特訓──⑧

 人形を片手に裏路地へと向かう。

 ここなら人目もないし、燃やしてもバレることはないだろう。



「それじゃあクレア、お願い」

『お願いされたわ!』



 クレアが黄金色の炎を灯し、そこに人形をくべた。

 黄金の火花を散らしながら、人形が少しずつ燃えていく。



「綺麗な炎だね」

「ええ。火精霊クレアの聖炎です。これでこの人形の呪いは浄化されると思いますが……っ?」



 に、人形から黒いモヤが……!?

 モヤが苦しそうに蠢くが、聖炎は逃がず燃やしていく。

 これが人を呪いの正体か。



「ぁ……!?」



 く、黒いモヤがちぎれて飛んでった!



「逃がさない!」



 サーシャさんが黒いモヤ目掛けて走る。

 が、黒いモヤはサーシャさんでも追い付けないスピードで空の彼方へと消えていった。



「く、クレア、あれどうしよう……!?」

『心配しなくてもいいわ。あの程度の呪いなら、人を殺すことはない。せいぜい足の小指を棚の角にぶつける程度よ』



 それはそれで地味に嫌だ。


 モヤを追いかけて行ったサーシャさんを待つと、しばらくしてようやく戻って来た。



「ごめん、コハク君。逃がしちゃった」

「気にしなくてもいいですよ。使い魔曰く、あの程度なら人を殺すことはないみたいなので」

「そ、そう? それなら……でもなんとなく不安なんだ」

「勘ですか?」

「勘です」



 ふむ……アサシンとして生き残ってきたサーシャさんの勘か。

 なら、少し警戒しておくか。


 サーシャさんにこの場に待っててもらい、宿で待ってて貰っているスフィアに通信機で語り掛ける。



「スフィア、聞こえるか?」

『はい、ご主人様。どうかされましたか?』

「ちょっとお願いがあるんだ。アレクスの街に呪いの欠片が逃げ出した。その後を追って、警戒してほしい」

『呪いの欠片、ですか? 承知しました。何かありましたら、またご連絡いたします』

「頼む」



 スフィアの探知があれば、この街のどこに逃げても直ぐに見つけられる。

 あとはスフィアに任せて、俺らは街の散策に戻るか。



「お待たせしました。呪いの追跡は俺の使い魔に任せましたので、安心してください」

「そ、そう? ごめんね、任せちゃって」

「お気になさらず。適材適所ですから」



 サーシャさんに手を差し伸べると、頬を染めて俺の手を取った。

 人形が最後まで燃え尽きたのを確認し、俺らは大通りへと戻っていった。



   ◆



 大通りを歩きつつ、色々なものを物色していく。

 欲しいものは買い、面白そうなものを見つけては笑う。

 こうしてみるとなんだか……。



「デートみたいだね」

「っ……そ、そうですね」



 サーシャさんも同じことを思っていたらしい。

 なんだか恥ずかしいな、こういうの。



『ぐぬぬ……! 私もコハクとデートしたいのにっ』



 クレアとはいつも一緒にいるんだから、我慢しなさい。



「俺、女性とこうやって歩くの初めてです」

「そうなの?」

「ええ。母国では、俺は無能で嘘つき扱いでしたから。こうして女性と一緒に歩くって、新鮮でして」

「そ、そんな女性女性言わないでよ。恥ずかしいから……!」

「何を言ってるんですか? サーシャさんはどこからどう見ても美しい女性ですよ。あ、もちろん幻影を使う前も」



 というか、女の子扱いしないと怒るのはサーシャさんじゃん。



「ぁ……ぅ……う、ううううううっ!」

「ちょ、痛い痛いっ。痛いですって……!」



 な、なんで叩いて来るの?



「全くもうっ、全くもうっ。こ、コハク君はダメ、色々ダメ!」

「い、色々ダメって……まさか女の子扱いできてなさすぎということですか?」



 なんてこった。俺が女性経験がないばかりに、サーシャさんに満足してもらえてないだなんて……!



「ち、ちが……!」

「申し訳ありませんサーシャさん。ですが、俺は俺のできる限りサーシャさんを満足させますので!」

「うぐっ……! うぐうぅー!」



 え、ちょっ。また叩かれたっ、なんで!?



『甘んじて叩かれなさい。この女たらし』



 クレアまで何を?

 全く、何を言ってるんだ。俺が女性に縁がないのは、クレアがよくわかってるだろうに。


 結局サーシャさんが叩いてくる理由も、クレアが不機嫌な理由もわからず、俺らは再び大通りを歩いて行った。

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