ギルド登録──②

 意を決して水晶に触れる。

 直後、水晶の中に淡い光が灯った。



「これは?」

「こちらの光で、コハクさんのテイマーとしての情報を解析しています。今しばらくお待ちを」



 へぇ〜。本当、便利な水晶だ。


 光が、水晶の中を不規則に漂う。



『ほぅ……綺麗ですね』

『ふふん。私ほどじゃないけど、綺麗じゃない』

『食べられる? 食べられる?』



 まるで新雪のように淡い光に、皆も興味津々と言った感じだ。

 あと食べられません。


 待つこと数秒。光が、黄金色の粒子を撒き散らしだした。



「──ぇ……こ、これ、は!?」



 サリアさんが食い入るように水晶を見つめる。

 そうしてる内に、光が1つ、また1つと増え、3つの光が灯った。



「ま、さか……そんな…!?」



 鬼気迫る顔で、テーブルの上に置かれている分厚い本を物凄い勢いで捲る。



「ない……ない……ない……ない……ないないないないないないない……ない!」

「うわっ!?」



 きゅ、急に顔を上げないでよっ、びっくりしたな。心臓バクバク。

 サリアさんは口をわななかせ、テーブルを思い切り叩き。






「あなた、幻獣種ファンタズマテイマーですね!?!?!?」



 興奮気味に大声を上げた。



   ◆



「申し訳ございませんでしたぁ!」

「いや、大丈夫ですよ。本当に」



 ギルドの応接室。

 目の前には土下座をしているサリアさん。


 あの大声のせいで、ギルド内は一時大混乱に陥った。

 俺も、まさか大声を出されるとは思わなかったよ……。



「ところで、何で幻獣種ファンタズマテイマーってことに驚いたんですか? あの水晶があれば分かるって……」



 疑問に思っていたことを聞くと、サリアさんは土下座したまま早口気味に話した。



「水晶の光は、テイム出来る魔物によって色が変わります。獣種ビーストなら赤。昆虫種インセクトなら紫。自然種ナチュラルなら緑。龍種ドラゴンなら黒……他にも様々ありますが、幻獣種ファンタズマの色だけ今まで謎だったのです」



 ああ、なるほどそれで。

 消去法で、黄金色は幻獣種ファンタズマだと分かったってことか。

 この都市にも、幻獣種ファンタズマテイマーは俺しかいないんだな。



「黄金色の光はトリセツにも載っていません。つまり、幻獣種ファンタズマテイマーだと思いました」



 トリセツだったんだ、あれ。



「……はい、その通りです。俺は幻獣種ファンタズマをテイム出来ます」

「やはり!」



 サリアさんは立ち上がると、顔を輝かせて手を握ってきた。



『コゥに触るな! 触るな!』

『何よこの女……』

『馴れ馴れしいですね。処します?』



 ど、どうどう。落ち着け皆。



「しかも光の数にして3体もテイムしているんですよね!? 今どちらにいらっしゃるんですか!?」

「あ、そこに……」

「ここですか!? ああああっ、今私は幻獣種ファンタズマと同じ空気を吸っている! くんかくんか、すーはーすーはー」



 え、何この人気持ち悪い。

 うへうへ言ってるサリアさんから距離を取る。だって気持ち悪いし。



『コハク、あの人気持ち悪い……』

『がくぶる……』

『やはり処しましょう。そうしましょう』



 うん、俺も若干そう思ってる。



「……あの、サリアさん」

「うへうへ。……あっ。ご、ごめんなさいっ。私魔物マニアでして……新種と聞くとどうしてもうへへ」



 …………。

 よし、こういう人だと思うようにしよう! 諦めた!



「サリアさん。幻獣種ファンタズマテイマーだと認めてくれたのは嬉しいんですけど、実は皆がそこにいる証明が出来ないんですが……」

「あ、それなら簡単ですよ!」



 簡単?



「ギルドマスターと戦えばいいんです!」



   ◆



 場所は変わって闘技場。

 俺の前にいる1人の女性が、柔和な笑みを浮かべている。


 まるで深窓の令嬢然とした佇まい。

 ミルキーウェイのような煌びやかな銀髪。

 目は細く、瞳の色は分からない。

 パステルのブルー系のドレスを着ていて、貴族のお嬢様のように見える。


 ただ、漂うオーラは半端なものではない。

 この人の待とう空気で、周囲の景色が歪んで見える。



「コハクさん、ご紹介します。この方がテイマーギルドのギルドマスター、トワ・エイリヒムです」

「初めまして〜。トワですよぉ〜」



 おっとりと間延びした声。

 ただ、声の端々から分かる威圧感は本物だ。

 テイマーなのに魔物じゃなくて本人が強いのは稀……なるほど。この人がテイマーギルドのギルドマスターか。




 まあ、それは置いといて。




 目の前で繰り広げられている光景を見て、背筋に流れる冷や汗を感じ思わず生唾を飲み込んだ。



『くんくん、くんくん。この人、強い匂い!』

『ふーん。中々やるわね、この人間』

『おや、怖気付きましたか羽虫』

『スクラップにするわよ!?』

『あら怖い。野蛮ですこと』

『こんのガラクタぁ! ちょ、待ちなさい!』

『かけっこ? ボクもー!』



 お前ら、見えてないのをいいことにはしゃぎすぎだ。

 あーもうっ、お前らトワさんの周りを走り回るなっ!


 俺がハラハラしてるのを見抜いたのか、トワさんは不思議そうに首を傾げた。



「えっとぉ〜、それであなたが幻獣種ファンタズマテイマーの方ですかぁ〜?」

「あ、はい。コハクです」

「ふふふ〜。そんなに畏まらなくてもいいですよぉ〜」



 俺からしたら、ここが就職先になるか一世一代の大勝負なんだ。

 畏まりはしないが、緊張の1つや2つくらいはする。


 だがトワさんはそれを畏まってると受け取ったのか、コロコロと鈴を鳴らしたような笑い声を漏らした。



「可愛い子ですねぇ〜」

「子、なんて歳でもないですよ。今年で20歳です」

「私からしたら子供ですよぉ〜」



 いったいいくつなのだろうか。

 思うだけで口にはしない。

 女性に年齢を問うのは失礼に当たるからね。



「それではぁ〜、これよりコハクくんの実力を確かめますよぉ〜」

「……はい。よろしくお願いします」



 大丈夫……大丈夫だ。いつも通りやればいい。

 俺は指を鳴らすと、追いかけっこをしていた3体が俺の元に駆け寄ってきた。



「何をしたのですかぁ〜?」

「あ、いや。あなたの周りをうろちょろしてた皆を呼び寄せただけです」

「なんと〜。幻獣種ファンタズマというのは、本当に見えないんですねぇ〜」



 ……この人も、信じてくれるのか……。

 どうしよう、嬉しい。顔がにやける。



「ではぁ〜、私の魔物を紹介いたします〜」



 トワさんが、神の祝福を受けるように両手を前に差し出す。



「おいで〜、クルシュちゃ〜ん」



 ゾクッ──。

 この、威圧感……!?

 突如闘技場に影が落ち、慌てて空を見上げる。


 天を覆う巨大な体に翼。

 漆黒で硬質な鱗。全てを射抜く眼光。

 槍のような尻尾。刃のような爪。

 鋼鉄すら噛み砕きそうな牙。


 空を飛ぶ主が、旋回しながら闘技場に着地してトワさんの背後に待機する。


 トカゲのような顔。

 四足歩行で力強い四肢。

 吐く息には真紅の炎が混じっている。


 これは、間違いない……!



「ドレイク型、龍種ドラゴン……!?」



 幻獣種ファンタズマは人の前には姿を現さない。

 世間からしてみれば、実在しているかどうかも怪しい存在だ。


 しかし龍種ドラゴンは、実在している。

 実在しているからこそ、誰もが口を揃えて言葉にする。



 ──全生物の中で最強は、龍種ドラゴンである、と。

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