第37話 カノジョも彼女?

「千代に紹介したい人たちがいる」




 千代と恋人になってから、すぐのこと。


 俺は彼女に、そう言った。




「そ、それって……」




 俺の真剣な表情を見た千代は、照れくさそうに視線を背けてから、




「まだそういうのは早い気がするというか、心の準備ができてないっていうか……もちろん、嫌ってわけじゃないのよ?」




 彼女は早口にそう言った。


 俺はふむ、と頷いてから、『あ、これは誤解してるな』と瞬時に理解した。




「でも、友君が紹介したいって言ってくれるのは嬉しいから……。そうね、うん。分かった、会わせて欲しいです」




 しかし、千代は一人で気持ちの整理をつけ、納得をした。


 俺が両親を紹介したい、と言っているのだと思っているのだろう。


 もちろん、それは違う。


 違うのだが……。




「ありがとう」




 俺は彼女の誤解を解かないまま、そう答える。




「良いの。……誰を紹介してくれるのかは分からないけど、楽しみにしているわね、友君?」




 彼女の言葉に、俺は無言のまま微笑むを浮かべ応える。 


 顔は笑みを浮かべつつ、俺は心配をしていた。




 誤解が解けた後、刺されたりしないよな……? と。







 そして――




「こちら、伊院千代。俺の彼女です。よろしくお願いします」




「え、と。……よ、よろしく?」




 俺は亜希、瑠羽、麻衣ちゃんに千代を紹介した。


 俺の両親を紹介されると思っていた千代は、困惑しつつも挨拶をした。


 彼女の言葉に、三人はニコニコと笑顔を浮かべていた。


 しかしそれが作り笑いだと、俺は気づいている。全然目が笑っていないからだ。




「……こちら、真木野亜希、愛堂瑠羽、主麻衣ちゃん。亜季と瑠羽は千代も同じクラスだから知ってるよな?」




「え、う、うん……」




「麻衣ちゃんは一年生、ちなみに公人の妹だ」




「う、うん……?」




 突然、クラスメイトとクラスメイトの妹を紹介された千代は、混乱を極めていることだろう。




「彼女たちも・、俺の恋人です。というわけでよろしくお願いします」




 俺が紹介すると、




「よろしく、伊院さん」




 と千代が微笑み、




「よろしくね」




 と瑠羽も微笑み、




「よろしくお願いします」




 と麻衣ちゃんも微笑んだ。


 それから彼女たちは、「せーの」と声を合わせてから一斉に俺を見てから、中指を立ててきた。


 さすがは俺のカノジョたち、チームワークは抜群だ(棒)




「……ごめんなさい、私疲れているみたい、彼女たちが日本語で話しているのに、全く意味が分からないの」




 ひどく疲れた表情で千代は言った。




「伊院さんがおかしいんじゃないわ、この男がおかしいだけだから、気にしないで?」




「亜希ちゃんの言う通りだよ。恋人が既に3股をしていて、しかも平然と紹介してくるなんて、普通考えられないもんね」




「逆に、伊院先輩がこの後、友馬さんを包丁で刺しても私たちは驚きませんけど」




 亜希と瑠羽、麻衣ちゃんが疲れた千代に駆け寄り、励ましの言葉を掛けた。




「麻衣ちゃんったら面白い冗談を言うなぁ、あっはっはー」




 俺の言葉を聞いた三人は、先ほどと同じように微笑んでいた。


 目が笑ってなくて怖いんですけど――。




「ええと、つまり――」




 千代は三人の言葉を聞いてから、その内容を整理するように言う。




「友君とあなたたちは恋人同士であり、私は4人目の恋人である、と」




 頭を抱える千代。




「そしてあなたたちは、友君に複数の恋人がいることに理解があって、これから先も恋人が増えることに対して、何の文句もないってことなのかしら!?」




 千代は三人に向かって問いかけた。




「文句がないわけじゃないわ。出来ることなら、私だけの友馬でいて欲しいわよ」




「でも、誰に対しても真剣で、決して中途半端な気持ちで付き合ってるわけじゃないのは、分かってるし」




「それに、正直伊院先輩も友馬さんのことを好きになるんだろうなってのは、察していましたし……」




 亜希と瑠羽と麻衣ちゃんは、千代の言葉に理解を示しつつ、現状を受け入れていると言った。




「麻衣の言う通り、この間友馬とみんなで話したときにはもう、ある程度覚悟してたわよね」




 亜希が言うと、瑠羽も深く頷き、麻衣ちゃんは「ねー」と呟いていた。


 そんな様子の三人を見た千代は、俺を睨んでから叫んだ。




「ふざけないでっ! ……こんなの、認められるわけないでしょ!?」




「ごもっともだわ」




 憤りをあらわにする千代に、亜希が頷きながらそう言った。




「でも、私たちは誰も友馬君を譲るつもりないし、友馬君も彼女皆のことが大好きだから、誰とも別れたくないと思っているの」




「……でも、伊院先輩が友馬さんに愛想を尽かして振るんだったら、解決しますね」




 瑠羽の言葉の後に、麻衣ちゃんがそう言うと、




「それはっ! ……それは、嫌よ」




 千代は即座にそう答えた。


 こんな風なわけが分からない状況にもかかわらず、相変わらず俺のことを好きでいてくれる千代に対し、好意と罪悪感で胸が苦しくなる。




 千代は、目尻に涙を浮かべて、俺を見る。


 それから彼女は、縋るように言う。




「お願い、友君。……私だけを好きでいて? 私だけの恋人でいて!?」




 その言葉に、俺の胸は更に締められ、苦しくなる。


 この場で包丁で滅多刺しにされた方が、ずっと気持ちは楽に違いない。


 だけど、それでも。俺は言わなければならない。


 俺は千代に歩み寄ってから、彼女の両肩を掴んで言う。




「俺は、みんなのことが好きなんだ! 誰か一人だけじゃダメなんだ。俺は、みんなのことを、幸せにしたいんだ……っ!」




 俺の言葉に、千代はきゅん、とトキめいたような表情を浮かべたのが分かった。




「……なんで今のでトキめくのよ?」




「伊院さんも、結構重症みたい」




「でも、私も気持ちはわかります。好きな人に幸せにしたいって言われたんだから……」




 3人も千代の表情を見て、気持ちを汲み取ったのだろう。


 千代の表情を見て、そう反応をしていた。




「……そ、それでも! やっぱりこんなの駄目よっ!」




 千代は声を振り絞るように、そう言った。




「僅かに理性が勝ったようね」




「私たちには出来なかったことなのに……」




「凄い精神力です。これは、強敵ですね」




 三人は冷静にそう分析していた。


 千代との温度差が激しかった。




「この中の誰が一番友君にあ、あ……愛されているか! 勝負よっ!」




 ビシッと俺を指を差した千代は、そう言った。


 どんな勝負をするのかは、まだ不明だが――。


 愛されているって言うのが恥ずかしくって赤面をする千代は、可愛いなぁ……と。


 他人事のようにそう思う俺だった。

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