不吉な幼女

   ◆



「はぁ……楽しかった!」



 日が傾き、西日がアレクスの街を照らす。

 チラホラと電灯が点き、大通りはまだ賑わいを見せていた。


 夜はこれからだ、と言わんばかりにそこら中で宴が開かれている。



「俺も楽しかったです。今日はありがとうございました」

「いやいや何を言ってるのさ。お礼を言いたいのはウチの方だよ」



 帽子を取り、優しく微笑むサーシャさん。

 その笑顔は少女のようにも女性のようにも見える、美しいものだった。



「ありがとう、コハク君。今日が楽しかったのは、君のおかげだ」

「そんな。俺は何も……」

「してるよ。ウチをこんなに恥ずかしがらせたのは、人類の中で唯一君だけだ。誇っていいよ」

「それ、恥ずかしいのが楽しいって言ってるようなものでは?」

「バレた?」



 サーシャさんはえへ、と舌を出して笑う。

 はて、恥ずかしいのが楽しい……どういう事だろう。マゾかな?



『マゾね。間違いない』



 あ、やっぱり?

 まさかサーシャさんがそっちの人だとは。人は見かけによらないな。



「おいコラ、コハク君。今失礼なこと考えてないかい?」

「滅相もない。ただ、あーこの人はマゾなんだなーと」

「失礼だよ!?」



 しまった、つい本音が。

 心外だったのか、サーシャさんは「もうっ、もうっ」と腕をペチペチ叩いてきた。



「ウチはそんな特殊性癖の持ち主じゃないっ。君限定だからっ」

「……俺限定?」

「あ。……なんでもない(ぷい)」



 ちょ、なんでもないってことないでしょ。



「どういう意味ですか?」

「…………(ぷい)」

「サーシャさん?」

「…………(ぷぷい)」



 ダメだ。こっちを見てくれない。

 俺限定……どういう意味だろうか? わからない……。

 と、その時。通信機からスフィアの声が聞こえてきた。



『ご主人様、よろしいでしょうか?』

「スフィア? どうしたの?」

『先程の呪いについてです。申し訳ありません。アレクスの街を飛び出てしまい、追跡することができなくなりました』

「なんだって……?」



 呪いがアレクスの外に?



「それ、大丈夫なの?」

『はい。あの大きさの呪いであれば問題ありません。ですが、何故外に出たのか理由がわからないのです』

「呪いの行動に理由?」

『大抵は「人間を呪う」という理由で動きます。つまり、人が多い場所を好むのが呪いなのです』



 人が多い場所を好むの……それなのに、呪いはアレクスから飛び出した。

 確かにそれはおかしいな……。



「もう追うことはできない?」

『私自身が動けば可能です』

「……わかった。もう追わなくていいよ」

『かしこまりました』



 スフィアとの通信が切れ、通信機をポケットにしまう。

 その様子をみていたサーシャさんが、不思議そうに首を傾げた。



「どうかしたの?」

「呪いが街の外に出たそうです。後を追えず、行方がわからなくなりました」

「ああ、あれか。でも大したことない呪いだから、問題ないでしょ?」

「はい、恐らく」



 問題ない。そのはずなのに……なんだろう。嫌な予感がする。



   ◆???◆



「あ、おかえり☆」



 アレクスから遠く離れた洞窟の中。

 そこに佇む1つの影が、飛んできた黒いモヤを出迎えた。


 ゴシックロリータの服を着た、幼女のような姿。

 だが頭からは禍々しい角が生えている。それが人ではないとわかるには、十分すぎるものだ。


 黒いモヤは幼女の手の平に収まる。

 と、急に幼女が黒いモヤを握り潰した。



「あっれー?☆ 劣等種人間を呪い殺すために作ったのに、弱ってないー?☆」



 幼女はモヤの欠片を人差し指に集中する。

 そのままこめかみに指を立て──ずぶっ。頭に指を突き刺した。



「ふんふん☆ ……あはっ☆ なるほどなるほど☆ こいつらに殺られちゃったんだー☆」



 楽しそうに鼻歌を歌う幼女。

 しかし、まるで次の獲物を見つけた怪物のような笑みを浮かべていた。

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