剣聖の試練──⑧
馬車から2人のいる場所まではおよそ100メートル。
だけど、ミオさんとお姉さんも少し離れている。
1人を助ければ、1人は死ぬ。
そんな絶妙な距離感。
いや、絶望と言った方がいいだろう。
そんな2人を見て、アシュアさんは何を思うのか。
腕を組み、減っていくタイマーとリューゴを交互に見る。
「……力を示せ、か……」
剣を抜いたアシュアさん。
2人に近付こうとしても、リューゴのいる位置から先には進めない。
まるで見えない壁に阻まれてるみたいだ。
ここから、2人を助ける。
そんなこと、本当に可能なのか……?
「距離……速度……示すべき力……」
……アシュアさん? 何をブツブツ言って……?
「……コハクくん、離れていてくれ」
「……できるんですか?」
「わからない。でも……俺がここにいる以上、やるべきことは決まってるよ」
制限時間、残り15秒。
アシュアさんはリューゴの隣に立つと、同じように構える。
剣を持つ右手を後ろ。
左手を前。
腰を落とし。
半身になる。
「──なるほど。彼が天才だと言われるのがよく分かる。この技は……この型が正解だ」
アシュアさんの腕の筋肉が隆起する。
残り、3秒。
踏み締める地面が沈む。
残り、1秒
そして。
残り──ゼロ。
「はあああああああッッッ!!!!」
咆哮一閃。
止まっていた世界が動き、リューゴも動き出す。
動きがシンクロし、振り抜いた1つの斬撃が
まさに飛ぶ刃。
5つの斬撃がミオを襲っていた賊を斬り殺す。
だが、まだ終わらない。
手首を返し、振り抜いた剣の軌道を無理やり変える。
そして、渾身の力で斬り上げた。
同じように飛翔する5つの斬撃。
それらが、お姉さんを襲っていた賊を斬り殺す。
はずだった。
「なっ!?」
「えっ……?」
5つの斬撃は、まるで幻を斬ったかのように賊を通り抜ける。
絶命するどころか、傷1つ負っていない賊は──下卑た笑みを浮かべ、振り上げていた斧でお姉さんの頭をカチ割った。
「……ぇ……なん……で……?」
『ご主人様、あれを』
「あれ……?」
スフィアの指さした先。
そこには、砕け散った短刀を手に、絶望の表情を浮かべるリューゴがいた。
『彼の実力に……彼の才能に、間に合わせの武器はついて行けなかった。彼はこの時……お姉さんを救うことができなかったのです』
「そ……んな……」
『もし彼が剣の道を捨てず、自分の武器を持っていれば……2人とも救えた未来があったはず。今のアシュアさんのように』
確かに……アシュアさんの放った斬撃は、ミオさんとお姉さんが死ぬ前に届いていた。
だけど、リューゴの剣は届かなかった。
……ぁ……。
「もしかして、リューゴの才能が剣を捨てたのを許さなかったのって……」
『その通りです。彼の才能は、彼に再び剣を取る覚悟をさせるため……目の前で大切な人を殺し、後悔させた』
「そんなの、結果論であって……!」
『再びリューゴに剣を取らせるなら、大切な人さえ殺す。因果律さえ歪める。……リューゴの剣の才能は、それほど強力なものなのです』
因果律を歪めるほどの才能……?
なんだ、それは……そんなの、人間が手にしていい力じゃないだろ……。
『この出来事を経て、リューゴは再び剣を取ります。そして剣聖と謳われるまで……地獄のような日々を送ることになるのです』
呆然と佇む俺とアシュアさん。
景色から色が消え、再び漆黒の世界になるまで……俺達は、何も出来なかった。
「……ぁ……」
この、光る文字は……さっきの……?
【試練を受けし者よ。
汝、真なる力を示した。
剣聖たる力を示した。
全てを救うに足る力を示した。
──今、剣聖の力を授けん】
文字が渦を巻き、徐々に球体となる。
拳ほどの大きさの光の球体。
それが、溶けるようにしてアシュアさんの胸から中に入る。
「……これは……暖かい力だ……」
アシュアさんの体が僅かに光る。
光が徐々に大きくなり……暗闇を押し退けるほどの光がアシュアさんを包んだ。
「……剣聖リューゴ。あなたの意志、しかと受け継ぎました。この力を持って、俺は……全てを救う刃を振るう」
『頼んだ』
そんな優しさを感じる声が、暗闇の中へ響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます