第35話 負けヒロインは委員長⑥

 翌日。


 三人の恋人からお許しを得た俺は、今日も千代と行動を共にすることに。




「……今日は調子悪そうだな」




 しかし、どことなく気分が悪そうな千代。




「昨日、あなたがいないときに……」




 そう言いかけてから、




「いえ、何でもないわ」




 彼女はそう言って、口を閉じた。


 昨日の放課後、俺がいない間に何か嫌なことがあったのかもしれない。




「……そうか」 




 しかし、彼女が話すつもりもないのに、無理に聞き出そうとするのもどうかと思い、追及することはなかった。




「先生に明日の1コマ目の実験の準備をやって欲しいと言われたから、今から物理実験室に向かいましょう」




「今日も委員長は大忙しだな」




 俺が気分を変えてもらおうと軽口を言うと、




「良いのよ。私がこうして先生の手伝いをすることで、放課後部活動に励める生徒がいるはずなんだから」




 クラスメイトのために、自分の手間を惜しまない。


 良い奴なんだよな、ホントに。




「なにニヤニヤしてるのかしら……?」




 不服そうに、千代は俺に問いかける。




「何でもねーよ。それより、早く物理実験室に行こうぜ」




 俺がそう言って廊下を歩くと、千代も後を着いてきた。







「終わったー」




 物理実験室にて、俺と千代は明日の準備を終えた。




「二人でやると、早いわね」




 千代が微笑みながらそう言った。


 ぶっちゃけ俺はかったるいなと思っていたけど、千代からすれば手伝いが一人いる分、いつもより楽なのだろう。




「おお、二人とも準備ありがとう、お疲れ様。あ、そうだ伊院。さっき現国の大久保先生が、手伝いが終わったら職員室に来て欲しいって言ってたぞ」




「なんかしたのか?」




 呼び出しを受けた千代に俺が言うと、呆れたような視線を向けられた。




「今日の授業で質問があったんだけど、休み時間中は忙しかったみたいで、放課後に時間を作るって言われてたの。問題児のあなたと一緒にしないでくれない?」




「さいですか」




 俺は投げやりに答える。




「今日はもう帰ってもらって良いわ、また明日」




「おう、また明日」




 俺は千代に返事をしてから、「先生も、さようなら」と挨拶をして、物理実験室を出た。







 廊下を歩いていると、教室から話声が聞こえてきた。


 やることなくて、教室でだべっている奴らだろうと思い、そのまま教室に入った。




 教室に入った俺を見て、教室でだべっていた男子生徒3人――林と小林と大林が俺を見た。


 俺の後ろを、彼らは恐る恐る窺っていた。




「……どうした?」




 俺が声を掛けると、一番小柄な小林が答えた。




「最近阿久は放課後、伊院と一緒にいること多いけど、今日は一緒じゃないの?」




「さっきまで一緒にいたけど、伊院なら今は職員室だぞ」




 俺が答えると、三人はあからさまにホッとした様子を見せた。


 その態度から、彼らがこれまでどんな話をしていたか、察した。




「お前ら、伊院の悪口で盛り上がってたんだろ? 本人が来ないかビクビクするなら、最初から学校で陰口なんか叩くなよ」




 俺が言うと、三人はうっと言葉に詰まる。


 それから、開き直ったように、大柄な大林が言う。




「でもよ、実際のところ、伊院ウザくね? 正論を押し付けて、こっちの事情を全く無視!」




「そうそう、頭の出来が良いあいつにはさ、落ちこぼれの俺たちの気持なんか分からねーんだよなー」




 大林の言葉に、平均的男子高校生の林が同意を示した。


 やはり、ここで伊院の陰口で盛り上がっていたようだ。




「お前ら……放課後、用もないのに教室に居残りして他人の陰口叩くとか、性格悪いぞ?」




 俺が引き気味に言うと、




「いや、学園の女子全員のパーソナルデータを合法・非合法問わない手段で入手して『美少女ノート』とかいうとんでもねー物を嬉々として作成したお前にだけは言われたくねーよ……」




 大林が苦笑して言うと、小林と林も同じように苦笑いをしていた。




「それはっ! ……そうだよなー」




 俺も言い返せない。


 そのことに触れられると、俺はどうしようもなく弱いのだった。




「つーか。阿久は最近、伊院の金魚の糞やってるけど、なんでなんだよ?」




 林が不思議そうに俺に言う。


 俺は肩を竦めて、答える。




「伊院と行動を共にすることで、俺の『HENTAINOTE』の悪評を改善したいんだよ」




 千代の攻略には触れずに、俺は答える。


 すると、三人はそれぞれ顔を見合わせた。




「阿久の悪行は、2,3年はもちろん新入生にまで知るところだし……難しいんじゃないか?」




「そうそう。精々、『変態』という悪名が『真面目な変態』に変わって、多少マシになるくらいじゃないの」




 大林と小林が互いに頷きあい、そう言った。




「『真面目な変態』って、マシになってるか? 『真面目なのに変態』みたいね、ヤバさが強調されてないか?」




 俺が戸惑いつつツッコミを入れると、三人は「ぶははっ!」と腹を抱えて笑った。


 なんか普通にムカつくわー。




「ぶっちゃけ。阿久も大変なんじゃない? あいつに良いようにこき使われてそうだしね」




「真面目、堅物そんで冷徹な伊院と一緒にいても、楽しいことなんてないだろ?」




 小林と林は言う。


 俺にも、千代の愚痴を言わせて、共犯者になってもらいたいのだろう。




「伊院はお前らが思っているような、『特別優秀な人間』ってわけでもないぞ」




 俺の言葉を、伊院に対する悪口だと勘違いしたのか、




「流石は学年一位様だ、普段はおチャラけてるけど、言うことが違うな」




 大林が嬉しそうにそう言った。


 その言葉を無視して、




「伊院は元々頭の出来も、良いのかもしれない。だけど、あいつは誰よりも勉強熱心なんだ。今だって、授業中に分からなかったことを先生に質問しにいってる。俺もだけどさ、お前らはそういうの、一度もしたことないだろ?」




 前ループよりもテストの点数が良かったのは、今回それだけ一生懸命に勉強をしたからだろう。


 普段の勉強や、教師への質問。そういったことの積み重ねが、結果となって現れるのだ。




「それって結局、内申点稼ぎの良い子ちゃんアピールだろ!?」




 大林の言葉に、林と小林は大きく頷き、「そうだそうだ」と賑やかす。




「それは質問をしに行く理由じゃなくて、質問をしない言い訳に使う言葉だって、お前が一番わかってんじゃねーの?」




 俺の言葉が図星だったのか、三人はまたしても、うっと言葉に詰まっていた。


 こいつら、本当に浅はかだな……。


 だが、このくらい考えなしの浅はかさがなければ、伊院のことをうざったいで済ますことはできないか。


 そう思いつつ、続けて言う。




「伊院は威張ってるわけじゃない、頑張ってるだけだ。同じクラスの連中が、有意義な学校生活を送れるように、模範的な行動を、誰かのためになるような行動を……頑張ってしているんだよ」




 翌日の授業の準備、委員長の仕事。


 なまじ責任感と使命感が強いから出来ているが、大変なことに違いはないのだ。




「間違った人がいたら、その人に間違っていると伝えるために。まずは自分が間違えないように頑張ってるんだ。だから、自分に厳しくなるし、他人にだって自然ときつくなってしまう。……確かに、頑張ればできる伊院は、頑張ってもできない奴の気持ちを考えられていないのかもしれない」




 頑張ればできるようになる千代は、確かに頑張ってもできないままの人間の気持ちを理解できていない。


 だけど今は、少しずつだけど、配慮しようとしている。


 そのことに気づかずに、文句を言われっぱなしで良いわけない。




「でも、頑張ってもいない奴が、文句ばっかり言ってんじゃねぇよ。放課後の教室で、うだうだ他人の陰口叩く暇なんてないはずだろ?」




 俺は俯く三人に、「最初に言った通りだな……」と前置きをしてから、続けて言う。




「本当は自分に自信がないのに、一生懸命やった結果、冷たい堅物だって誤解されて、人並みに傷つく、普通の女の子なんだよ、伊院は。そういうところが分かってくると、いつもの態度も……不器用で可愛いくみえてくるだろ?」




 俺の言葉を、三人は黙って聞いていた。


 どこまで響いたかは分からない。だけど、彼らの暗い表情を見る限りは、これまでのことを少しは反省してくれたのだろう。


 そう思っていると――。




「つまり、不器用で可愛い伊院と一緒にいるのが楽しい、ということなんだよね?」




「あ、あれー? 俺今、そういう話してたっけぁ?」




 確信を抱いたように、小林が言った。


 くそ、話が長すぎて最後の部分しか理解が出来なかったのか……?


 と、俺が冷静に分析をしていると、




「でもまぁ、確かに陰口叩く前にやることあったよな」




「阿久みたいにはいかないかもだけどさ、ちゃんと自分の力で見返してやりたいもんだな」




 林と大林がそう言い、三人が席から立った。


 良くも悪くも、彼らは単純なのだ。だから、厳しい注意を受けたらムカつくのだろうし、逆に俺の言葉を素直に聞いてもくれる。


 彼らは荷物を持って出口へと向かい、「それじゃ、俺たちは先に帰るわ」と言って教室から出て行った。


 それからすぐに、




「げ!?」




 という慌てた三人の声が、廊下から聞こえた。


 どうしたのだろうと思っていると……すぐに、千代が教室に入ってきた。




「……よう、先生の話はもう終わった?」




 と千代に質問をしつつ、先ほどの悲鳴の理由を察した。


 さっきの話、聞かれていたかもしれない。


 いつから聞いていたんだろうか……?




「――のよ」




 俺の質問に反応して、千代は俯きがちにそう呟いた。


 しかし、彼女の声は小さく、よく聞き取れなかった。




「……ごめん、なんて言った?」




 俺がそう言うと、千代は顔を上げた。


 見ると、頬を赤く紅潮し、目元には涙を溜めている。


 大きく息を吸ってから、彼女は口を口を開いた。




「あなたのその態度が、気に入らないのよ……」




 震える声を振り絞り。


 彼女は俺に向かって、そう言うのだった。


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