呪い──②

 洞窟の中は湿っぽいのか、足元は滑りやすく水の滴る音が反響する。


 スフィアのライトで洞窟内を照らすが、今のところ特に何も起きないな。



「にしても、静かだ」



 洞窟内はコウモリ系や蛇系の魔物が多く身を潜めている。

 それに死霊ゴーストやアンデッド系の魔物もいることがあるが……今日に限っては、そいつらが出てくる気配すらない。



『確かに、そもそも生き物の気配がないわね』

「うーん……スフィア」

『はい』



 スフィアの目が光り、ホログラムマップが現れた。

 まるでアリの巣のように広がる洞窟。

 だが、その中に光る点は俺らだけ。あとはもぬけの殻だった。


 それを見たライガが、腕を組んで首を傾げた。



『ふむ、まるでボード森林のようですな』

『そうですね。ですが……』



 スフィアの目が細められる。

 魔族と似ているが、魔族とは違う魔力の残滓がある洞窟……いったい、どういうことだ?



「とにかくここはしらみ潰しに調査しよう。それからトワさんに報告だ」



 何が出てくるかわからない。用心して進もう。

 俺たちはスフィアのホログラムマップを確認しながら、洞窟内を更に奥まで探索するのだった。



   ◆



 夜も深けたアレクスの街。

 その裏路地にて、サーシャは幻惑のスキルを解いた。



「ふぅ……あー、楽しかったぁ」



 昼間のことを思い出し、つい頬が緩む。

 女の子扱いどころか、こんなに遊んだことすら初めてだったのだ。気を緩ませるなという方が無理な話だ。


 それに、この胸の高鳴り。

 痛く、苦しく、でも離しがたい。ワクワクするような感覚に、サーシャは首を傾げた。



「どうしちゃったんだろう、ウチ」



 普段はそんなことはない。

 感情の制御も、鼓動の制御も完璧にマスターしている。


 だけど、コハクのことを思い出すと、途端に制御ができなくなる。


 コハクの笑顔。

 コハクの声。

 コハクの手。

 コハクの温もり。



「〜〜〜〜ッッッ!!」



 思い出すだけで体温が上がる。

 建物の壁をバンバン叩いて興奮を落ち着かせようとするけど、上手くいかない。



「ふぅ……落ち着け、落ち着けサーシャ。クール、クールだ」



 何度か深呼吸して、ようやく落ち着いてきた。

 誰かを考えただけで自分を制御できなくなる。こんなこと初めてだ。


 でも、どこか心地いい。

 この感情や感覚の正体はわからない。


 だけど、コハクと一緒にいれば何かわかるかもしれない。



「……早く会いたいなぁ……」



 誰かと早く会いたい。

 そんなことを考えるのも、初めてのことだった。


 とにかく今は帰ろう。今日一日ギルドを空けてしまったし、仕事をしないと。

 今日のことは胸にしまい、裏路地の闇に消えようとした時。






「こんばんは☆」






 ゾクッ──。


 何者かに、話し掛けられた。


 思わず戦闘態勢に入るサーシャ。

 裏路地の奥に視線を向けると、この場所には似合わないゴシックロリータを着た幼女がいた。

 貼り付けたような笑顔に、不気味な人形を抱き締めている。


 全く気配を感じなかった。

 アサシンギルドのギルドマスターとして、気配探知には絶対の自信を持っている。


 けど、この幼女の気配は、目の前にいるのを認識するまで全くわからなかった。



「こんばんは☆」

「……誰?」

「こんばんは☆」

「……迷子かな? パパとママは?」

「こんばんは☆」

「…………」

「こんばんは☆」



 同じ笑顔。同じ抑揚。同じ言葉。

 まるで壊れたおもちゃみたいだ。



「……こんばんは」

「ふふ☆ はい、よくできました☆」

(なんなの、この子供は)



 ようやく「こんばんは」以外の言葉を聞けたが、この相手の神経を逆撫でするような言葉遣い。腹が立つ。


 さっきまでの幸せな気持ちが冷めてしまった。



「ねえねえ、お姉さん☆ お聞きしていい?☆」

「誰がお姉さんだって?」



 サーシャは基本的に、男として振る舞って来た。

 だから見ず知らずの人に女性として扱われると、反射的に否定してしまうのだ。


 が、幼女はきょとんとすると可笑しそうに笑った。



「ふふ☆ ふふふ☆ やだなぁ☆ そんなメスの匂いを垂れ流しておいて☆」

「は? 喧嘩売ってる?」



 この幼女と話しているとイライラする。

 一刻も早く、この場から離れたかった。



「そんなお姉さんに朗報です☆ 私がお姉さんの恋路を手伝っちゃうよ☆」

「何を言って……ッ!?」



 体が動かない。

 まるで金縛りにあったかのように、指1本動かせない。

 それどころか、言葉さえ発することができない。


 そんなサーシャに、幼女は近づく。



(馬鹿なッ! ウチがこんな……!?)

「ふふふふふ☆ それじゃあ──いただきまーす☆」



 幼女の口が大きく開き、その中にあるナニカ、、、が、サーシャを睨み付けた。

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