剣聖の試練──⑨

 いくら待っても何も起きない。

 恐らく、試練は終わったんだろうな。



『コゥ、扉開いたよ!』



 フェンリルの声で振り向く。

 外からの光が入ってきて、扉の周辺が明るくなっていた。



「どうやら、終わったみたいですね」

「だね。……剣聖リューゴ。今までは強さやすごさしか目に見えていなかったけど……彼は壮絶な過去を乗り越えていたんだね」



 後悔や弱さを知り、二度と繰り返さない。

 そのために強くなり、そのために剣を振るう。

 リューゴは決して天上の存在なんかじゃない。

 俺達と同じ、人間なんだ。



「……行こう、コハクくん」

「……はい」



 ここでうじうじしていても仕方ない。

 俺達は、今の時代を精一杯生きるしかない。

 フラガラッハを鞘にしまい、先を行くアシュアさんに続く。






 が、次の瞬間──アシュアさんの体が硬直した。



「あ、アシュアさん!」



 慌てて近づく、けど……ダメだ、さっきのリューゴ達みたいに、完全に固まってる……!

 つまり……時間が止まったのか……!?

 何だよこれ! いったい何が……!


 何もできず愕然とする俺。

 そんな俺の肩にクレアが座り、上を向いた。



『コハク、安心して。……この試練のヌシが出てくるわよ』



 試練の、ヌシ……?


 直後──俺達の頭上が光り輝いた。


 真紅の光を纏った男。

 厳つく、棘はあるが美丈夫だ。

 燃えるような炎髪。

 鋭く射抜く緋眼。

 漆黒の鎧を纏い、右腰には両刃剣。左腰には太刀。背中には大剣を背負っている。


 この光、この圧、この力……。



幻獣種ファンタズマ……?」

『はい。幻獣種ファンタズマの中でも、近接戦闘なら右に出るものはいない最強の男……剣神ライガです』



 幻獣種ファンタズマ、剣神ライガ。


 なんでそんな奴がここに……?

 ライガは俺の前に降り立つと、跪いて頭を垂れた。



『お初にお目にかかります、我らが王、コハク様。私はライガ。剣の神を司っておりす』

「あ……うん。はじめまして、ライガ。跪かなくていいからさ、立ってよ」

『はっ』



 ゆっくりとした動きで立ち上がるライガ。

 なるほど……幻獣種ファンタズマ接近戦最強と言われるだけある。

 近くにいるだけで身震いするような圧だ。



『コハク様。この度はこのような事に巻き込んでしまい、大変申し訳ございませんでした』

「……確かに、この件は俺は必要ないんじゃないかって薄々思ってたけど……なにか理由があるんでしょ?」

『然り。永久の平和を成すためです』



 永久の平和……そう言えば、呪文にもそんなことが書いてあったっけ。



 永久の平和は果てなき幻想──

 幻想を体現するは至高なる剣士──

 至高の剣士を従えるは幻想の王──

 見よ・観よ・視よ──

 悪を打ち破るは聖なる極地──

 今平和への扉は開かれた──



 確かこんな感じ。



「永久の平和は幻想か……それを成し遂げるために、俺とアシュアさんの2人が必要ってこと?」

『然り。ただ、厳密にはお2人だけではなく、あと3人の人間が必要になります』

「3人? 誰?」

『申し訳ありません。私の口からは……』



 ふむ。つまり俺とアシュアさんを入れた5人が、永久の平和に必要な人物ってことか。



「でも、今の世界も十分平和だと思うけど……」

『否。その平和が今、脅かされようとしています』



 ライガの言葉に、スフィアがぴくりと反応した。



『待ちなさい、ライガ。まさか……あれが復活するのですか?』

「……あれ?」



 あれって何? 何のこと?

 珍しく焦っている様子のスフィア。

 ライガは、神妙な面持ちで頷いた。



『然り。今はガイアが抑えているが、緩んできている。いつ復活してもおかしくない状況だ』

『そんな──!』

『ちょ、ちょっとストップ! ストーップ! 何の話をしてるのか全然わかんないわ!』

『放置ぷれい? ボク達放置されてる?』



 クレアとフェンリルもわかってないみたい。

 うん、なんのことだろうね。全然わからん。



『……この世界には3つの種族が存在します。人間、亜人、魔物です。そこから更に細分化されますが、大まかに分けるとこの3つになります』



 うん、それは知ってる。一般常識の範囲だ。



『しかし3000年前。この3つの種族には、実は4つ目の種族が存在していました』

「4つ目の種族?」




『──魔族です』




 …………………………え。



「ま……魔族だって……!?」



 おとぎ話で聞いたことがある。


 絶対数は少ないが、見た目は人間とは変わらないらしい。

 だが頭には角が生え、背中には異形の翼。

 目は黒く、瞳は赤い。

 そして魔族が1人いれば、街が1つ消し飛ぶとされている。


 龍種ドラゴンと同等の力を持つと言われる存在。


 それが魔族。



「魔族は滅んだって聞いてたけど……」

『いえ、滅んではいません。封印されているんです』



 そうだったのか。

 でも確かに、それだけ強い種族が滅んだっていうのも、ちょっと違和感はあるけど……。



「封印が緩んでるって、その魔族が復活するってこと?」

『否。魔族だけなら楽に抑えられます。しかし封印されているのは、魔族だけではありません』



 魔族だけじゃない……?

 それっていったい……。


 ライガは闘志を燃やした緋眼で、何もない虚空を見上げ。



『この世の害悪。最悪の権化──魔王サキュアが、近々復活します』



 とんでもない言葉を発した。

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