神隠し──①
◆
「…………」
「お兄ちゃん、元気ないよ? 大丈夫?」
「……あぁ、フレデリカちゃん。うん、大丈夫だよ」
「でもご飯進んでないよ?」
「ごめんね……なんだか食欲がなくて」
剣聖の試練を終え、宿フルールで休んだ翌日。
起き上がり、宿の食堂で朝食を頼んだまではいい。
だけど食欲が湧かない。
無理に食べようとしてもろくに喉も通らない。
理由はわかってる。
昨日のことについてだ。
剣聖リューゴの本当の姿。
彼の壮絶な過去。
そして魔王復活。
それを……俺が倒す。
いやいやいや。ふざけないで頂きたい。
おとぎ話では、魔族1体ですら都市1つ滅ぼすと伝えられている。
そんな奴らを従えてる魔王が復活とか、洒落にならない。
しかもだ。
それを倒すのが俺?
なんの冗談だ。新手のドッキリか何かか。
頭を抱えてため息をつく。
『コハク、あんた考え過ぎよ。魔王なんて眼球焼いて脳みそ沸騰させてから内側から爆発させればイチコロよ』
『【ピーーー】に【ピーーー】ぶち込んで【ピーーーーーーー】させましょうか?』
『魔王っておいしーのかなぁー?』
魔王さん逃げて! 超逃げて!
可愛い顔でえぐいことを言う3人にドン引。
というか引くなという方が無理。
自分でもわかるくらい顔を青白くしてると、フレデリカちゃんが心配そうな顔で俺の膝に手を置いた。
「お兄ちゃん、顔色わるい……疲れてる?」
「まあ、疲れてると言ったら疲れてるね」
この顔色の悪さは主に3人のせいだけど。
「やっぱり! そんなお兄ちゃんにいいこと教えてあげる!」
「いいこと?」
「疲れてるときはね、美味しいものをいっぱい食べると幸せになるんだよ!」
フレデリカちゃんはハンバーグにフォークを刺し、満面の笑みで差し出してきた。
「はいっ、あーん!」
『『んなっ!?』』
満面の笑みのフレデリカちゃん。
フォークには美味しそうな湯気が立っているハンバーグ。
鼻をくすぐるデミグラスソースの香りと、その中でも存在感を損なわない肉の香りが絶妙にマッチしている。
「……はは、ありがとう。あーんっ」
『『ぬああああああ!』』
肉汁とデミグラスソースが絡み合い、旨味が旨味を引き立たせる。
粗挽きの肉がこれでもかと主張し、旨味という鈍器でぶん殴られたような満足感があった。
「うわっ、うま……!」
「でしょ? お父さんのハンバーグは世界一ぃ!」
うん、これは世界一と言われても納得できる。
庶民の、庶民による、庶民のためのハンバーグだ。
『ぐぬぬぬ! 私だってコハクにあーんしたことないのに!』
『私達じゃ、人目がある場所じゃできない高等技術、あーん……まさかあーん童貞をこんなロリに奪われるなんて! これはもうロリに童貞を奪われたも同じ!』
『寝盗られってこと!? 私寝取られ属性ないわよ! しかもロリに! ロリに!!』
言い方ァ!!!!
誰にも聞かれないとは言え、そんな言い方は誤解を産む! 誰にも聞かれてないけど!
「あ、ありがとうフレデリカちゃん。もう大丈夫。1人で食べられるからっ」
「だめです! 私がちゃんと全部たべさせるまで、安心できません!」
フレデリカちゃんは説教するように腕を組み、むーっとした顔をする。
「昔の人は言いました。1日の幸せは朝の食事にあり、と!」
「あ、いい言葉。誰が言ったの?」
「お母さんです!」
ゴスッ──!
「いったぁーい!」
「私は昔の人じゃありません。ナウでヤングな現代人です」
女将さん、その言葉が既に昔っぽいです。
フレデリカちゃんは脳天にゲンコツをくらって涙目になってる。痛そうだったもんね、今のゲンコツ……。
「全く……ごめんなさいね、コハクさん。この子あなたのことが好きみたいで」
「おおおおおお母さん!? なにいってるのー!」
「あら。だって昨日、コハクさんが帰ってきたとき──」
「ちがうから! ちがうからぁ!」
あ、逃げた。
ま、フレデリカちゃんもまだまだ小さい女の子だ。大人の男に憧れる年頃ってやつなんだろう。ふっ、俺って罪な男。
「ふふ、あの子ったら。……でも、本当に大丈夫ですか? まだ顔色がよくないみたいですけど」
「あ、大丈夫です。フレデリカちゃんを見てたら、なんだか元気出てきました」
「ふふふ、元気が取り柄のような子ですから。それじゃあ、ごゆっくり」
女将さんは笑顔で頭を下げると、仕事に戻っていった。
大丈夫と言った手前、飯はちゃんと食わないとな。
『好き……好き……? あのロリがコハクのことを好き……?』
『同族……可愛い……ロリ可愛い同族……』
「いや、子供の言うことだろ……」
何惚けてるんだこの2人は。
『コハク、あんた何もわかってない!』
『好きになるのに性別や年齢や種族は関係ありません! 要はどれだけ相手を愛しているかです!』
『ボクもコゥ好きぃ。好きぃ』
あーうん、俺も皆のこと好きだから。
だからそんなぐいぐい迫ってこないで。落ち着いて飯が食えん。
宿フルールの絶品料理に舌づつみを打つことしばし。
フレデリカちゃんが、カウンターの奥からひょっこり顔を出した。
「お母さーん。お父さんが、そろそろスパイスが切れそうだってー」
「えっ、本当? 倉庫にはなかった?」
「ないよー」
「どうしましょう……今日は私も忙しいし……」
ふむ……。
「女将さん。俺が買ってきましょうか?」
「そ、そんな悪いですよ!」
「気にしないでください。俺、困ってる人は見捨てないのが信条なんで。いつもお世話になってるし、これくらいさせてください」
「……じゃあ、お願いできますか? そうだっ、案内としてフレデリカも連れてってください」
「わ、私!?」
確かに、スパイスなんて買ったことないからな。いつもどこで買ってるのかなんて分からないし……。
「わかりました。フレデリカちゃん、よろしくね」
「ぁぅ……わかり、ました……」
顔を真っ赤にしてモジモジしている。
そこまで照れられると、こっちまで照れちゃうんだけど……。
『ぎゅぬぬぬぬっ……!』
『ぎりりりりりっ……!』
2人とも血涙を流して睨みつけないで、軽くホラーだから。
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