迫り来る刺客

   ◆



「──へぇ、ここがブルムンド王国か」



 馬車から降りて来たのは、軽薄そうな男だった。


 乱雑に伸びたくすんだ金髪に、甘く女性を誘惑するような顔。

 少し痩せこけてはいるが、それも影のある男を演出しているようだ。


 男は碧眼をぎょろりと動かし、道行く人々──主に女性ばかりを舐めるように見渡す。



「いいねぇ。ブルムンド王国の女はたわわに実ってやがる」



 溢れ出る生唾を飲み込み、凝り固まった体を伸ばす。



「ターコライズの女は食い飽きたからな。出張の、しかも経費で他国を満喫できるだなんて最高だぜ……!」



 腰に携えた剣を撫で、舌なめずりする。


 と、背後の馬車から降りて来た女が、グレーのロングヘアーを振り呆れたようにため息をついた。


 憂いを帯びた表情を持つ絶世の美女。その登場に、周囲が僅かに湧いた。


 そんなことは気にせず、女は男に話しかける。



「全く。気持ち悪いですよ、ドアラさん。性欲猿ですか」



 男……ドアラを睨みつける目は黒く、光を一切感じられない。

 底なしの闇を感じる、目に睨まれながらも、ドアラはダルそうに口を開いた。



「あぁ? 1ヶ月お預けくらってたんだ。とにかく2、3日は骨休めついでに女を食う」

「本当に気持ち悪い……」

「だーってろサノア」



 サノアと呼ばれた女は、ドアラから距離を取ってカバンから1枚の写真を取り出す。


 茶色がかった黒髪に、金茶色の瞳。

 若干のあどけなさを残しながらも、これでも20歳を迎えた大人だという。


 その写真をヒラヒラさせ、嘆息するサノア。



「とにかく、私達の任務はこの青年を探し出し、ターコライズ王国に連れ帰ることです。その事をお忘れなきよう」

「わーってるっつってんだろ、この仕事バカが。テメェもたまにはヤラせろ」

「1度だってヤラせたことあります? 脳みそにウジでも湧いてるんじゃないんですか?」

「こ、いつ……!」



 ドアラのこめかみが痙攣し、剣に手を掛ける。

 それを見たサノアは、無手で構えを取る。

 手には使い込まれたガントレットが嵌められている。拳闘士、もしくは拳法家のようだ。


 一触即発の空気が辺りに流れる。

 ピリピリと張り詰めた空気だ。

 が。



「……けっ。やめやめ。テメェとやってたら時間がいくらあっても足りやしねぇ」

「懸命かと」



 揃って気迫を抑え込んだ。


 ドアラは耳をほじり、サノアに背を向けて街へ向かう。



「どこに行くのですか?」

「じゆーこーどー。3日後の昼12時、ここ集合な」

「え、ちょっ……!」



 サノアが声を張る前に、ドアラは人混みの中に消えた。



「……はぁ。どうせ女性と遊びに行ったのでしょう……次会ったら蹴り潰す」



 何がとは言わないが。

 ただ、その目に宿る暗い感情はサノアの本気度を物語っていた。


 サノアは気を取り直し、写真を見る。



「国王陛下曰く、ブルムンド王国の首都、アレクスにいるとのことですが……こうまで広いと、見付けるのも一苦労ですね」



 人の活気も、今のターコライズ王国とは比較にならない。


 何故この青年を連れ帰らないといけないのか、それは知らされていない。


 だが国王陛下が言うには、この青年を連れ帰れば、ターコライズ王国も昔と同じ活気ある都市に戻るらしい。


 そして、連れ帰った者には相応の報酬を約束されている。

 報酬には興味ない。

 しかし。



「この国にいる魔闘拳鬼、ロウン・バレット……できることなら、手合わせしたいものです」



 拳闘士としてのサガか……どこにいるともわからないロウン・バレットを思い、サノアは破顔する。


 その顔は、僅かに狂気を孕んでいた。

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