?』
綾乃からの質問の声に、楓は自分の気持ちを言葉にしていく。
「今日は、沓名さんの声が聞けて良かったです。電話、ありがとうございました。それで……」
そこで楓は次の言葉を言いよどんでしまう。
楓は綾乃との縁を次に繋げたいと思っていた。どうにかして、映画以外でも綾乃と外で出会える方法はないか。
瞬間的に考えた楓からでた言葉は、
「来月、良かったら紅葉を一緒に見に行きませんか?」
我ながらなんて脈絡のない誘い方だろうと、楓は思った。
綾乃からの反応を待っていると、綾乃が消え入りそうな声で、
『また誘っていただけるなんて……。ありがとうございます。是非、ご一緒したいです』
小さなその声だったが、楓はしっかりと聞き逃さなかった。嬉しくなった楓は、
「では、また詳細をメールしますので! あの、明日は書店にいらっしゃいますか? 新刊を買おうと思っていて」
『明日は遅番なので、夕方から閉店までいますよ。是非いらしてください! お待ちしてます』
綾乃からの返事に楓は嬉しくなる。
翌日、楓は仕事帰りに綾乃の書店へ出向く約束をして、電話を切った。
次もまた綾乃と外出ができる。明日は書店で綾乃に会える。
そんなことを考えていると、楓はまた気持ちが舞い上がっていくのだった。
翌日の業務終了後、楓は約束通り綾乃の勤めている大型書店へと出向いていた。これと言った今回の目的の本はなかったが、綾乃がおすすめする新刊を買うつもりでいた。
「いらっしゃいませ」
何度目かになる自動ドアをくぐる。無機質な出迎えの声を聞いた楓だったが、それが綾乃の声だと言うことは見なくても分かったことだった。
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