第32話 負けヒロインは委員長③
気まずい雰囲気の中、俺と千代は黙々と作業を続けた。
軽い調子で世間話でもしたかったが、俺が口を開くと彼女が身構えるため、上手いこと話せない。
……さっきはツッコまないと思ったが、このまま妙な雰囲気でいるよりは、思い切って言及した方が楽な雰囲気になるかもしれない。
そう思って俺は口を開いた。
「なぁ、伊院。俺からも質問して良いか?」
俺が声を掛けると、彼女はびくりと肩を跳ねさせた。
「……もちろん、良いわ。何かしら?」
恐る恐るといった様子の千代が、伏し目がちに俺を見て言う。
「さっきの話の流れ的に、伊院は何か勘違いしていたようだけど――」
「勘違いなんて何もしていないわ」
俺が問いかける前に、千代は早口に答えた。
「嘘だろ。伊院は絶対、俺がエロいことを教えてもらうつもりだったと勘違いしてたろ?」
「勘違いしていないわよこういう風に私のことを知ってもらうつもりだったわ言いがかりは止めてもらえるかしら」
抑揚のない声で、千代は早口に言った。
「じゃあ俺が、『変態、下衆、ケダモノ』って暴言を吐かれたのは、どうしてだ?」
俺の質問に、うっと言葉を詰まらせた千代。
どうやら、その点について言い訳を用意出来なかったらしい。
俺ははぁ、と溜め息を吐いてから告げる。
「つまり伊院は、自分の身体が賭け事の対象となるくらい魅力的だと自覚をしているわけだ」
そう言うと、千代は顔を真っ赤にして、キッと俺を上目遣いに睨んできた。
俺は、「ふぅん」と鼻を鳴らしてから、続けて自信満々に言う。
「そしてそれは間違いではない!」
「……え?」
俺の宣言に戸惑いを浮かべる千代。
彼女の目を見つめながら、俺は力強く宣言する。
「大きな瞳、可愛らしい唇、綺麗な長い黒髪、抜群のスタイル……はっきり言って、伊院のエロいことを、俺は知りたい……!」
俺の言葉を聞いた千代は、羞恥に頬を赤く染め、自らの身体を庇うよう両腕で抱きしめて言う。
「……正体を現したわね。やはり、変態、下衆、ケダモノ……っ!」
千代は責めるように、涙目で俺を睨みつける
なんだかんだノリノリだな、こいつ。
そう思いつつも、俺は一度大きく息を吐いてから、彼女に向かって言う。
「待ってくれ。こうして俺が委員長の仕事を手伝っているのがなぜか、考えてくれないか?」
俺が言うと、キョトンと首を傾げた千代。
「この間伊院に怒られてから、同意なく人のプライバシーを知ろうとするのがダメって、俺も気づいたんだ。俺のやったことで傷つく人がいるんだから、当然駄目だよな。だから、こうして。許してもらえる範囲で伊院のことを教えてもらいたかったんだ。……さっきはまた、調子に乗ってセクハラ発言をして、ごめんな?」
そう言ってから、俺は彼女に向かって頭を下げる。
俺がまともなことを言って頭を下げたことが、とても珍しかったのか。
千代は呆然とした様子だった。
少し間を開け、俺がふざけて言っているわけではないと分かったのだろう。
「……結局。どうして私のことを知りたいって思ったの?」
千代は俺にそう尋ねた。
「さっきの話を聞いて分からないか?」
「……?」
本当に分からないようで、千代はキョトンとした表情で、首を傾げた。
そんな彼女をまっすぐに見つめて、俺は言う。
「違法な手段で同意なく女の子の情報を集めるのは止めたけど、興味のある人のことはやっぱり知りたい。だから、勝負を利用して、伊院のことを知りたいって言ったんだ」
俺の言葉を聞いて、
「……え?」
と驚きを浮かべた。
それから彼女は瞬時に、耳まで顔を真っ赤に染めた。
視線を泳がせ、慌てふためき。
それからゆっくりと深呼吸をして、俺を上目遣いに覗き込んでから言った。
「また、冗談に騙されるところだったわ! 本当に意地悪な人!」
「冗談を言ったつもりはないんだけど」
彼女の言葉に即答する。
俺の言葉を聞いた千代はすぐに立ち上がった。
「わ、わ、わ……私は!」
俺を見下ろしながらそう言うものの、考えがまとまらないらしい。
続く言葉を待っていたが、結局整理はつかなかったようで、「あ~もうっ!」と頭を抱えてから、机上の書類を乱暴にまとめた。
「今から、書類を先生に提出しに行くから!」
そう言って、カバンと書類を手に持ってから、千代は大股で教室の出口へと向かった。
それから、出口の前で彼女はチラリとこちらを振り返ってから、呟くように言う。
「今日は手伝ってくれて、ありがとう。また明日、お手伝いをお願いするかもしれないから。……その時はよろしくね?」
顔を真っ赤にして、恥じらうようなその態度が……とても可愛らしかった。
「もちろん、また明日も伊院のことを教えてくれ」
俺が答えると、彼女は無言でコクリと頷いた。
そして、教室を出て行った。
俺は彼女の背を見送り、手ごたえ有りだと、俺は思った。
彼女が「明日も伊院のことを教えて」という俺の言葉を聞いて、嬉しそうに微笑みを浮かべていたからだ――。
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