ブロンズプレート──④

「な〜る〜ほ〜ど〜」



 今起こったことを嘘偽りなく説明する。

 トワさんは納得したようで、笑みを崩さず俺とおじさんの間に入った。



「あなたぁ、私の決定に異議を唱えるのですかぁ〜?」

「ま、ます、た……ですが……!」

「異議を唱えるのですかぁ〜?」

「……でも」

「異議を唱えるのですかぁ〜?」

「……も、申し訳ございませんでした」

「はぁ〜い、いい子ですねぇ〜」



 あ、圧が強い……。

 トワさんはクルシュを肩に乗せると、周りを見て宣言するように声を発した。



「この方は幻獣種ファンタズマテイマーです。私のクルシュちゃんと互角以上に戦い、私が認めました。……もしこの方のギルド入りに異議がある方は、私に直談判してくださいねぇ〜」

「グルルルルルッ」



 トワさんの言葉とクルシュの威嚇。

 それにより、ギルド内の空気は一気に張り詰めたものになった。



「ひっ……! ぁ……」



 あ、おっさん気絶した。



「ま、まあまあトワさん。俺、気にしてないんで、本当に」

「……今後、二度と同じことがないようにお願いしますねぇ〜。あと、同ギルドに所属しているギルド員同士の私闘はご法度ですよぉ〜」

「それなら、トワさんもそれに該当するのでは?」

「ふふふ、面白いことを言いますねぇ〜」



 朗らかに笑い、クルシュを連れて俺から背を向けたトワさん。

 肩口からほんの僅かに振り返った目には……獰猛な“ナニカ”を映し出していた。



「私は、しゅ・く・せ・い♡ してるだけですよぉ〜」



 ……やっぱ怖いわ、この人……。


 トワさんがギルドの奥に引っ込むのと入れ違いに、サリアさんが受付にやって来た。



「お待たせしました。……あら? どうかなさいました?」

「……いえ、何でもありませんよ」



 サリアさんの登場に、張り詰めた空気も一気に弛緩する。

 他のギルド員も、さっきまでのことがなかったかのように各々動き出した。



「ではコハクさん、換金が終わりましたので、ご確認を」

「あ、はい」



 受付の席に座り直し、目の前に手の平サイズの麻袋を二つ置かれた。



「まずはこちら。依頼達成料にプラスして、100キロ相当の薬草を換金し、銀貨10枚と銅貨5枚になります」

「銀貨と銅貨で分かれてる……ということは、銅貨を集めると銀貨と交換できるってことですか?」

「お察しの通りです。銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚、金貨100枚で白金貨1枚と交換できます」



 ふむふむ。ターコライズ王国では通貨単位があったけど、この国では銅貨、銀貨、金貨、白金貨って分かれてるのか。


 てことは、薬草1キロあたり銅貨10枚が相場ね。



「続いて上薬草ですが、こちらは40キロあり、金貨4枚となります」

「金貨4枚!?」



 10キロあたり金貨1枚……そんな高級な薬草だったのか……!


 総額金貨4枚、銀貨10枚、銅貨5枚。

 これがどれだけの価値なのかは分からないが……多分、それなりに高いんだと思う。


 薬草採取の依頼が銅貨5枚。

 これに似た依頼をいくつもこなしたとしても……これだけの金を集めるのは、至難だと言える。


 ランクが上がれば、依頼達成料も上がる。

 ハンターって金になるんだなぁ。



「換金は以上になります。また依頼を受けますか?」

「あ、いえ。俺この街に来たばかりなので、宿を探そうかと」

「分かりました。また何かありましたら、お申し付けください」

「ありがとうございます」



 お礼を言い、ギルドを出る。

 気絶したおっさんは……皆無視してるし、俺もちょっと関わるのはよそう。



『ねえねえコハク! 私、お腹空いたわ!』

『あなた、さっきあれだけクッキーを食べたじゃないですか』

『あれはあれ! これはこれ!』

『……デブ』

『!? ぬあんですってぇ!?』



 頼むから耳元で騒ぐのはやめてくれ……。

 だけど、この街の相場を調べるには、食べ物や雑貨を見て回った方がいいか。



「クレア、まずは宿を探すよ。それから好きなもの食べさせてあげるから」

『ほんと!? 流石コハク! そういうところ、大好きよ!』

「はいはい」



 本当、現金な子だなぁ。

 そんな素直なところも、可愛いと思うけど。



「スフィア。地図を出して、この近辺の宿で手頃な金額の場所を教えて」

『畏まりました』



 例のホログラムマップが映し出された。



『こちらの宿が、1泊銅貨50枚ですね。朝食と夕食が付いているみたいです』

「これが、宿の一般的な金額なの?」

『そのようです』



 1泊2食付きで銅貨50枚が一般的か。

 採取、採掘依頼しか出来ないアイアンは難しいだろうけど、討伐依頼の出来るブロンズなら泊まれるくらい。


 それで1泊2食付きなら、良心的な値段だと言える。


 地図を頼りに宿へ向かう。

 曲がり角を2回曲がったところで、目的の宿を見つけた。

 見た目も、ありふれた木造の宿だ。


 戸を開けて中に入る。

 俺に気付いた少女が、満面の笑みで近付いてきた。

 茶髪の髪を三つ編みにし、笑顔がよく似合う女の子だ。歳にして10歳くらいだろうか。



「いらっしゃいませ! 宿フルールへようこそ!」

「あ、はい。ここに泊まりたいんですけど、大丈夫ですか?」

「はい! 何泊なさいますか?」

「そうだな……とりあえず銀貨10枚で泊まれるだけ」



 麻袋から、銀貨を10枚取り出す。



「銀貨10枚……えっと……んーと……」



 両手の指を折って一生懸命計算する。

 なんとも可愛らしい。頑張れ。



「1泊銅貨50枚……銅貨100枚で銀貨1枚。それが10枚だから……むむむっ、40泊!」



 ずこっ。

 君、ドヤ顔してるところ申し訳ないけど、計算ミスしてるよ……。



「全く……20泊よ、フレデリカ」

「あ、お母さん!」



 と、店の奥から少女──フレデリカちゃんのお母さんらしい人が出てきた。


 若い。すごく若い。

 俺よりも歳上っぽいけど、多分20代。

 この時代、10代で結婚して子供を産むなんて当たり前だけど、俺って出会いとかないんだよな……はぁ。



「すみませんお客様」

「ごめんねっ、お兄ちゃん!」

「あ、いえ。大丈夫です」



 フレデリカちゃんのお母さんが、台帳に何やら記入していく。



「お名前を伺っても?」

「コハクです」

「コハクさん、っと。ではお部屋へ案内します。フレデリカ、205号室に案内してあげて」

「はーい! こっちでーす!」



 元気な子だ、フレデリカちゃん。

 階段を登り2階。その1番奥が205号室、角部屋だ。



「朝ご飯は朝の8時まで。夜ご飯は夜の20時までです!」

「ああ、ありがとうね」

「いえいえ! それじゃあ私はこれで!」



 ぺこり。頭を下げ、鼻歌を歌いながら下に降りていくフレデリカちゃん。


 それを見送り、俺達は205号室へと入っていった。

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