第23話 負けヒロインは妹⑤
麻衣ちゃんのメシマズについて告白をした翌日のこと。
「こんにちは。とりあえず入っても良い?」
買い物袋を手に持った俺は、麻衣ちゃんに向かって言う。
「……どうぞ、上がってください」
通いなれた公人の家……つまり、麻衣ちゃんのご自宅に来ている。
玄関で麻衣ちゃんに迎え入れられた俺は、リビングへと通された。
「あの……本当にするんですか?」
麻衣ちゃんが疑わしそうに俺に問いかける。
「ああ、もちろん……料理勝負だ! 自分の作る料理が不味いと、自覚が足りないみたいだし。俺が麻衣ちゃんよりも美味しい料理を作れば、流石に納得するよな?」
俺の言葉に、麻衣ちゃんは、
「無駄だと思いますけど……」
はぁ、と小さくため息を吐いて呟いた。
自分がメシマズだと信じられない彼女としては(何言ってんだ、こいつ……)案件なのだろう。
俺もあまり料理は作らないが、流石に麻衣ちゃんには負けない。
「料理勝負の題材は……炒飯だ!」
俺はそう言って、買い物袋を持ち上げる。
「調味料は家にあるみたいだし、材料は揃ってる。すぐに始めよう!」
「しょうがないですね、良いですよ。でも、判定はどうするんですか? 私と阿久さんが作って……判定するのは誰が?」
麻衣ちゃんの問いかけに、俺は答える。
「審査員は麻衣ちゃん自身だ」
首を傾げる麻衣ちゃんに、続けて言う。
「お互いが料理を完成させた状態で、麻衣ちゃんには目隠しをしてもらう。それから、二つの料理を食べてもらい、どちらが美味しかったかを、君自身で決めてもらう」
「阿久さんが良いならそうしますけど。でも、変なことしたら……普通に通報しますからね?」
兄の友人とはいえ、俺は悪名高い変態ボーイ。
そんな危険人物の前で目隠しをすることについて、麻衣ちゃんが警戒するのは分かる。
しかし……。
「安心してくれ。これは人命がかかっているんだから……ふざけるわけないだろ?」
俺は真剣な眼差しで彼女を見た。
「そんなに……?」
戸惑いを見せる麻衣ちゃん。
俺は無言のまま頷いた。
納得いかない表情だったが、「それじゃあ、キッチンに行きましょうか」と、案内をしてくれる。
広く、清潔感のあるキッチン。
おそらくは、普段から手入れがされているのだろう。
俺は買い物袋の中身を取り出す。
4個入りの卵パック、パックご飯(小)、刻みネギ。
事故を防ぐため、食材は可能な限り少なくしている。
塩コショウをはじめとした各種調味料は、使わせてもらうことになっている。
「炒飯、作るんですよね?」
はて、と首を傾げた麻衣ちゃん。
俺は恐る恐る「うん、そうだよ」と答える。
「……材料足りないですよ?」
……。
確かに、お店で出る炒飯はチャーシューが入ってる場合が多いよな。
そう言う意味で言ってるんだよな……?
「あの……料理の腕を比べたいので。出来るだけシンプルなこの材料で作るっていうのは、どうでしょうか?」
はぁ、と溜め息を吐いた麻衣ちゃん。
「そう言う事なら、良いですよ。……ただ、隠し味は使わせてもらいますからね」
う、うーん、ちゃんと隠してくれるかな……?
俺はすこぶる不安だったが、詳しい話は聞きたくなかったので、ツッコむことはしない。
「それなら、先に俺が作っても良いかな? すぐに出来るだろうし」
「良いですよ。でも、出来立てを提供できないのは、不利だと思いますが、良いんですか?」
「構わないよ」
そう答えてから、俺は早速取り掛かる。
ご飯と卵の下準備をしてから、フライパンをコンロにかけ、油を熱する。
十分温まったところで、ご飯と卵を投入。
よく火を通してから、ねぎを入れ、それから調味料で味を調える。
……普通だ。普通の炒飯の味がした。
俺は勝利を確信した。
火を消し、茶碗を使って皿に盛りつけた。
フライパンを手早く洗ってから、
「出来上がったから、麻衣ちゃん次よろしく」
と、声を掛ける。
「意外と手早く作りましたね。私もすぐできると思うので、ちょっと待っていてください」
麻衣ちゃんはキッチンに入り、代わりに俺はリビングで椅子に座る。
彼女がどのように料理をするのか、見てみたい気もしたが……。
見れば、俺はもう二度と彼女の料理を食べられないような気がして、止めた。
キッチンからは調理する際の音が聞こえる。
ちゃんと、調理をしている音だ。漫画やアニメのような、イカれた音はしなかった。
そんな当たり前のことに安心していた俺の鼻に、なぜかヨードチンキのような香りが届いた。
……!?
俺はキッチンの様子を見る。
緑のボトルに黒いラベルが張られているあれは、アルコールだろうか?
銘柄は分からないが、どうやらあれが隠し味、というわけらしい。
隠し味がアルコール、というのは想定された隠し味の中ではかなり当たりの部類だろう。
匂いは強烈だけど……まぁ、食べられる範囲だろう。
その後、麻衣ちゃんは材料を炒め始めた。
……炒めている時間が、ちょっと長いような気はするが、アルコールを飛ばしているためだろう。
そう願いたい。
「お待たせしました、完成しましたよ」
そう言って、皿に盛りつけられた炒飯を運んできた。
見た目は……正直言って、滅茶苦茶美味そう。
家庭用コンロで出来るレベルを超越した、黄金のパラパラ炒飯だった。
「よし、それじゃあ早速実食しよう」
俺はそう言ってから、麻衣ちゃんを椅子に座らせ、アイマスクを渡す。
「良いですよ」
そう言ってから、彼女はアイマスクをつけた。
まずは、俺が作った炒飯からだ。
レンゲで一口分の炒飯を掬い、彼女の口元までもっていく。
「良い匂いですね」
香りが届いたのか、そう言ってから、彼女は小さく口を開いた。
……目隠しをして口を開く友人の妹(美少女)の姿に、倒錯的なサムシングを抱きそうになるが、先ほども言った通り人命がかかっているのだ。
雑念を捨て、俺は彼女に炒飯を食べさせる。
麻衣ちゃんは静かに咀嚼し、飲み込んだ。
「うん、美味しいですね」
感動なく、彼女は呟いた。
好評ではあった。正直ちょっと嬉しかった。
次に、俺は麻衣ちゃんの炒飯を一口分掬い、口元に運ぶ。
「……!?」
匂いを嗅いだらしい麻衣ちゃんが、露骨に動揺した。
……やはり、強烈だったようだ。
それから、しばし躊躇ってから、麻衣ちゃんは覚悟を決めたのか、小さく口を開いた。
俺は彼女に炒飯を食べさせる。
麻衣ちゃんは、それを口に入れた瞬間――。
☆
俺は洗面所で顔を洗ってから、呆然自失、放心状態の虚ろな目をした麻衣ちゃんに声を掛ける。
「……大丈夫?」
俺の声に、彼女は顔を上げる。
「食に対する冒涜……私はこれまで、一体何を?」
自分のメシマズっぷりに精神を破壊されたようだ。
「現状を認めてくれたようで、嬉しいよ」
俺の言葉に、彼女は申し訳なさそうに、俺に向かって問いかける。
「なんで、兄さんと阿久さんは、こんなに下手な私の料理を、食べ続けてくれたんですか?」
そう言ってから、恐る恐るといった様子で、続けて言った。
「もしかして、炒飯だけ特別下手なだけですか……?」
「妄言に縋る…」
「……そこまで言わなくても良いのに」
俺の答えに、麻衣ちゃんは頬を膨らませた。
まだまだ言い足りねぇ……。
彼女は、俺がなんと答えるか気になっているようだ。
しかし、言葉で説明をする前に、俺はまず自分で作った炒飯を食べた。
普通の味、苦も無く食べ終える。
それから……麻衣ちゃんの作った炒飯を手元に引き寄せる。
ヨードチンキと、むせかえるほどのすっばい匂いが鼻腔を占めた。
……やっべーな、今の匂い!
しかし俺は覚悟を決めて、炒飯を平らげる。
「っえ? ……ダメです、吐き出さないと……死にますよ!?」
彼女の言葉を無視して、俺は炒飯を平らげた。
やはりまずかったが……これまで食べた中では、ダントツでマシだった。
食材を制限したのが良かった。
後は隠し切れない隠し味さえなければ、まともな味だったろうに……。
「なんで食べたんですか? そんなにお腹空いてたんですか?? 餓死でもしそうだったんですか???」
目を丸くして、立て続けに麻衣ちゃんは問いかけてくる。
俺は彼女に向かって、答える。
「いつも一生懸命料理を作ってくれているのに、残したら可哀そうだろ? それに、俺も公人も、麻衣ちゃんの笑顔を見るのが好きだったんだよ。だからこれまで『不味い』とは言えなかった。もっと早く、ちゃんと伝えるべきだったって、今は反省してるよ」
俺の言葉に、麻衣ちゃんは頬を紅潮させた。
照れているのだろう。
公人が麻衣ちゃんのことを思いやっていたのだから、当然だ。
俺に対する好感度も上がっていると嬉しいのだが、どうだろうか。
今回のところでは、距離を縮められたのであれば、それで良いか。
そう思い、俺は揶揄うように、続けて言う。
「今回炒飯を平らげたのは――この強烈な味も、もうすぐ食べられなくなると思うので、食べおさめと思って、ね?」
俺の言葉に、恥ずかしがるような様子を見せてから、ムスッと頬を膨らませる。
「美味しいご飯を作れるようになって、絶対に見返すので。今に見ていてくださいね……?」
視線を背けていじけたように麻衣ちゃんはそう言った。
可愛らしいその姿に、俺も思わず頬が緩んだ。
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