魔法武器《フラガラッハ》──⑩

   ◆



「それじゃあザッカスさん。あとはお願いします」

「おう、任せておけ!」



 コハクが笑顔でザッカスの工房を出た。

 1人残されたザッカス。

 だが、寂しさも悲しみも感じていない。

 むしろ、やる気と情熱で漲っていた。



「よしっ。……ん?」



 工房に入ると、既に炉に火が灯っていた。

 火を点けた覚えはない。

 だが、今までに見たことがないほど鮮やかな炎が燃えていた。



「こいつはどういう……ぁ?」



 炎が揺らめき、蠢き、ザッカスの前に文字を作る。



『これは永遠に消えることのない聖炎。

 主のために、私の力の一端をあなたに託すわ。

 使いこなしてみせなさい。

 ──火精霊クレア』


「……へっ。粋なことしてくれるじゃねえか、火精霊さんよ」



 鎚を持ち、気を整える。

 ザッカスが魔法武器を作るために必要な、ルーティンだ。


 製作するのに必要な情報は既に話し合った。

 装飾のイメージも頭の中にできている。


 普通の魔法武器は、完成してからでないとどんな効果を発揮するのかわからない。


 それでも……何故だか今は、どんなものができるのか明確にイメージできた。

 これを作れたら、間違いなく史上最高の魔法武器になる。



「……っ、ふぅ〜……」



 いつになく緊張する。

 それもそうだ。剣を作るのも3年ぶり。

 本来ならブランクを埋めるために何本か作りたいところだ。


 けど、何故だか、それもいらないという確信めいた何かを感じていた。


 コハクは、自分の迷いに【答え】を見出してくれた。

 永遠に解けることのなかったはずの誤解を【解いて】くれた。

 コハクが、【回答】をくれた。


 なら、迷うことなんかない。



「……いざ」



 武器作りに入り……3年ぶりに、鎚を振り下ろした。



 カアァンッ──カアァンッ──カアァンッ──。



 街中に広がる鉄を打つ音。


 ある者は音の出処で。

 ある者は音の質で。

 ある者は音の響きで、それを確信した。



「この音……!」

「ザッカス……?」

「そうだ、ザッカスだ!」

「また打ち始めたのか?」

「相変わらず、いい音出しやがる」



 世界最高の鍛治職人が奏でる世界最高の音が、フランメルンの街に響き渡る。


 自身の工房で作業をしていたコトリも、思わず手を止めてその音に聞き入ってしまった。



「けっ。おせーんだよ、ザッカス」



 ザッカスの奏でる音は、次の日も、次の日も聞こえ。


 3日後、世界最高の剣が完成した。



   ◆



「ザッカスさん!」



 魔法武器が完成したと報告を受けた俺は、すぐさまザッカスさんの工房に飛び込んだ。



「おう、コハク。待ってたぜ」

「俺の剣、できたんですか!?」

「ああ、間違いなく世界最高の剣だ」



 お、おお……! 世界最高の職人が、世界最高って認めた……!


 リビングのテーブルの上に乗っている、鞘に納まった剣。

 要望通りの片手剣だ。

 柄頭には、余った魔水晶が加工されてはめ込まれている。



「も、持っても……?」

「ああ。是非感想を聞かせてくれ」



 き、緊張する。

 初めてオーダーメイドで作った、俺だけの剣。

 それを遂に……。


 いざ、持ってみると……凄く軽い。想像より、全然軽かった。



「軽い……重さをほとんど感じませんね」

「だろ。テイマーであるお前さんは、剣士職より非力だからな」



 だからか。

 ザッカスさんの気遣いってやつだな。


 ……っ。こ、これはっ……!



「な、何これ……?」



 鞘に納まっている剣から、アクアブルーの光が溢れ出て……?



「抜いてみろ」

「は……はい」



 言われた通り、鞘から剣を抜く。


 まるで夜空のような漆黒の刀身。

 刃はアクアブルーに輝き。

 鍔も、柄も、鞘にも細かな細工がしてある。

 だけどシンプルで、無駄な装飾は一切ない。


 要望通り……いや、理想通りの片手剣だ。



「こ、これ、魔法武器……魔法剣なんですよね? 効果ってどうすればわかるんですか?」

「ああ。鑑定の結果、そいつには【切断】の能力が備わっていることがわかった」



 …………ん? 切断?



「これは剣だから、当たり前では?」

「説明するより、見た方が早いか。こいつを見てみろ」



 取り出したのは鉄の塊。

 見るからに硬そうだけど……これが?



「こいつを注視するんだ」



 んー……見る、見る、見る……お?

 鉄の塊に、薄らと赤い線が浮かび上がってきた?



「何か見えたろ。そいつを、この剣で斬ってみろ。押し切るようにだ」

「は、はい」



 刃を鉄塊に押し当て、力を込める。


 と──ほぼ力を加えることなく、まるでスライムを斬るように鉄塊を真っ二つにした。



「な……!? す、すごい斬れ味です、これ!」

「確かにこいつはすげー斬れ味だが、要点はそこじゃない」

「え?」

「この剣を握って対象を見ると、対象の弱点を見ることができる。普通は斬れないだろうどんなに硬い鉱石でも、どんなに硬い鎧でも、どんなに硬い龍種ドラゴンの鱗でも……こいつの前では、スライムを斬るが如く簡単に斬れちまう。斬る場所の【答え】を教えてくれるんだ」



 す、すごすぎる……!


 炎を出す。風を吹かせる。相手を凍らせる。

 そんな魔法武器があることは、予めスフィアから聞いていた。


 だけどこれは違う。

 こんな魔法剣、見たことも聞いたこともない……!


 試しに3人のことを見てみる。

 確かに赤い線が現れた。

 ザッカスさんにも、赤い線が現れる。

 幻獣種ファンタズマだろうと人間だろうと関係ないみたいだ、この魔法剣の効果は。



「な、名前……名前はあるんですか?」

「もちろんだ。……大昔に存在したと言われる神の武器。そいつも、同じ【切断】の効果があったと言われている」



 ザッカスさんが紙にサラサラと文字を書き、見せてきた。



「回答者の剣。通称──フラガラッハ」

「フラガ……ラッハ……」



 フラガラッハ。

 神の武器と同じ力を持った、俺だけの魔法剣。

 俺の……俺の武器だ……!



「……あっ。お、お金……!」

「いらんさ、俺とコハクの仲だ。その代わり、俺が復活したって色んなところで宣伝してくれると助かるぜ」

「ザッカスさん……わかりました。ありがとうございます」

「へへ。……コハク、頑張れよ。ダッカスの分も……お前の勇名を、世界に知らしめてやれ」

「……はい!」



 フラガラッハを腰に携え、ザッカスさんに頭を下げて外に飛び出た。



『コゥ、依頼受ける? 戦いに行く?』

「うん。やっと出来た初めての武器だ。討伐依頼を受けて、魔物と戦おう!」



 フェンリルの背に乗って空を翔け、眼下に見える街を一望した。


 活気のある声。鉄を打つ音。


 今日も鍛治の街フランメルンは、最高の装備を作り続けている──。

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