秘密──⑥
◆
「ハァッ!」
ザンッ──!!
よし、これで終わりかな。
大熊の首を斬り落として周囲を見渡すと、丁度サーシャさんも残りの一体の首を捻り切っていた。
いや、いくらこいつらが仮初の体だからって、3メートル近くある巨体の首を捩じ切るってどんな腕力……?
「ふぅ……む」
「う」
睨まれてる……ものすっごい睨まれてる……。
『あん? 何よ、やるっての? いいわ、相手になってやるわよっ』
こら、サーシャさんの近くを飛び回らないの。
未だにジトーッとした目で睨んでくるサーシャさん。
そりゃそうだよなぁ。乙女心を考えると、見られたら恥ずかしいもんなぁ……。
「えっと、その……」
「…………はぁ。いいよ、別に」
「……え?」
いいって……?
サーシャさんはムッとした顔で頬をかいて、ブツブツと呟いた。
「あれは事故だって納得してる。だから、別にいいよ」
「あ、ありがとうござ──」
「勘違いしないでよ。別に見られたことを許すつもりはないから」
許さないんかい。
納得はできるけど許さない……乙女心、複雑すぎる。
俺らの間に妙な沈黙が流れる。
と、サーシャさんはその場に座り込み、ポンポンと自分の隣を叩いた。座れ、ってことかな?
「……いきなり刺してこないですか?」
「大丈夫。もう落ち着いたから」
「……それじゃあ」
恐る恐るサーシャさんの隣に腰掛ける。
同じ方向を向き、更に沈黙。
えぇっと……どうすれば?
「……ウチの性別を知ってるの、この世で君だけだよ」
「そ、そうなんですか?」
「うん。殺しを生業にしている組織のトップが女って知られたら、周りから舐められるからね」
「だから隠してきた、と?」
「うん」
確かに、依頼人の中には平民を舐めきっている貴族や、女だからということで下に見る奴もいるだろう。
そんな奴らに舐められないために、今まで性別を偽ってきたのか。
「幸いと言っちゃなんだけど、こんなちんちくりんな体だからね。顔はいいけど、男って言い張っちゃえばそれまでだし」
「そっすね」
「否定しろ、ばか」
「いたっ」
軽くだけど肩を殴られた。
だって否定できないくらいぺったん……あ、ごめんなさい睨まないで。
「でも、アサシンギルドには女性とかいましたよね? あの人たちは大丈夫なんですか?」
「あの子たちはそれを受け入れて、ハニートラップ用に自分を磨いてるから。武器を磨いて、研いで、ターゲットに食らいつく。……ウチなんかより、よっぽど手強いよ」
ニヤリと笑うサーシャさん。
そりゃ、俺も狙われないように気を付けないとな。
「ウチは男として生きていくことを決めた。……けど、その弊害が出た。ついさっき」
「さっき?」
「ウチは女であることを捨てた。女として生きることをやめ、男として生きることを覚悟した。……その結果、あんな醜態を晒した」
え、男なら見られ慣れてると思ってる?
いやいや、男でも異性に見られたら恥ずかしいよ。
……まあ、確かにあんな暴れることはないとは思うけど。
サーシャさんは恥ずかしそうに俺をチラチラと見て、祈るように指を絡めた。
「し、仕事中、今回みたいに万が一が考えられる。その時に暴れたら、暗殺どころじゃない。下手をすれば仕事は失敗。ウチらの信用問題に関わる」
「それは大変ですね」
「そう、大変だ。……だ、だから、その……」
……? 何をそんなにもじもじしてるんだ、この人?
『コハク、なんか怪しいわよ。用心して』
『うむ。もしやこの世で唯一サーシャ殿の性別を知るコハク殿を、始末するやもしれませぬ』
クレアとライガが、俺の傍で警戒態勢に入る。
うーん、そんな感じはしないけどなぁ。
もじもじ、もじもじ。
待つこと数分。数回深呼吸をしたサーシャさんは、意を決した顔で──
「こ、コハク君っ! ウチを女扱いして欲しいんだ……!」
──とんでもないことを言い出した。
「……はい?」
「ウチは女扱いされることに慣れていない。これを機に女として扱われ慣れたら、今後どんなことがあっても動揺しないで済むはずだ! どうだろう!?」
何言ってんだこいつ。
『何言ってんのこいつ』
『何を言ってるのだこやつ』
みんな同じ考えらしい。
うん、この発想は謎すぎる。どういうこと?
「サーシャさん、落ち着いてください」
「ウチはこの上なく落ち着いてるよ。むしろ、自分の天才的な発想に身震いを起こすほど心踊っている」
バカと天才は紙一重とは言いますがね。
「この世で唯一、ウチの性別を知っているのが君だ。それならば、それを利用して弱点を克服する! よし、決まりだ!」
何も決まってない。何も決まってないです。
「そもそも俺がやると言ってな──」
「そうと決まれば、こんな仕事はさっさと終わらせようじゃないか! 善は急げだ。急ぐぞ、コハク君!」
「聞けよ。あ、ちょっ……!」
……行っちゃった。
『コハク、どうすんのよ』
……どうしようね。
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