秘密──⑤

「「────」」



 バッ──!!


 俺が顔を逸らしたと同時に、サーシャさんが手で服の裾を伸ばすようにして隠す。


 えっ、あっ、あれっ、ええええっと……ちっ、な、まっ……!?!!!!?


 みみみまみみまみみみみみむみみまみみまみみみみみまみみみみみ見た見た見た見た見た見た見た見た見たたたたたたたまとたつたたっのさそこわぬけさたぶっ!!?!?!!!??!!?



「……見──」

「見てません」

「……見たんで──」

「見えてません」



 ここで見えましたなんて言ってみろ。

 間違いなく俺はここで死ぬ。


 微妙な沈黙が続く。

 ゴソゴソとズボンを履いたサーシャさんは、そっと嘆息した。



「……実はウチ、濃いのが悩みなんだ」

「え? むしろ無……あ」

「殺すッッッ──!!」



 しまった誘導尋問か!


 目の端にいたサーシャさんの姿が消える。

 直後、首筋に妙な気配を感じ──。



「ライガ!」

『承知!』



 俺の首に蹴りを入れようとしていたサーシャさん。

 が、ライガの大剣の腹がそれを弾いた。


 サーシャさんは直ぐに距離を取り、怒りと羞恥が入り交じったような目を向けてきた。



「こっ、こ、ころっ……! ころしゅっ……! 殺してやるっ……!」



 うわっ、見たことないくらい顔真っ赤。それに涙目で息も荒い。

 当たり前か、俺だって出会ったばかりの女の子にあそこを見られたら羞恥で同じことになる。


 それにしてもこの人、本当に殺気を隠すのが上手い。

 修行してなかったら反応すらできないレベルだ。



『コハク、どうする?』

「どうするもこうするも、サーシャさんとやり合うつもりはない」

『でも、このままじゃ殺されちゃうわ』

「そこはクレアとライガに任せる。頼りにしてるよ、2人とも」



 そう、俺だけじゃまず間違いなく殺される。

 だけど俺にはみんながいる。だから大丈夫だ。


 俺の期待を受け、2人はやる気に満ち溢れたような顔をした。



『任せなさいコハク。私たちに掛かれば、アンタに指一本触れさせないわ!』

『うむ。確かに速い相手だが、まだ若さ故の粗さもある。我らには勝てん』



 頼んだよ、2人とも。


 油断なくサーシャさんを見る。

 まるで幽鬼のように立ち尽くすサーシャさんは、いつの間にか持っていた隠しナイフを両手に構えた。


 右手のは緑色。左手のは紫色。

 禍々しい……明らかに何かありそうなナイフだ。



『コハク様、あれは魔法剣です』

「やっぱり……効果はわかる?」

『右手のナイフが【腐敗】。触れた物質を腐敗させ、死に至らしめます。左手のナイフは【猛毒】。掠っただけで致死量の一千倍もの猛毒を流し込みます』



 この人、マジで俺を殺す気かっ!?



「こ、こ、こぉ、ころ、ころぉす……ころぉすぅ……!」



 あ、違う。テンパって正常な判断が付いてないだけだ。

 それでいいのか、最強の暗殺者。


 だけどこの人、テンパりすぎだろ。どんだけ見られることに耐性がないんだっ!



「うううぅぅぅ……! ううううううう!」



 ッ! 消えた……!


 辺りには全く気配を感じられない。どれだけテンパっていても、磨き抜かれた技は健在か……!


 と、クレアが急に右手を掲げた。



『そこ! 《バーニング・スピア》』

「ッ!?」



 クレアから放たれた炎槍が、超高速で上空に向かう。

 木の陰にいたサーシャさんが身を捩って躱し、炎槍は木々を抉った。



「クレア、森を燃やすのはダメだよ」

『ぐうぅ! ここ、私と相性悪すぎ! やりづらいわ!』



 木を燃やしている炎が不自然に揺らめくと、炎球となってクレアが吸収する。


 クレアがいると、火災現場の救助とか捗りそうだな。



『でかしたぞ、クレア』

「殺気──!?」

『ふん!』



 頭上から躍り出たライガが、太刀を抜いてサーシャさんに向かい振り下ろす。


 すんでのところで避けられるが、太刀は地面を抉って数十メートルに渡って亀裂を作った。



「チッ……! これが幻獣種ファンタズマか。全く見えない……!」

「サーシャさん、一回落ち着きましょう。俺らがここでやり合ってる場合じゃありませんよ」

「う、うるさい! わかってるけど後に引けないこともあるの!」



 わかってんのかい。

 サーシャさんは威嚇するように唸る。こりや埒が明かない…………ッ!



「サーシャさん!」

「コハク君!」



 同時に踏み出すと、俺はフラガラッハを抜き、サーシャさんは両手にナイフを構え。


 俺はサーシャさんの背後にいた魔物を。

 サーシャさんさんは俺の背後にいた魔物を。


 同時に斬り伏せた。


 茂みから、わらわらと出てくる魔物の群れ。

 こいつら、さっきの熊型の魔物……!

 数は10、20……もっといるぞ……!


 サーシャさんと背中合わせになり、辺りを見渡す。

 獰猛さは本物並。手強いぞ、これは。



『ホント面倒くさいわね。こいつら』

『しかし無限に湧き出る敵と考えれば、コハク様の修行相手には持ってこいですぞ』



 こんな無数に湧き出る修行相手とかゴメンだ。



「サーシャさん」

「うん、わかってるよ」



 ここは、一時休戦だ。

 僅かに振り返って頷き、目の前の魔物に集中する。


 フラガラッハを構え直し、俺たちは目の前の敵に向かって踏み出した。

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