特訓──②

 たっぷり休んだ翌日。医務室を出てアサシンギルドへ向かった。

 いつ来ても不気味な場所だなぁ。


 俺の傍には護衛としてスフィアがいる。

 あとの3人は宿で待機だ。今日することは、あんまり人数が多くても俺が恥ずかしいばかりだからね。



「サーシャさん、また来ましたよ」

「コハクくん、いらっしゃい!」



 廃教会の最深部に着くと、サーシャさんは満面の笑みで迎えてくれた。

 俺が来たことに驚いてないってことは、俺が目を覚ましたのは知ってたか。さすが。


 サーシャさんはアサシンギルドのハンターをその場に待機させ、俺と一緒にギルドマスター室へ向かう。



「さて、今日来てくれたってことは……」

「はい。約束を守りに来ましたよ」

「やっぱり! ウチ、楽しみにしてたよ!」



 他のハンターたちの前では凛々しいマスターとして。

 でも今はまるで、少女のような笑顔を向けてくる。可愛い。



『ぐぬぬ、小娘ェ……!』



 まあまあ、スフィア落ち着いて。


 ギルドマスター室でお茶を飲みつつ、サーシャさんの考えを聞かせてもらうことに。



「それで、女の子扱い……でしたっけ?」

「そうっ。ウチを女扱いしてくれたら、慣れて咄嗟の時でも大丈夫だと思うんだよ!」



 うん、そんな話だったはず。

 まあどんな思考でそうなったのかはさておき。



「そのことですが、あれは事故だった訳ですし……ああいうことはそうそう起こらないと思いますよ?」

「楽観的に考えるのはいいけど、物事は悲観的に備えることに越したことないよ」



 ……確かに?

 悲観的に備えれば、いざと言う時に役に立つ。

 アサシンは暗殺を生業にしてるから、そういう考えが根付いてるのかもしれない。



「わかりました。俺にできることでしたら、お手伝いします」

「あ、ありがとう! なら早速、お願いしたいことが……」

「なんですか?」



 サーシャさんは指をもじもじさせると、俺の隣に座る。

 あ、あの、サーシャさん……?



「あ、えと……その……」

「は、はい……」



 妙な沈黙が続く。

 見てみなよ。スフィアの目がガチでやばいことになってるから。今にも目ビーム出そうな目になってるから。



「ま、ま、まずは……あ、頭を撫でてほしい……かな」

「あ、頭、ですか?」

「う、うん。ウチ、生まれてから頭とか撫でられたことないから」



 すごく悲しいことを言われた気がする。

 ま、まあ、それなら……いつもみんなのこと撫でてるし。



「それじゃあ、行きますよ」

「お、お願いしますっ」



 ローブの裾をギュッと握り、緊張した顔で待つサーシャさん。

 そんなサーシャさんの頭に手を乗せると、ピクッと体を震わせた。


 なで、なで、なで。



「ぁ……」

「い、痛かったですか?」

「ううん……これ、気持ちいい。安心する……」



 裾を握り、肩に擦り寄ってくる。

 これ、やばいことしてる感あるなぁ……同い歳なのに、年下みたい。



『ぐぎぎぎぎ……!!』



 スフィア、ステイ。このままじゃ本気で殺しちゃいそうだから。

 これは、あとでちゃんとスフィアのことも甘やかしてあげないとな。


 このまま撫でること10分ほど。サーシャさんが動かないことに気付いた。



「サーシャさん……?」

「……くぅ……くぅ……」



 あら。寝ていらっしゃる。

 ギルドマスターとして忙しい上に、アサシンとして気の置けない日々を過ごしてるんだ。無理もないな。


 少し体をずらし、俺の脚を枕に寝かせる。



「安らかな寝顔だね」

『そうですね。でも……うぎぎですっ』

「ふふ。スフィア、こっいおいで」

『? はい……うにゃっ!?』



 俺の傍に跪いたスフィアの頭も撫でる。

 相変わらずのサラサラヘアーだ。人工物とはとても思えない。



「我慢させてごめんね、スフィア。いつも感謝してるよ、本当に」

『そ、そんなっ、勿体ないお言葉です……!』



 頬を朱色に染め、胸元に手を当てて目を伏せる。

 ホント、ここ子達は褒められるのが好きだね。



『ふふ。今私は、至高のお方に撫でられております……愉悦ッ』

「そんか、大袈裟だよ」

『大袈裟ではありませんっ。ご主人様こそがこの世でもっとも偉大なお方! そんなお方に仕えられて、この上ない幸せでございます……!』



 それが大袈裟なんだけど……。



「こんなので喜んでくれるなら、いつでも撫でるよ」

『で、では、もう少しだけ……』

「はいはい」






 1時間後。



「あの、まだ?」

『もう少し……』

「すぴー」

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