意味なき尊さのための無意味な犠牲

長月瓦礫

意味なき尊さのための無意味な犠牲


尊い。最近になって聞かれるようになった言葉だと思う。

主に形を持たないものに価値を見出すことが多いらしい。

それは金銭で置き換えることも、他の何かと比較することもできない絶対的なものとして捉えられている。


例えば、理想。そのものの最高の状態を指すこと。

例えば、理念。そのもののあるべき姿を求めること。


これらを尊いものとして、人間は扱う。

命、時間、努力、繋がり、それらに価値を見出す。


なるほど、確かにこれらの物はどれだけ金を積んでも得られないものだ。

手元にある金をいくら出しても無駄なことだ。


だがしかし、と思いながら文章を読む。

果たして、これらのものは本当に尊いのだろうか。

毎日送られてくるメールを見る限り、そのようには思えないのだ。


時間を奪われて疲れ果てた。繋がりを失って壊れ果てた。

努力が報われず朽ち果てた。命に嫌われて尽き果てた。


どのくらい、見ただろうか。

尊いものを奪われ失い、報われず嫌われた者たちを見ただろうか。

それを美しいと述べる人間は、本当に尊いものなのだろうか。


まあ、その尊いものを奪っている自分は、人間とは呼べないだろう。

この姿は継ぎはぎだらけで、抽象画が歩いているようだ。

人間にしては、欠けている部分があまりにも多すぎる。


右腕は金属製、肺も一つしかない。いつ失ったのかも覚えていない。

継ぎはぎだらけの自分の姿を醜いとも美しいとも思わない。


しかし、評価というものは自分の後ろを追いかけてくる。

自分の姿を見て尊いと感じ、疎ましいと思う者もいる。

他人の価値は常に変動するというのに、飽きもせずに星をつける。

移り変わりするものに尊さは感じない。ただ、面倒なだけだ。


事実、神格化することで、彼の殺人行為は正当化されていた。

男の名前はない。界隈では、「処刑屋」と呼ばれていた。


恨みのある人間を確実に殺すことで、有名だった。

メールを送れば、どんな人間でも殺す。


彼が持つ唯一無二のスキル『送りバント』がそれを可能にしていた。

自分自身が持っている物を一つ代償にして、願いを叶えるというものだ。

これまで妨害もなく、すべて成功していたのはこのスキルによるものだった。


人間が尊いと呼ぶ物を犠牲にして、男は人を殺す。尊い命を奪う。

月が高く昇り、闇が支配するグラウンドに彼は現れる。

無数に打ち込まれた釘バットで脳天を穿つ。たったこれだけだ。


殺し屋、殺人鬼、人殺し、サイコパス。

それぞれの持つ価値観でもって、彼の姿を捉えようとする。


それ以外の言葉で表現しようにも、彼の経歴が見えてこない。目的すら分からない。

男が殺した人数は数十人を超えるが、殺戮を楽しんでいるようには見えない。

男が得た報酬金はかなりの額であることには違いないが、派手に遊ぶ様子もない。


すべてが曖昧だった。空虚で何もない。

彼の持つスキルの代償で何もかもを失っていた。


言葉が安売りされると、価値そのものも薄くなっていく。

ぼんやりとした姿に惑わされ、真実が掴みにくくなっていく。

この言葉と似たように、本来の姿を見失ってしまう。


自分自身ですら、目的が分からなくなっていた。

この行為の意味を考えるたびに、忘れてしまうのだ。


この男に尊いと呼べるものは何一つない。

これだけは確かだった。


だから、今日も男は立ち上がる。

メールが来た。報酬金も支払われた。

確実にできるから、するだけなのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

意味なき尊さのための無意味な犠牲 長月瓦礫 @debrisbottle00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ