第37話 カノジョも彼女?
「千代に紹介したい人たちがいる」
千代と恋人になってから、すぐのこと。
俺は彼女に、そう言った。
「そ、それって……」
俺の真剣な表情を見た千代は、照れくさそうに視線を背けてから、
「まだそういうのは早い気がするというか、心の準備ができてないっていうか……もちろん、嫌ってわけじゃないのよ?」
彼女は早口にそう言った。
俺はふむ、と頷いてから、『あ、これは誤解してるな』と瞬時に理解した。
「でも、友君が紹介したいって言ってくれるのは嬉しいから……。そうね、うん。分かった、会わせて欲しいです」
しかし、千代は一人で気持ちの整理をつけ、納得をした。
俺が両親を紹介したい、と言っているのだと思っているのだろう。
もちろん、それは違う。
違うのだが……。
「ありがとう」
俺は彼女の誤解を解かないまま、そう答える。
「良いの。……誰を紹介してくれるのかは分からないけど、楽しみにしているわね、友君?」
彼女の言葉に、俺は無言のまま微笑むを浮かべ応える。
顔は笑みを浮かべつつ、俺は心配をしていた。
誤解が解けた後、刺されたりしないよな……? と。
☆
そして――
「こちら、伊院千代。俺の彼女です。よろしくお願いします」
「え、と。……よ、よろしく?」
俺は亜希、瑠羽、麻衣ちゃんに千代を紹介した。
俺の両親を紹介されると思っていた千代は、困惑しつつも挨拶をした。
彼女の言葉に、三人はニコニコと笑顔を浮かべていた。
しかしそれが作り笑いだと、俺は気づいている。全然目が笑っていないからだ。
「……こちら、真木野亜希、愛堂瑠羽、主麻衣ちゃん。亜季と瑠羽は千代も同じクラスだから知ってるよな?」
「え、う、うん……」
「麻衣ちゃんは一年生、ちなみに公人の妹だ」
「う、うん……?」
突然、クラスメイトとクラスメイトの妹を紹介された千代は、混乱を極めていることだろう。
「彼女たちも・、俺の恋人です。というわけでよろしくお願いします」
俺が紹介すると、
「よろしく、伊院さん」
と千代が微笑み、
「よろしくね」
と瑠羽も微笑み、
「よろしくお願いします」
と麻衣ちゃんも微笑んだ。
それから彼女たちは、「せーの」と声を合わせてから一斉に俺を見てから、中指を立ててきた。
さすがは俺のカノジョたち、チームワークは抜群だ(棒)
「……ごめんなさい、私疲れているみたい、彼女たちが日本語で話しているのに、全く意味が分からないの」
ひどく疲れた表情で千代は言った。
「伊院さんがおかしいんじゃないわ、この男がおかしいだけだから、気にしないで?」
「亜希ちゃんの言う通りだよ。恋人が既に3股をしていて、しかも平然と紹介してくるなんて、普通考えられないもんね」
「逆に、伊院先輩がこの後、友馬さんを包丁で刺しても私たちは驚きませんけど」
亜希と瑠羽、麻衣ちゃんが疲れた千代に駆け寄り、励ましの言葉を掛けた。
「麻衣ちゃんったら面白い冗談を言うなぁ、あっはっはー」
俺の言葉を聞いた三人は、先ほどと同じように微笑んでいた。
目が笑ってなくて怖いんですけど――。
「ええと、つまり――」
千代は三人の言葉を聞いてから、その内容を整理するように言う。
「友君とあなたたちは恋人同士であり、私は4人目の恋人である、と」
頭を抱える千代。
「そしてあなたたちは、友君に複数の恋人がいることに理解があって、これから先も恋人が増えることに対して、何の文句もないってことなのかしら!?」
千代は三人に向かって問いかけた。
「文句がないわけじゃないわ。出来ることなら、私だけの友馬でいて欲しいわよ」
「でも、誰に対しても真剣で、決して中途半端な気持ちで付き合ってるわけじゃないのは、分かってるし」
「それに、正直伊院先輩も友馬さんのことを好きになるんだろうなってのは、察していましたし……」
亜希と瑠羽と麻衣ちゃんは、千代の言葉に理解を示しつつ、現状を受け入れていると言った。
「麻衣の言う通り、この間友馬とみんなで話したときにはもう、ある程度覚悟してたわよね」
亜希が言うと、瑠羽も深く頷き、麻衣ちゃんは「ねー」と呟いていた。
そんな様子の三人を見た千代は、俺を睨んでから叫んだ。
「ふざけないでっ! ……こんなの、認められるわけないでしょ!?」
「ごもっともだわ」
憤りをあらわにする千代に、亜希が頷きながらそう言った。
「でも、私たちは誰も友馬君を譲るつもりないし、友馬君も彼女皆のことが大好きだから、誰とも別れたくないと思っているの」
「……でも、伊院先輩が友馬さんに愛想を尽かして振るんだったら、解決しますね」
瑠羽の言葉の後に、麻衣ちゃんがそう言うと、
「それはっ! ……それは、嫌よ」
千代は即座にそう答えた。
こんな風なわけが分からない状況にもかかわらず、相変わらず俺のことを好きでいてくれる千代に対し、好意と罪悪感で胸が苦しくなる。
千代は、目尻に涙を浮かべて、俺を見る。
それから彼女は、縋るように言う。
「お願い、友君。……私だけを好きでいて? 私だけの恋人でいて!?」
その言葉に、俺の胸は更に締められ、苦しくなる。
この場で包丁で滅多刺しにされた方が、ずっと気持ちは楽に違いない。
だけど、それでも。俺は言わなければならない。
俺は千代に歩み寄ってから、彼女の両肩を掴んで言う。
「俺は、みんなのことが好きなんだ! 誰か一人だけじゃダメなんだ。俺は、みんなのことを、幸せにしたいんだ……っ!」
俺の言葉に、千代はきゅん、とトキめいたような表情を浮かべたのが分かった。
「……なんで今のでトキめくのよ?」
「伊院さんも、結構重症みたい」
「でも、私も気持ちはわかります。好きな人に幸せにしたいって言われたんだから……」
3人も千代の表情を見て、気持ちを汲み取ったのだろう。
千代の表情を見て、そう反応をしていた。
「……そ、それでも! やっぱりこんなの駄目よっ!」
千代は声を振り絞るように、そう言った。
「僅かに理性が勝ったようね」
「私たちには出来なかったことなのに……」
「凄い精神力です。これは、強敵ですね」
三人は冷静にそう分析していた。
千代との温度差が激しかった。
「この中の誰が一番友君にあ、あ……愛されているか! 勝負よっ!」
ビシッと俺を指を差した千代は、そう言った。
どんな勝負をするのかは、まだ不明だが――。
愛されているって言うのが恥ずかしくって赤面をする千代は、可愛いなぁ……と。
他人事のようにそう思う俺だった。
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