剣聖の試練──⑦

 また景色が変わった。


 今度は荒地のど真ん中。

 俺達の他に、1組の男女1つの方向を見て佇んでいる。


 佇まいからして只者じゃない。

 特にこの男。

 強さの桁が、今まで見てきた人達とはレベルが違いすぎる。


 その視線の先にいるのはリザードマン。

 俺より少し高い上背に、獰猛な牙、鋭い爪。

 よだれを垂らして明らかに腹が減ってる様子。


 ブルーゴールドの髪色を持った女性がタバコに火をつけ、隣の男に指示を出した。



「リューゴ、あのリザードマンを倒してきなさい」

「…………」



 リューゴ……そうか、あのくすんだ金髪の男は成長したリューゴか。

 てことは、あの時から随分と時間が進んだ世界らしい。


 そして多分、この人はリューゴの師匠。

 リューゴに師匠がいたなんて聞いたことないけど。

 師匠の指示に、リューゴは固まったまま動かない。

 どうしたんだろう……?



「リューゴ、どうしましたか?」

「…………り」

「は?」






「……むりむりむりむりむり! あんなデカくて強そうで気持ち悪いの無理だって! リザードマンだよ!? 凶暴なんだよ!? あんなの下手したら俺本気で死んじゃうよ! 頭から砕かれてこの世からさよならバイバイこんにちは来世しちゃうから! イャアアアアアアアアアアアアアアァ!!!!」






 ……オゥ……。


 頭を抱えてじたばたと泣きわめくリューゴ。

 それを白い目で見る女性。

 俺とアシュアさん、困惑中。



『あー、こんな奴だったわね。懐かしい』

『人間相手でも見た目が怖い相手には本当にビビりまくってましたね、彼は』

『リューゴ、がんばれー!』



 君達は鑑賞モードですか、そうですか。



「お……うん……何だか想像してたのと違う……」

「同感です、アシュアさん」



 皆から聞いていたとは言え、実際に目の当たりにすると残念な気持ちになる。


 うずくまって泣いているリューゴ。

 師匠はそれをイラッとした顔で見下ろす。



「リューゴ……いつになったらあなたは自信が持てるんですか。あなたには才能があるんですよ」

「剣の才能なんていらないですから! そんなもんに才能全振りするなら少しでも女の子にモテる才能が欲しかったわぁ!」

「あなたはモテません。諦めてください」

「イャアアアアア! 現実を突き付けないでぇ!」



 じったんばったん。

 うーん、惨め。


 そんな騒ぎに気付いたのか、リザードマンが2人を見付けて近付いてきた。



「ほらリューゴ。さっさと倒さないと死んでしまいますよ」

「師匠が倒せばいいでしょ! もう知らない!」

「……リューゴ、1つ教えておきます」

「なんですか! ふん!」



「強い男はモテます」



 刹那──リューゴの姿が消え、リザードマンはサイコロ状に斬り刻まれて絶命した。



「ふっ。この剣の天才リューゴにかかれば……こんなの御茶の子さいさいですよぉ! あーっはっはっはっはー!」

「ちょろい」

「ちょろいね」

「ちょろいですね」



 ちょろすぎて心配になる。

 こんなんで大丈夫なのか、剣聖。




 場面が変わる。


 またちょっと成長したリューゴ。

 その隣に寄り添い、肩に頭を乗せる師匠。

 明らかに師弟の距離感じゃない。

 これはまるで、恋人のような……。



「リューゴ……」

「師匠……俺……」

「師匠じゃなくて、名前で呼んでください」

「……ミオ」

「はい、リューゴ……」



 夕日をバックに、2人がキスをする。

 幸せそうに微笑むリューゴとミオ。



「……ねえ、ミオ。やっぱり俺、剣を好きになれないよ。争いしか生まない剣を、俺は好きになれないんだ」

「……剣を、憎んでいますか? 剣を与え、教えた私を……恨みますか……?」

「……1つだけ、好きなところがある。……俺とミオを繋いでくれたのは、剣だ」

「ふふ……そうですね」



 2人は腰に携えた剣を鞘ごと抜くと、地面に突き刺す。


 まるで、二度と剣を取らないと誓うように。




 また場面が変わる。

 リューゴ、ミオ、そしてリューゴのお姉さんが同じ屋根の下で暮らしている幸せな光景。


 ミオのお腹は大きくなっている。

 2人の子供だろう。

 これが……リューゴが思い描く本当の幸せなんだろうな……。




 また場面が変わった。


 仕事を終えたのか、金の入った麻袋を持って街を足早に歩くリューゴ。

 もしミラゾーナ村に住んでたとしたら、確かにあそこじゃあ満足に暮らせない。

 こうして出稼ぎに来てたんだろうな。


 いくつかの肉、それにパンや野菜を買い、馬車に乗ってミラゾーナ村へ向かっているリューゴ。



「待ってろよ、ミオ。姉さん。今帰るから……ぁ……?」



 リューゴの顔が固まり、蒼白に変わる。

 その見つめる先には──。



「ぇ……?」

「あれは……炎!?」



 燃え盛る木造の家。

 正面には、賊と思われる輩が数人とミオ。

 少し離れた場所には、リューゴのお姉さんが今まさに殺されそうになっている。



「み……ミオ! 姉さん!」



 顔色が真っ青になるリューゴ。

 だがここからじゃ、絶対に2人を助けられない。

 できたとして1人。



 お腹を守るために身を屈めているミオ。

 死を覚悟しているお姉さん。

 今馬車に乗っているのはリューゴだけ。

 手元にあるのは、御者の護身用で持っている短刀のみ。


 1人を助ければ1人を失う絶望的な状況。


 はらはらしてその状況を見ていると──世界が、止まった。



「え……な、なんだ?」

「何が起こって……っ! アシュアさん、これ!」



 リューゴは今まさに、短刀を手に駆け出そうとしている。

 その頭上に、光る文字で文章が浮かび上がった。



【絶望的な状況の剣聖の卵。

 どちらかを助ければどちらかは死ぬ。

 剣聖の卵は、いったいどっちを見捨てるのか。

 試練を受ける者よ、力を示せ。

 ──制限時間 60秒──】



 力を、示せ……?



『なるほど、そういうことですか』

「スフィア、何かわかるの?」

『はい。これは剣聖の試練。この試練を受ける人間……アシュアさんが、剣聖に相応しいかを試すものです』

「……つまり……?」

『アシュアさんの力で、この状況を打破しなければならない……ということです』



 っ! そ、そんな……!?

 こんな状況で力を示せって……いったいどういうことだよ……!



「アシュアさん……」

「わかっているよ、コハクくん。これは、俺に与えられた試練らしいね」



 流石の洞察力。

 だが、アシュアさんは動かない。

 そうしている間にも、文字のタイマーは刻一刻と減っていっている。


 アシュアさん……どうするつもりですか、あなたは……?

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