魔人化──①

   ◆



『できると思うわよ』

「できるんかい」



 戻ってからみんなに聞くと、そんな返事が帰ってきた。

 なんだ、そんなことならもっと早く聞くべきだった。



『コハク。勘違いしてると思うけど、魔人化には一定の条件が必要なのよ』

「条件?」

『各魔物によって条件は様々だけどね。私、スフィア、フェンリルの条件は体力。魔人化には尋常じゃない体力が必要で、ある一定の体力を持ってないと、魔人化した瞬間に体力が尽きて分離するわ』



 なるほど、そうだったのか。

 だから最初にあれだけ走らされたんだな。



「てことは、ライガは違うの?」

『はい。私は体力に加え、ある程度の剣技を身に付ける必要があります』



 へぇ、そういう仕組みなんだ。

 あのチャンバラにも意味があるってことか。

 ふむ……それなら1度、魔人化できるか試してみたい気もする。

 体力だけが条件でそれをクリアできてるなら、魔人化もできるかもしれないし。



「よし、やってみよう。まずは……」


『当然私よね、コハク』

『ご主人様、準備はできています』

『コゥ、ボクやる! やる!』


『『『……あ?』』』



 え、何この一触即発な雰囲気。



『まあ待ちなさい。ここは炎の魔法系統を使えるようになる私と魔人化するべきでしょ? 魔法は、使えない人間にとっては夢の力なのよ』

『何を言っているのですか。ここはやはり、この世界において唯一無二の科学技術を持つ私と魔人化するべきです。炎なんて火打石でも使ってればいいんですよ』

『何ちゃらんぽらんなこと言ってるのさ。コゥと1番付き合いが長いのはボク。僕と魔人化すれば、最強の身体能力が手に入るんだよ。僕と魔人化すべきだ』



 ピシッ──!

 互いの圧力同士がぶつかり、床に亀裂が走った。

 もうこんなやり取りにも慣れたなぁ。



「まあまあ、落ち着いて。フェン、まずは君からだ」

『! コゥすきっ、だいすき!』

『『そんな……』』



 誰が先だろうと構わないだろう、これは。

 全く、何を順番で一喜一憂してるのやら。



「で、どうすればいいんだ? まさかトワさんみたいに食べられるの?」

『んーん。魂が通じ合えばそんなことしなくてもいいよー。あの龍種ドラゴンは言葉を発せないから、物理的に肉体を合体させるしかなかったんだよ』



 なるほど。つまり俺達は言葉を交わせるから、ああいうことはしなくていいってことか。

 よかった。生きたまま食われるのはキツすぎるからね。



『それじゃあコゥ。ボクの頭に手を乗せて』

「こうか?」



 言われた通りに、フェンリルの頭に触れる。

 触り慣れた毛並みと暖かさ。

 手の平から伝わるフェンリルの力強さ。

 そして力だけじゃなく、フェンリルの魂の密度が直感的に伝わってきた。


 そうか。これがフェンリルの……。



「フェンの魂、暖かい……それに凄く大きい……」

『コゥの魂は、やっぱり凄く安心するよっ』



 安心する? どういった意味だろう。

 そんな疑問を口にする前に、俺とフェンリルの体が淡い光で覆われていく。

 暖かな光。

 まるで陽だまりの中にいるような。もしくは母親に抱かれているような。


 そんな言いようのない心地良さに包まれていると。

 俺とフェンリルの魂が、少しずつ溶け合っていくのを感じた。


 肉体、強さ、存在、魂。それらが合わさり、歪み、混ざる。



『さあ行くよっ。“魔人化”!』



 フェンリルが叫んだ。

 俺達を包んでいた光が膨張し、直後圧縮されていく。


 そうして、俺達の体が1つになると。


 光が弾け、目の前にいたフェンリルは消えた。



「…………ん? 終わった?」

『はい、ご主人様。うまく魔人化できていますよ。ほら』



 スフィアがどこからか姿見を取り出す。

 そこに映し出されていたのは。


 シャンパンゴールドに染まり、肩まで伸びた髪。

 フェンリルと同じ青い瞳。

 鋭く伸びた歯と爪。

 そして何より目を引くのが、頭の上にあるピクピクと動く耳と、腰にあるふさふさの尻尾。


 間違いなく、俺とフェンリルは同化していた。



『コゥ、どうかな?』

「あ……フェン? どこ?」

『今ボクはコゥの中だよ。頭の中に直接語りかけてるから、思うだけで会話できるからね』

(……こんな感じ?)

『そうそう』



 なるほど、これは便利だ。

 フェンリルの同化してるからか、体の内側からふつふつと力が湧き出る感じがする。


 今まで聞こえなかった音もよく聞こえ。

 人間には嗅ぐことのできない臭いも嗅ぎ取れる。


 これが幻獣種ファンタズマ、天狼フェンリルとの魔人化……。



『コハク様、よくお似合いです』

「はは。ありがとうライガ。どうかな、スフィア、クレア」



 2人にもよく見えるよう来るっと回転する。

 尻尾も、俺の回転に合わせて弧を描いた。



『えぇ……何このコハク、超かわいい……』

『モフ耳、モフ尻尾付きのご主人様、やばかわ……』

「そ、そんな風に言われると、照れちゃうな」



 でも悪い気はしない。

 今なら何だってできそうだ。



『コゥ、ちょっとだけボクの力を体験させてあげるね』

(うん、どうすればいい?)

『腕を振るうだけでいいよ。引っ掻く感じで』



 ……それだけ?

 ……まあ、フェンリルがそれでいいって言うなら、やってみるか。


 みんなとは反対の方に向かって、腕を大きく振り上げる。


 そして、振り下ろす!



「ハッ──!」



 ゴオオオオオオオオオオォッッッ!!!!


 突如吹き荒れる暴風。

 空間を切り裂く5つの斬撃。

 それらが大地を深く抉り、5つの超巨大な爪痕を付けた。



「……すっげ……」

『どやぁー!』



 これはドヤるのもわかる。

 これが、幻獣種ファンタズマとの魔人化……!



「……はは……ははは! すごい! すごいすごいすごい! これがあれば、俺もミスリルプレートのようなたたか、え……?」



 あ……れ……足元が、ふらつく……?

 めまいと吐き気が……ぐっ……これ、まず……。



『ご主人様!』



 倒れそうになる俺をスフィアが抱きかかえる。

 直ぐにフルポーションを俺の口に流し込んだ。

 と、直ぐにさっきまでの体調不良が嘘のようになくなる。

 まだ息は荒いけど……ちょっと落ち着いた。



『コゥ、大丈夫?』

「……あれ、フェン?」



 どうして目の前に……?

 鏡を見ると、元の姿に戻っていた。

 さっきので、魔人化が解けたのか。


 息を整えている俺の肩に、クレアが座った。



『コハク。あれが今の魔人化の持続時間よ』

「持続時間?」

『魔人化は合体してるだけで体力を削られる。1回攻撃するだけでも、相当の体力を持っていかれるわ。つまりあんたは、1回攻撃するだけで魔人化が解けてしまう。それが今のあんたの限界ってことよ』



 そうなのか……。

 まだまだ、トワさん達のようにはなれないってことだな。


 はぁ……あの領域までの先は長い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る