剣聖の試練──⑩
「ま、魔王……?」
『然り。残虐非道で、全ての魔族を腕っ節だけでまとめあげている者。それが魔王です』
「ま、待って! 魔族はおとぎ話でも聞いたことあるけど、魔王なんて聞いたこともないよ!」
これでも俺はおとぎ話が好きだ。
剣聖リューゴ。
英雄トーマ。
大勇者スメラギ。
統べる者サーヤ。
国引きマコト。
他にも様々なおとぎ話が、伝説として語られている。
それでも、魔王なんて言葉は1度も聞いたことがない。
『奴は強すぎた。それこそ、全人類の遺伝子に恐怖を刻みつけるほど』
「い、遺伝子って……」
『人類は、強すぎる存在を忘れるために無意識のうちに記憶を封印した。二度とあの恐怖を思い出さないために』
無意識に忘れたくなるほど強く、恐怖を与える存在……魔王……。
背中に冷たいものが走った。
魔族でさえ、その非道さはおとぎ話でよく知られている。
それらを力だけで束ねる存在。
そんなものが復活するなんて……。
「……まさかとは思うけど、俺の役目っていうのは……」
『然り。強者を従え、復活する魔王を討つことです』
なんてこった!?
「な、なんで俺が……!?」
『魔王を討てる可能性があるのは、
いやいやいや! 俺なんて
いきなり魔王討伐とか意味わかんないんだけど!?
抗議しようと口を開くと、ライガの足元に魔法陣が浮かび上がった。
『むっ、時間か。申し訳ございません、コハク様。私がここに現界できる時間は残されていないようです』
「えっ、一緒に戦ってくれるんじゃないの!?」
『今の私は仮の体。真なる私と契約するには、剣の里へおいでください』
ライガの体が徐々に薄くなっていく。
『お待ちしております、コハク様──』
……消えた……。
…………。
「マジですか……」
「何がだい?」
「うわっ!?」
あ……アシュアさん。よかった、時間が動き出したんだ。
「どうしたんだい、ぼーっとして」
「ぁ……な、なんでもありません」
思わず誤魔化してしまった。
でも、あんなの説明しようがない。
魔王なんてそもそも聞いたことがないし、それが復活するなんて……どう考えても理解してもらえそうにない。
でも、アシュアさんも無関係じゃないからなぁ……どこかのタイミングで説明するしかないか。
皆を連れ、扉から外に出る。
全員が外に出ると、扉は閉じて刻まれていた呪文は消えた。
「コハクくん。これからリューゴの生家に行くけど、来るかい?」
「はい、行きます」
アシュアさんへの説明は今度にしよう。
まだ俺だって飲み込みきれてないし、説明のしようがない。
魔王復活という一抹の不安を抱え、俺達は御神木を後にした。
◆
暗い、暗い谷底。
毒虫や毒獣が生息し。
空気は淀み、腐っている。
そんな腐食した谷底に、1つの影が蠢いていた。
「くくく……ようやく出てこれたか……」
枯れ木のようにほっそりとした体。
ひしゃがれた声。
人の形をしているが、人ではない何か。
それが近くを通った巨大毒ムカデを鷲掴みにし──巨大な口で頭部を噛み砕いた。
ゴリッ、メキッ、バリッ。
不協和音が谷底に反響する。
頭から脚、胴体を全て食いつくしたが、影は不満そうな声を漏らした。
「足りぬ……全く足りぬ……もっと、もっと食わねば……」
毒蜘蛛。
毒トカゲ。
毒草。
毒カマキリ。
毒、毒、毒。
様々な毒性生物を食い荒らす。
「足りぬ……足りぬ……足りぬ……」
まるで幽鬼のように谷底を歩く。
目に付いた生物を捕まえ、喰らい、咀嚼する。
数十……いや、数百の生物を食っても、影は止まらない。
「足りぬ、足りぬ、足りぬ……足りぬアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
咆哮。
木々が揺れる。大地は抉られ、岩壁に亀裂が入る。
それだけで、影が持つ力量は十分に理解できた。
「もっとだァ……もっとヨコセェェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」
走り、食い、走り、食い、食い、食い尽くす。
たった数日……それだけで、谷底の生態系は脆くも崩れ去った。
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