第24話 負けヒロインは妹⑥
麻衣ちゃんのメシマズ脱却に向けた特訓が始まった。
そのため、連休後半の昼飯は、彼女の手料理を食べて過ごすことになった。
とにかく、何か定番のものを作れるようになろう、と目標を決めていた。
まず、初日。
彼女が作ったのは、カレーライスだ。
固形ルーを使った定番のカレー。
失敗のしようがないと言う者もいるかもしれないが……。
具材の生煮え、ルーを焦がすことも考えられる。難易度は高いだろう。
その上、隠し味と称して様々な調味料をぶち込むことも出来る。
俺は麻衣ちゃんと共にキッチンに立っている間、彼女が余計なことをしないか注視していた。
「そんなに見つめられると……やりにくいんですけど」
麻衣ちゃんは気まずそうにそう言ったが、俺も命がかかっている。
「我慢してくれ。麻衣ちゃんがなぜ料理を失敗するのか、指摘する義務が俺にはある……!」
俺の真剣な眼差しに、
「変なことしませんから……」
不服そうに彼女は答えた。
その言葉のとおり、麻衣ちゃんは特におかしな様子なく、料理を進めた。
そして……。
「出来ました」
昨日購入していた、温めたパックご飯を器に移し、その上にカレーをかける。
とろりとした重厚なカレーの色と、ご飯の色が美しい。
とても美味しそうなカレーライスだ。……見た目は、だが。
「……ちなみに、麻衣ちゃんはこれを味見した?」
「……いえ。怖くてできません」
怯えたように、フルフルと首を横に振った。
どうやら、自分の料理がトラウマになったようだ。
「そしたら、まずは俺が味見をするよ」
「お願いします」
俺はそう言って、スプーンでカレーライスを一口分掬う。
……匂いはカレーだ。もしかして、早速上手くいったか……?
そう思いつつ、俺は口に放り込んだ。
「……っ! これは!」
俺はあまりの衝撃に、驚きの声を漏らす。
俺の様子を見て、期待の眼差しを向ける麻衣ちゃん。
「ど、どうですか?」
カレーライスを飲み込んでから、彼女の問いかけに俺は明るく答える。
「普通に不味い!!!!!」
「……馬鹿にしてるんですか?」
俺の答えに、麻衣ちゃんはこめかみに青筋を浮かべながら答えた。
これが一昔前のマガジン漫画であれば『ビキ ビキッ』と言う効果音と『!?』の文字がコマ内にでかでかと書かれていただろう。
「馬鹿にしていない! 麻衣ちゃんのこれまでの料理を一言で表すと【非人道的な拷問】レベルだったんだ! それが普通に不味いレベルになっているんだから……これは凄い進歩なんだよ!」
「やっぱりバカにしてるじゃないですかっ!」
俺は全力で褒めたつもりだったのに、麻衣ちゃんは不機嫌になってしまった。
どうしてだろう……と思ったが、自分の料理を不味い不味いと言われれば、機嫌も悪くなるか。
「……ごめん、でも本当に上達したと思う。麻衣ちゃんも食べてみてよ」
俺はそう言って、一口分すくい、麻衣ちゃんの口元に差し出した。
「……間接キスじゃないですか」
麻衣ちゃんはそう言ったが、
「昨日の炒飯を食べた時点で、間接キス済みだから、気にしないで良いんじゃない?」
俺は真顔で応える。
麻衣ちゃんはどこか不服そうにしながらも、「分かりました」と言って、口を開いた。
「……うぅっ、野菜に火が通ってなくて美味しくない。それに、味が濃くって、なんだか粉っぽい。なんで?」
「もうちょっと煮込んだ方が良かったね。味が濃いのは、レシピ通りの分量を越えたルーを投入したから、粉っぽいのは……片栗粉を入れたんじゃない?」
俺の問いかけに、コクリと頷いた。
ちゃんと見ていたつもりだったが、俺は見逃していたらしい。
「適量なら良いかもしれないけど、片栗粉を大量に入れて、溶かしきれなかったのが原因かもね」
「……頑張ったのに」
落ち込んだ様子の麻衣ちゃんを放置し、俺は残りのカレーライスを食べ終える。
「ご馳走様でした。何が悪かったかは分かったんだから、次はきっと上手に作れる。また明日、頑張ろう」
俺が言うと、麻衣ちゃんは空っぽになった皿を見ながら、
「はい、よろしくお願いします」
と、素直に頭を下げるのだった。
☆
そして、2日目。
カレーライスの課題が見つかったので、大人しく同じものを作ってくれれば良かったのだが……。
「オムライス、出来ました」
二日連続カレーだと飽きると思いました。
……と言うことで、オムライスのご登場となった。
余計なお世話とは、このことか……。
しかし、作ってもらったのだから、食べないわけにもいかない。
俺はオムライスを一口食べる。
恐る恐る、俺の反応を窺う麻衣ちゃん。
「これはっ! 微妙だ……。絶対に美味しくはないが、不味いとも言い切れないくらい、微妙だ。――微妙なんだよ、麻衣ちゃんっ!!!!」
俺が嬉しさのあまり麻衣ちゃんに向かって言うと、
「……もしかして喧嘩売ってます、阿久さん?」
と、ビキビキッとこめかみに青筋を立てている麻衣ちゃんに、そう問いかけられた。
☆
3日目。
「どうぞ、今日は自信があります」
そう言って差し出されたのは、ナポリタンだった。
彼女の表情は自信に満ち溢れている。
ここまで順調に成長をしているのだ、期待はできる。
俺は一口、ナポリタンを口にし、
「凄い……美味しい!」
衝撃を受けた。
「ほ、ホントですか?」
表情を明るくさせた麻衣ちゃんに、俺は頷く。
「美味しいよ、スーパーで売ってる、冷えてガチガチに固まったままのナポリタンよりも、僅かに美味しい!!!」
「やっぱり喧嘩売ってます、阿久さん!?」
と、ビキビキッとこめかみに青筋を立ててる麻衣ちゃんに、胸ぐらを掴まれながら問いかけられた。
☆
そして、4日目。
今日はこれまでよりも、ずっと気合が入っていた。
「今日こそは、素直に美味しいと言わせる自信があります」
そうして食卓に並んだのは、みそ汁とご飯、そしてハンバーグだ。
「……いつも通り、見た目は百点満点だ」
「今日は見た目だけじゃないです。ちゃんと味見もしましたから」
その言葉を聞きながら、俺はいつもとは明らかに違う自らのコンディションに気づいた。
俺は今、麻衣ちゃんの料理を前にして……涎が口から溢れそうになっていたのだ。
「いただきますっ!」
俺は本能に従い、まずはハンバーグを一口食べる。
瞬間
俺の口内に
溢れ出した
旨味の凝縮された
肉汁
……咀嚼し、飲み込んでから、今度はご飯を食べる。
一粒一粒が立っていて、甘みがしっかりと感じられる。
すぐに、みそ汁を口に含む。
確かな出汁の旨味が口内に広がり、味噌の香りが鼻腔に届く。
箸が止まらない。
気が付けば、いつの間にか――。
俺は、米一粒残さずに完食していた。
「……美味い。めちゃくちゃ美味い」
俺の言葉に、麻衣ちゃんはぱぁっと笑顔を浮かべ、喜んだ。
それから、コホンと咳ばらいをしてから、
「ちなみに、どの位美味しかったですか?」
と、ソワソワした様子で俺に問いかける。
「ランチで税込み1,800円でこれを出すお店があったら、2か月に1回のペースで通いたくなるレベルで美味かった。……最高だった」
「素直に喜べないというか、絶妙に喜べないというか……。え、ここに来て喧嘩を売ってます?」
俺の渾身のコメントに、麻衣ちゃんは首を傾げつつ、複雑な表情を浮かべている。
「こんなに上達早いなら、最初から黙らずに教えとけばよかったな」
俺のリスペクトが伝わりにくかったらしいので、今度は分かりやすくコメントした。
その言葉を聞いて、麻衣ちゃんはクスリと笑った。
「そうですよ、兄さんも阿久さんも、変な気を使わなくて良かったのに……。でも、二人とも私を傷つけないようにしてくれたのは分かってますから、その点については嬉しいですよ」
可愛らしく微笑みを浮かべてから、そう答えた。
気恥ずかしくなって、俺は彼女に問いかける。
「――それにしても、ほんの数日でここまで上達したってことは、かなり頑張った?」
「秘密です」
と麻衣ちゃんは答えてから、続けて言う。
「いつまでも美味しくないって言われるのは嫌でしたし。何だかんだでいつも食べきってくれるのが嬉しかったので。やる気だけはあったかもしれないですね」
ほとんど答えじゃん、と俺は苦笑してから、彼女に向かって言う。
「これなら、公人もめちゃくちゃ驚くと思う! 次学校のある日、あいつに食べさせてやろう!」
「そうですね、兄さんを見返さなくちゃ」
と答えてから、
「……それと、あの」
と、麻衣ちゃんは俯きがちに呟く。
「どうしたの?」
俺が問いかけると、頬を赤らめ、上目遣いに俺を覗き込みながら、彼女は言った。
「阿久さんの分も作るので、一緒に食べてくれませんか……?」
恥ずかしがる麻衣ちゃんが、恐る恐る、と言った様子で俺の答えを待っていた。
その仕草があまりにも可愛らしくて、思わず抱きしめてしまいそうになったが、俺の理性は頑張った。
「ありがとう、是非ご一緒させてくれ!」
「良かった。それじゃあ、約束です、3人で一緒にお昼、食べましょうね、3人で!」
嬉しそうに、麻衣ちゃんは念押しをしつつ、言う。
公人は麻衣ちゃんの弁当に警戒するだろうが、この間の一件で俺に負い目があるはずだ。
そこに付け込み、有無を言わせず同席させよう。
「ああ、約束だ」
俺の答えに、麻衣ちゃんは、普段見せてくれないような、無邪気な笑顔を浮かべ。
コクコクと、大きく頷いた。
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