真髄──⑧

 フラガラッハを構える。

 構えると言っても、ただ右手に持って自然体で立っているだけだ。

 この格好が、今の俺には一番いい構えだと感覚で理解できる。


 魔族もこのやばさを本能で察知したのか、体が小刻みに震えていた。

 牙を剥きだしにし、威嚇するような笑みを浮かべている。



「ふ……フ……よもヤ、こ■程の隠し玉を持っ■いたとハ……。なるほド、貴様が現代の人■の最高峰である訳カ」

「んー……いや、多分今の俺でも超えられない人は沢山いるよ」



 闘争とは力の差ではなく、経験がものを言うときがある。

 今の俺は、トワさん達に比べて圧倒的に実戦経験が足りない。

 この状態でも、トワさん達に勝てるとは思わないし。



「今の俺を超えられないなら、お前程度じゃ人間には勝てないよ」

「……ふハ……ふはははハ! 笑止! この我も甘く見■れたものダ!」



 魔族は更にもう1本の大剣を作り出し、両手に構える。

 と、今度は息を大きく吸い、吸い、吸い……まるで胸部が風船のように大きく膨らんだ。



『コハク様、来ますぞ』

(うん、わかってる)



 ただでさえ巨大な体が、倍以上に膨れ上がったところで──紫色の煙を、一気に吐き出した。

 魔族の中に蓄えられていた毒素か。

 つまりこれは、濃縮された毒の霧。


 一寸先も見えないほどの毒霧が、俺の体にまとわりつく。

 だが、それもスフィアのくれた空気浄化装置のペンダントで直ぐに浄化されていく。

 でも……周囲が全く見えない。余りにも視界が悪すぎる。



(ライガ、頼んだよ)

『承知!』



 ライガの能力である、超直感と超観察が働く。


 超直感とは、第六感を極限にまで高めたもの。

 そして超観察とは、僅かな空気の流れや気の強弱を観るもの。


 この2つの能力が働いた瞬間、視界不良の中でも魔族の動きが手に取るようにわかった。


 ……そこか。


 タイミングを計り、体を半身にずらす。

 次の瞬間、背後から振り下ろされた大剣が、俺のいた場所を空振った。



「ナッ!?」

「驚いてる暇はないぞ」

「ッ!」



 フラガラッハを振り抜く。

 しかし、僅かに剣先を掠めただけで、避けられてしまった。

 まだ体が、魔人化の力の大きさに慣れてないか。


 再度、超直感と超観察が働く。

 今度は俺の方が、魔族の隠れている右後方へと踏み込んだ。



「ウッ……!?」

「見っけ」



 振り下ろしたフラガラッハを、魔族が大剣をクロスさせて防ぐ。

 だが今の俺の方が力が強く、簡単に魔族を吹き飛ばし壁に激突させた。


 すごいな、魔人化の力は……。



「ナ、なゼ……ダ……なぜ我の居場所がわかル。我は気配を完■に消してい■のだゾ……!」

「気配を消していても、存在自体が消えてる訳じゃないだろ。超直感で居場所をなんとなく見極め、超観察でお前がいる場所といない場所の空気の密度を観る。そうすれば、おのずとお前のいる位置が掴める」



 ……らしい。

 俺も感覚で理解してるし、ライガがコントロールしてくれてるからわかるけど……正直、完全に理解してる訳じゃない。


 でも、理解していない力でも現にこうして魔族を圧倒できる。


 これが、幻獣種ファンタズマとの魔人化だ。



「クッ……くソッ、■ソッ、く■ッ! くそガアア■アアァァァアアァァアアア■ァァァァアアア■■■アアアアアアッッッ!!!!」



 理性を失った獣のように激昂する魔族。

 大剣を大きく振り上げ、低空飛行で迫って来た。



「オオオオ■■オオオオオオオ■オオ■オオオオオオッッッ!!!!」



 まるで小枝のように大剣を振り回す。

 だが、俺は一歩も動かずその全てをフラガラッハで受けた。

 周囲の毒霧すら吹き飛ばすほどのスピードとパワーに一瞬目を見張るが……ひるむことはない。


 今の俺には、ライガが付いている。

 だから大丈夫だと、心から安心できた。



『こ、コハク様が、私を頼ってくださっている……! 身に余る光栄にございます!』

(うん。だからライガ。もう終わらせよう)

『はい!』



 俺の体力も限界に近い。

 だから次が最後の一撃だ。


 魔族の力が緩んだ一瞬の隙をつき、僅かに力の流れを変えて体勢を崩す。

 その間、ゼロコンマ数秒。

 素の状態の俺なら、こんな隙あってないようなものだ。


 だけど、今は違う。

 この隙が、大きな隙となる。


 小さく息を吐き、【切断】の能力を発動。

 隙を見せた魔族に赤い線が浮かび上がり、そして。






「剣神の型、壱の太刀──崩の一閃」






 天を飲み込まんばかりの超巨大な飛ぶ斬撃が、魔族の体を両断した。



「ァ……ガ……!?」



 魔族を通り抜けた飛ぶ斬撃は渓谷の崖へぶつかり、それども勢いを止めず大地を斬り裂き……ようやく消えた時には、数十キロに渡って渓谷を横断した。


 これが、剣神ライガの力……。


 これなら、魔族の回復力と言えど復活することはないだろう。



『お見事です、コハク様』

(……いや、ライガのお陰だよ。ありが、と……?)



 あ、これ……体力切れのあの感覚だ。

 地に足が付かず、ふわふわと揺れる感覚。


 あぁ、でも魔族は無事倒せ──。



「ホ……ゴッ……ァ……!」



 ──ぇ……? な、なんで……何で生きてるんだよ、あいつ……!?


 かすんだ目で見えたのは、体が縦真っ二つにされているのにも関わらず、地を這って憎悪を孕んだ目で睨み付けてくる魔族。

 半身は吹き飛んだみたいだが……こんな状態で生きてるなんて、ゴキブリ並みの生命力か、こいつは……!


 だけど、体に溜め込んだ毒素は全て失ったのか、体はミイラのように干からびている。

 虫の息。今にも死にそうだ。


 体力切れで分離したライガが、両刃剣を抜いて魔族を見る。



『コハク様。最後は私にお任せを』



 と、ライガがゆっくりと魔族に近付いていく。


 が。



「ま……待った……!」

『……コハク様?』



 フラガラッハを地面に突き刺し、気力を振り絞って立ち上がる。


 膝が笑ってるし、軽いと思っていたフラガラッハでさえ重く感じた。

 後始末をライガに任せて、今にもぶっ倒れて眠ってしまいたい。


 でも……違うんだ。そうじゃないんだ。



「こいつは……こいつは、俺の手でとどめを刺す……!」

『──……承知しました』



 ライガが下がり、脚を引きずって魔族に近付く。

 地面に這いつくばる魔族と、それを見下ろす俺。


 俺を見るその目は、「卑怯者」と言っているようだった。


 魔族、お前は強かった。俺1人では到底敵わないほど。

 他者の力を借りて強くなる俺のことを卑怯者だと言うのなら、言えばいい。

 でも俺には、お前の遥か先にいる魔王を殺すという使命がある。


 正々堂々、正直者のまま戦い、人類を救えないのなら。

 俺は、人類を救う卑怯者と言われても構わない。


 フラガラッハを大きく振り上げ。



「……じゃあな」



 魔族の頭部へ向かい、振り下ろした。

 頭部を貫かれた魔族の体は一瞬跳ね上がる。


 直後、体が灰のように崩れ去り、風に乗って消えていった。

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