第31話 負けヒロインは委員長②

 千代と中間テストで勝負をすると宣言した後のテスト期間。


 放課後、俺は亜希、麻衣ちゃんと3人でテスト勉強を行い、瑠羽とはビデオ通話を利用して、彼女の勉強を見てあげた。


 亜希と麻衣ちゃんとの勉強は毎日、瑠羽は、彼女の予定に合わせて、出来る限り付き合う。




 正直言って、自分自身の勉強にあてられた時間は少なかったが、亜希と瑠羽に勉強を教えながら、要点をまとめることはできた。


 何周もループしているため、テスト内容については答えまで暗記出来ている。


 勉強を見ている感触では、亜希と麻衣ちゃんはもちろん、瑠羽も赤点の心配はないだろう。


 後は本番で、つまらないミスをしなければ大丈夫だな。







「……そこまで」




 テスト最終日の、最終科目。


 試験監督の教師が、時計を確認してからそう言った。


 俺は鉛筆を机の上に置き、うんと伸びをした。


 手ごたえは、バッチリだった。




 テストの回収が終わり、教師が教室外へ出た。


 教室内は途端に騒がしくなる。


 どこの問題の答えは何だったかと、友達同士でワイワイはしゃいでいる。




 俺も以前までのループでは、公人と面白おかしくおしゃべりをしたものだが……今回のテストは、千代の攻略イベントとなっている。


 むやみに公人に絡みに行くのはやめておこう。




 とりあえず、顔でも洗ってスッキリしようと考えて、俺は席を立った。




「阿久君」




 廊下に出てすぐ、背後から声が掛けられた。


 振り返ると、千代が不敵に笑いながら立っていた。




「テストの手ごたえはどうかしら?」




「これまでで最高の出来だったぜ。伊院はどうだったんだ?」




 俺がそう言うと、千代は「ふふん」と鼻を鳴らしてから、




「今回のテストは、簡単だったかしら? 私もこれまでで一番自信があったわ」




 そう言ってから、




「正直言って、負ける気がしないわね」




 キリッ! と決め顔で千代はそう宣言した。


 だが、残念ながら、彼女の点数は前回のループで確認済みだ。


 俺の勝利は揺るがない。




「あなたのノートが燃えるのを、楽しみにしているわ!」




 そんなことも露知らず。


 千代は満足そうに笑ってから、踵を返して教室へと戻っていった。


 ……俺に勝利宣言するためだけに、後を着いてきたのか。


 テストの手ごたえが良くってはしゃいでしまったのだろう。


 中々可愛いところあるな、と彼女の背中を見てそう思うのだった。







 そして、全てのテストが返却され、成績上位者20名の順位と点数が、掲示板に貼られた。


 人混みの中、結果を確認した俺は――、




「マ、マジかよ……」




 絶句していた。


 千代の点数は、497点。


 僅か3点を落としただけだった。


 前回までのループで、こんな高得点を取ったことはなかったはずだ……。




「その表情、どうやら私の勝ちみたいね。まぁ、あの点数だったし、ここに結果を見にくるまでも無かったかしら?」




 声を掛けてきたのは、千代だ。


 俺の驚愕した様子を見て、勝ち誇ったように言った。




「マジで凄いな、伊院!?」




 俺は素直に千代に賞賛を贈った。


 彼女は拍子抜けをしたように、一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに咳ばらいを一つして、俺に向かって言った。




「……褒めてご機嫌を取ろうとしても、意味はないわ! 勝負を無効にする気はないから!」




「ああ、もちろん。俺も勝負を無効にするつもりはないからな!」




「その心意気は良し。……ちなみに、阿久君の点数はいくらだったのかしら?」




 そう言って、彼女はテスト結果をここで初めて見た。




「へぇ、500点で一位を獲ったの。私ほどじゃないけど凄いじゃない……え?」




 そう言ってから、掲示板と俺を交互に繰り返し7回見てから、




「え?」




 と、混乱したように呟いた。




「そう、俺は500点満点で1位を獲ったんだ」




 俺が分かりやすく説明すると、




「ん? ん? ん? ん? んん? んんん? ……え?」




 単純な現実を処理しきれないようで、千代はバグってしまった。


 これ以上情報を与えてしまうと、このままパンクしてしまうかも。


 そう思った俺は無言のまま彼女を見守ることに。




 それから、3分程経ってから、冷静さを取り戻した千代が言った。




「私が2位で阿久君が1位と言う事はつまり……私が2位で阿久君が1位と言う事……?」




 千代はまだ完全には冷静さを取り戻していなかったが、とりあえず自分の敗北を認めることが出来たようだ。




「そういうことだ」




「え? 満点で私に勝利しておきながら、どうしてあんなに負けてしまった感を出していたの……??」




 戸惑いを隠さずに、千代は俺に問いかける。


 単純に、前回までのループよりもずっと高い点数を取ったことに驚いていただけなんだが……それを言っても理解されることはないだろう。




「『褒めてご機嫌を取ろうとしても、意味はないわ! 勝負を無効にする気はないから!』」




 俺が千代の全く似ていない声真似を披露すると、彼女は「え?」と呻く。




「単純に、伊院が勝ったと思い込んで調子に乗った姿を見てみたいと思ったからだ……!」




「サ、サイテー……」




 俺の言葉に、半眼で睨んでくる千代。




「最低? それを言うのは少し早いんじゃないか?」




「それは……どういうことかしら?」




 その言葉に、恐る恐ると言った様子で、彼女は俺に問いかける。


 おれは「ふぅん」と海馬コーポレーションの社長のように唸ってから、




「敗者は勝者の言うことを聞かなければならない。……今、俺の願いを教えてやる」




 俺は舌なめずりをしながら、下卑た眼差しを千代に向ける。


 千代はその視線に気づき、顔を真っ赤にして身を捩りつつ、反抗的な眼差しを向けてきた。




「……な、何を望むというの?」




 俺は彼女の問いに、「イィ~ヒヒッ!」とノリノリで奇声を上げてから、




「伊院のことを、色々と教えてもらおうかぁ~」




 両手をわちゃわちゃさせながら、彼女に詰め寄る。




「本当に最低だわ、この変態、下衆、ケダモノ……」




 涙を讃え、彼女は俺を睨みつけ、そう言った。


 そして――。







 放課後。


 俺は千代と一緒に、彼女の学級委員の仕事を手伝うため、教室に残っていた。




「……え?」




 不思議そうに、首を傾げる千代。




「どうした?」




 提出書類の集計をしながら、俺は彼女に問いかけた。




「阿久君が勝負に勝ったから、私にお願いをしたのは分かるのだけど……どうしてこうなったんだっけ?」




「伊院のことを知るために、一緒に学級委員の仕事をさせてもらってるだけだ。そんなにおかしいことではないだろ?」




 当然のことを俺が言うと、




「え、あー……うん、そうね」




 気まずそうに視線を泳がせながら、千代はそう言うのだった。


 多分、伊院は勝手に、(エロいことを)教えてくれと勘違いしていたのだ。


 なのに、俺が真面目に彼女のことを知ろうとしているので、恥ずかしくなってしまったのだろう。


 横目で彼女を見ると、顔を真っ赤にして、俺とは決して目線を合わせようとしない。




 ――武士の情けだ。


 彼女の勘違いにツッコむのはやめておこう。


 俺はそう思いつつ、引き続き仕事に精を出すのだった。


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