とある女王は歓喜に震え、とある国王は苦悩に震える。

   ◆



 ブルムンド王国の女王、カエデ・ムルヘイムはその日、夢を見た。

 ふわふわと何もない空間で浮いているような、そんな夢。



(ここは……)



 そこは、彼女にはかなり馴染みのある空間だった。

 稀に、神の天啓を受ける際にこの夢を見る。


 それを瞬時に理解し、カエデは手を組んだ。

 と──カエデの頭上から、暖かな光りが降り注ぐ。



『ブルムンド王国女王、カエデ・ムルヘイムよ』

「おおっ、神よ。……ぇ……!?」



 頭上を見上げる。

 そこには、今まで見たことのない数の異形の存在が、彼女を見下ろしていた。


 数えるのも馬鹿らしくなるほどの数。100や200じゃきかないだろう。

 そんな異形の存在から、1人の女性……ガイアが彼女の前に降り立った。



『カエデ・ムルヘイム。神託を授けます』

「はっ!」



 ブルムンド王国の信仰する神は、ターコライズ王国と同じく大地の神ガイアである。

 しかし、彼女がこうして神託を授けるのは本当に稀だった。


 どんな神託を授けてくれるのか。

 カエデは緊張しながらも次の言葉を待ち。



『我ら天上の者は、本日よりブルムンド王国にお世話になります』

「はっ! ……え?」



 ガイアの言葉に、思考が止まった。


 お世話に。はて、お世話にとは?

 カエデの頭の中を、ガイアの言葉が駆け巡る。

 ぐるぐる、ぐるぐる。



「あの……」

『我ら千に及ぶ天上の者は、ブルムンド王国の発展に力を貸します。神殿と祭壇に、誰時たれどきに作物を捧げなさい。さすれば、ブルムンド王国発展のために神託を授けます』



 ガイアの言葉が、カエデの魂に刻まれる。

 やらなければならない使命として、それを認識した。


 それと同時に、体が歓喜で震えるのを感じた。


 この国を更に発展させることが出来る。

 この国の王として、これはまたとないチャンスだった。



「……畏まりました、ガイア様。カエデ・ムルヘイム、身命を賭してお受け致します」

『よろしくお願いします』

「……ところで、質問してもよろしいでしょうか?」

『なんでしょう』

「何故いきなり、ブルムンド王国に……?」

『私達がお慕いするお方が、この国へ移住なさったので……ついてきちゃいました』

「……へ?」



 えへ、と舌を出して笑うガイア。

 カエデは、ガイアの言葉の意味を理解しかねていた。


 私達。つまり、ガイアを含め背後にいる天上の存在達のこと。

 それらが慕う者が、ブルムンド王国へ移住して来た。だからついてきた、と……。



「その方は、人ではない……のですか?」

『人ですよ。優しく、尊く、清らかで、聖なる魂を持った……私達が崇める至上の人間。それがあの方なのです』



 ガイアがうっとりとし、天上の存在がうんうんと頷く。

 彼らにそこまで言わせる人間、、が、この国へやって来た……。



「そ、その方とはどなた様でしょうっ。我らで最高のお出迎えをしなければ……!」

『その必要はありません。あの方は強く雄々しく、、、、、、正しく誠実、、、、、なお方。必要以上の特別待遇を嫌うのです。そっと、見守って差し上げてください』



 天上の存在に、そこまで気を使わせる人間。

 ということは、その人間の気分を損ねれば──ブルムンド王国は滅ぶ。




 それを理解すると、カエデの背中に冷たい何かが走った。




 まさか自分は、とんでもないものを背負ってしまったのではないか。


 そんな思いが去来する。



『ではカエデ・ムルヘイム。よろしくお願いしますね』

「はっ!」



 だが、もう引き戻れない。

 引き戻る選択肢はない。


 カエデが覚悟を決めると、まどろみから覚醒するように意識を手放した。



   ◆



 場所は変わりターコライズ王国玉座の間。

 ターコライズ王国国王は、次々にやってくる悪い報告に頭を抱えていた。



「何故……何故だ、何故……!?」



 神の神託が途絶えた。

 無限に湧き出る源泉が枯れた。

 広大な森林が腐り始めた。

 上薬草の草原が砂漠化した。

 魔物の動きが活発化した。

 空気が淀み疫病が蔓延した。

 各ギルドの最強ハンターが、スキルを使えず3割が死んだ。



 意味がわからない。唐突すぎる。

 何が起こった?

 何がこの国に起こっている?

 この国は一体どうなってしまうんだ?


 その問いに答えるものはいない。



 国王は、答えの出ない自問自答を繰り返し、苦悩に震えた。

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