真髄──⑨

   ◆



「……ん……ぁ……?」

『! おはようございます、ご主人様。体調はどうですか?』

「……スフィア……」



 目を開けると、目の前に何やら壁があり、その向こう側にスフィアの顔が。


 寝起きという現状と、見慣れない景色に脳が回らない。


 この状況はなんだ……?



『ふふ。まだお疲れみたいですね。ゆっくり横になっていて下さい』



 スフィアの手なのか、俺の頭を優しく撫でた。

 疲れてる……横になる……?

 えっと……?


 回らない頭を必死に回転させようとする。けど……あぁ、ダメだ。スフィアのなでなでが気持ちよすぎる。ここが楽園が……。



『ぐぬぬ……! ちょっと、アンタだけコハクを独り占めしすぎよ! 膝枕しすぎ! 撫すぎ!』

『くふっ。主の前で喚くものではありませんよ、羽虫。ご主人様は今おくつろぎの真っ最中。嫉妬で騒ぎ立てるものではありません』

『ぐにゅにゅにゅにゅっ……!』



 遠くで、スフィアとクレアが何か言い合ってる声が聞こえる。

 ダメだ。耳から入っても、反対側に通り抜けて何もわからない……。


 えっと……俺、どうしてたんだっけ……?


 確か、剣精霊との修行を終えて。

 魔族と一騎打ちで戦って……でも勝てなくて。

 最後はライガと魔人化をして、それで……。



「……魔族……そうだ、魔族は……?」

『アンタ、覚えてないの? あの魔族なら、アンタとライガでやっつけたじゃない』



 そうだっけ? ……そうだったかも?

 ダメだ。体力切れを起こしてからよく覚えてない。

 やっぱり、体力増強はマスト課題だなぁ。


 さて、2人と話をしてたら、何となく頭が回って来た。

 で、今のこの状況は?


 俺の体は横になっている。

 目の前にそびえ立つ壁。その向こうにあるスフィアの美しい顔と、広大な青い空。


 そして頭の後ろに感じる柔らかな感触は……。



「……あ。俺、膝枕されてるんだ」

『『え、今更?』』



 何やら言い合ってた2人が、衝撃的なものを見る目で見てきた。なんか、ごめん?


 寝転がりながら、体の節々の痛みを確認する。

 特に異常はない。

 体力的にも、今すぐ大草原に駆け出して愛を叫べるくらいには調子がいい。

 多分、スフィアのフルポーションのおかげだろう。


 名残惜しいが、いつまでもこうしちゃいられない。

 スフィアの膝枕からゆっくり立ち上がって、周囲を見渡す。


 どうやら俺達は、小高い丘の上にいるらしい。

 眼下には見慣れた剣の里が広がっている。

 草花の匂いが混じった、心地のいい風が肌を撫でた。


 何事もない、平和な時間。

 それを自覚すると、魔族に勝ったことを実感できた。


 それと同時に、俺1人じゃ勝ちきれなかったことへの悔しさが残る。



「もっと頑張らなきゃなぁ……」

『ちょっとコハク。アンタまだ頑張るつもりなの?』

「え? うん、勿論。俺1人でも、魔族くらい倒せるようにならないと」

『……はぁ。真面目というか、頑固というか……』



 え。今俺、飽きられてる?

 クレアは俺の周りを飛び回り、肩に座った。

 で……ギューッ。いたたたたっ、耳引っ張らないで……!



『コハク、アンタばっっっかじゃないの? アンタは剣士や拳闘士や魔術士じゃない。テイマーなの。何勝手に1人で強くなろうとしてんのよ』

「ぅ……」

『それともなに? 私達じゃ、力不足って言いたいわけ?』

「それは違う! けど……」

『何よ』

「……弱い主だと、みんなに頼りっぱなしになっちゃうから……」



 ちょっと気まずくなり、クレアとは反対方向に目を背ける。

 と、思い切りため息をつかれた。



『あのねぇ。私達はアンタに仕えることが幸せなの。アンタと一緒にご飯食べて、一緒に寝て、一緒に戦う。私達から幸せを奪わないでちょうだい』

『そうですよ、ご主人様。この羽虫の口の悪さは看過できませんが、もっと私達を頼ってくださいませ。スフィアは寂しゅうございます』

『ちょっとガラクタ! さっきから羽虫羽虫ってうっさいわよ!』

『我らが主に対して暴言を吐く輩など、羽虫で十分ですわ。おほほほほ』

『むきーーーーー!!』



 いつも通りのやり取りをする2人が、俺の周りで追いかけっこを始めた。


 それを見ていると、遠くからフェンリルとライガがこっちに飛んでくるのが見えた。



『コゥ! おはよ! おはよ!』

『コハク様、おはようございます。力の出るお食事を持ってきましたぞ』



 フェンリルの背中に乗る、大量の果実や肉。

 この量で、どれだけ俺のことを心配してくれたのかがわかる。


 そうか……俺、1人で突っ走りすぎてたんだな……。



「みんな……ごめん」



 心から、謝罪する。

 今まで騒いでいたみんなが静かになり、困惑してる雰囲気が伝わって来た。



『べ、別に謝んなくていいわよ! そこまて責めてるわけじゃないし……』

『そうですよ、ご主人様。ご主人様のわがままを叶えるのも、従者として当然です』

『よくわかんない! コゥがたのしーならいーんじゃない?』

『コハク様。我らはみな、コハク様のことが好きでついて行っているのです。謝ることなどありません』


「みんな……ありがとう」



 みんなは優しい。

 こんなわがままな俺にも、付いてきてくれる。

 でもそれじゃあダメだ。みんなの優しさに甘えてちゃ、ダメだ。


 俺は、俺自身の成長だけでなく、テイマーとして成長しなきゃいけない。


 みんなを束ね、みんなを導く。

 そんなテイマーになりたい──。

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