剣聖の試練──⑥
……暗い。それに想像以上に広い。
天井も壁も見えない。
明らかに巨木の大きさを超えた広さだ。
どれだけ歩いただろうか。
不意に、アシュアさんが口を開いた。
「そうだコハクくん。さっきの呪文はいったいどういう意味なんだい? 幻想の王とか、至高の剣士とか……」
「えっと……すみません。使い魔に解読してもらった通りに読み上げただけで、詳しいことはわかりません」
「あ、いや気にしないでくれ」
チラッとスフィアを見る。
スフィアは頷き、呪文の意味を教えてくれた。
『幻想の王とはご主人様を。至高の剣士とは、ここではアシュアさんのことを指します』
……王? 俺が?
『コゥ、王様! 王様!』
『その通り。
確かに皆をテイムしてるのは俺だ。
だけどそれだけで王様扱いって、ムズムズして落ち着かない。
クレアは俺の肩に座り、自慢げに解説し始めた。
『
なるほど……だから1度解散したんだ。
ミミリさんをどこかへやるために。
幻想の王に、至高の剣士かぁ……。
ふむ……うん、このことは黙ってよう。
俺が王ってのもおこがましいけど、俺なんかがアシュアさんを従えるって……いくら呪文とは言え恐れ多い。
「どうしたんだい、コハクくん?」
「えっ!? あ、いや、なんでもないですっ」
「そうかい? なら俺の推測を聞いてくれ」
「推測?」
「あの呪文。幻想の王とは君、至高の剣士とは俺のことだね?」
「……何故そうだと?」
「
流石、鋭い。
「呪文には、俺とコハクくんのことしか書いてなかった。つまり2人じゃないとあの扉は開けられなかった。だから1度解散し、ミミリちゃんを村へ帰した。違うかい?」
「……アシュアさん、探偵にでもなった方がいいですよ」
「はっはっは! 一考してみるよ!」
ホント、鋭いというか洞察力が高いというか。状況判断が早い。
『ご主人様、あの呪文の最後の2つの文章を思い出してください』
「最後の2つ? えっと……悪を打ち破るは聖なる極地、今平和への扉は開かれた……だね」
「──そうか……そういうことか」
えっ。アシュアさん何か閃いたの?
気付いてないの俺だけ?
『つまり』
「この空間は」
『「聖なる極地へ至るための空間」』
直後──空気が大きくぶれた。
地響きのような音と共に、漆黒の空間に何か浮かび上がっていく。
「コハクくん、警戒態勢!」
「はい!」
俺とアシュアさんとクレアが前。
スフィアとフェンリルが後ろを警戒する。
ぼやけていた輪郭がくっきりとしてきた。
……何かが、動いている。
あっちを行ったり、こっちを行ったり。
これは……人か?
間違いない。沢山の人が忙しなくあっちこっちと走り回ってる……。
次に浮かび上がったのは建物。
空。雲。森。川。
徐々に色がつき、人々の喧騒も聞こえてきた。
「これは……」
「どういう……?」
試しに近くの八百屋に売ってるリンゴに触れてみる。
けど……触れない。まるでそこにないみたいに通り抜けた。
「幻覚か?」
『幻覚ではありません。これは、この土地の記憶でしょう』
この土地の記憶……?
詳しく話を聞こうとすると、周囲の人達が何かを見てせせら笑ってるのが見えた。
「おい見ろよ」
「あの泣き虫、まーたいじめられたのか」
「情けないねぇ」
「あれでも男かよ」
泣き虫?
皆の視線の先。そこには、ボロボロの身なりで体が血だらけの少年がいた。
涙を流し、足を引きずるようにして歩いている。
「君、大丈夫か!?」
アシュアさんが慌てて駆け寄る。
が、少年は何もないみたいにアシュアさんの体をすり抜けた。
「アシュアさん、ここはこの土地の……ミラゾーナ村の記憶だそうです。だからあの子は……」
「ッ……目の前で傷ついている子がいるのに、助けられないなんて……!」
悔しそうに地面を殴りつけるアシュアさん。
あぁ、本当……この人は優しいんだな。
それにしても、泣き虫か……。
「あの子、もしかして……」
『リューゴね。子供のときの』
やっぱりそうか。
ろくなものを食べてないのかやせ細り、目も虚ろだ。
これが、剣聖リューゴの少年時代……。
リューゴの後をつけて行く。
……家の陰に入っていったな。
その後に続くと、リューゴは膝を抱えて涙を流していた。
「……クソッ……クソッ」
「リューゴ……」
「え、リューゴ……? まさかこの子、剣聖リューゴ……!?」
「はい、そうらしいです」
「……驚いたな……」
うん、でも……今の俺達じゃあ、この子には何もしてあげられない。
何も出来ず立ち竦んでいると。
「リューゴ!」
リューゴと同じ金髪の女性が、リューゴを抱き締めた。
「大丈夫、リューゴっ。ああ、痛かったわね……」
「おねーちゃん……」
お姉ちゃん……剣聖リューゴの姉……?
……綺麗で、可愛らしい子だ。多分15歳前後。
着ている服はみすぼらしいが、それなのに容姿は既に完成された美しさを誇っている。
「大丈夫、大丈夫よ。お姉ちゃんが守ってあげるから」
「……うん……うんっ……!」
「さ、お家に帰りましょう」
2人が手を繋いで歩いていく。
仲がいいんだな、この2人。
「──む? ……コハクくん、あいつら……」
「え?」
……何だろう、あのこそこそしてる人達。
いかにもな悪人相な男が3人、リューゴ達を見てるけど……。
と、また景色がぶれた。
今度はどこかの廃墟。
そこにさっきの男が3人。
それに──縄で縛られた、リューゴのお姉さんがいた。
「げひひひひっ! たまんねぇなぁおい!」
「売る前に楽しませてもらおうや」
「いいねぇ! 今夜は祭りだ!」
っ! こいつら、まさか……!
「やめろ!」
フラガラッハを構えて1人の男に斬り掛かる。
が──すり抜けた……!
「クソッ!」
『ご主人様、無駄です。ここは過去。私達が干渉できる範囲を超えています』
「でも!」
目の前で女の人がなぶられそうになってるのに、ただ見てるだけなんて……!
アシュアさんも悔しそうに拳を握りしめ、せめて見ないように顔を伏せている。
その時。
「や、や、やめろ……!」
扉が開いて、1つの影が飛び込んできた。
「リューゴ……!?」
「なんだァ、泣き虫リューゴじゃねぇか」
飛び込んできたのはリューゴだった。
手には剣……じゃなくて、木剣が握られている。
「お、おねーちゃんを離せ……!」
「はぁん? テメェ、泣き虫で雑魚のくせになに粋がってんだぁ?」
「おめーは帰ってクソしてろグズが!」
「俺達はこれから楽しむからよぉ! げははははは!」
確かに……剣聖と呼ばれていても、今のリューゴはただの子供。
相手は3人。明らかに不利だ……!
どうする……どうする……!
何か手立てはないかと見渡していると、アシュアさんが目を見開いでリューゴを見ていた。
「そんな……いや、まさか……?」
「アシュアさん、どうかしましたか?」
「……コハクくん、ここは大人しく見ていよう」
「え……はい……」
見ていようって……こんなの、下手すると殺されるだろ。
男3人のうち、2人が下卑た笑みを浮かべてリューゴに近付く。
そんな男達を見ていたリューゴの体は、子鹿のように震えていた。
「あぁ? なんだテメェ、震えてんのかぁ?」
「クソザコナメクジらしいじゃねーか」
「げは! げははははは!」
体の震えが徐々に大きくなる。
今にも逃げ出しそうな雰囲気だ。
「リューゴ……に、逃げて、リューゴ!」
「! ……おねーちゃん……!」
「私はいいから! 逃げて、お願い! あぐっ……!」
必死に叫ぶお姉さんの頭を地面に押さえつけた男。
それを見たリューゴは。
──体の震えが、止まった。
「っ! あああああああああぁぁぁッッッ!!!!」
大気を震わせる咆哮。
直後、リューゴは木剣を両手に構え──瞬きする暇もなく、2人の男の腹を殴打した。
「…………は?」
「ぇ……リュー……ゴ……?」
……なんだよ、あの動き……。
剣士の技能を持っている今だからわかる。
あの動きは、努力で到達できる領域を遥かに超えている。
まさに──天才しか到達しえない領域だ。
「う、嘘だろ、おい……! お前ら何やってる!」
「リューゴ……あなた……」
またも瞬きするより早く、リューゴが最後の1人を気絶させる。
この間、僅か数秒。
圧倒的な力だった。
「やはり……剣を持った彼からは、ただならぬ気配を感じた」
「元々鍛えていたと?」
「いや、それはない。動きはズブの素人。あれは、ただの才能だ」
才能……これが、才能だけの力……。
今、俺達はとんでもない場面に立ち会ってるのかもしれない。
剣の天才……剣聖リューゴの誕生の瞬間に。
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