第22話 負けヒロインは妹④

  たった一人で劇物処理を行った放課後のこと。


 身体が不調を訴えかけてきていた。


 さっさと寮に帰って休みたいところだが……そうもいかない。




 俺は屋上へ向かった。


 放課後の今、屋上にいる生徒は少ないのだが……彼女、麻衣ちゃんはいた。




 手すりにもたれかかり、あからさまに落ち込んだ様子の麻衣ちゃん。




「どうしたの、落ち込んでいるみたいだけど」




 背後から、俺は麻衣ちゃんに声を掛ける。


 彼女は振り返ってから俺を見て、




「……落ち込んでなんていません。阿久さんは、どうしてここにいるんですか?」




 弱々しくそう答えた。




「ここで風に当たるのが好きで……たまに来るんだよ。そしたら、たまたま麻衣ちゃんがいたから、声を掛けたってわけ」




「……私も、ここで風に当たるの好きなので。たまに来るんです」




 彼女が落ち込んだ時に、こうして屋上で風にあたるのを好んでいるのを、俺は既に前回のループで知っていた。


 だからこうして、俺は彼女に会うために屋上に来たのだ。




 ――麻衣ちゃんは今、兄に恋人ができたことで気づいてしまったのだ。


 自分の兄に向けている気持ちが、家族愛ではなく。


 好きな男に向ける恋愛感情だったことに……。


 だからこうして、屋上で風に当たりにきたに違いない。




「昼は、弁当ありがとう。弁当箱は今度、洗って返すから」




「いえ、良いんです。あれはこの間のお礼だったんですから」




 浮かない表情で、麻衣ちゃんは答える。


 俺はその表情を覗き込んでから、再び言った。




「やっぱ、落ち込んでるね」




「そ、そんなことありません」




 麻衣ちゃんは俺の言葉に、焦ったように答えた。




「そんなに焦って否定しないでも良いって。……俺は、麻衣ちゃんの気持ちを知ってるからさ」




 俺は諭すように、優しく彼女にそう告げる。


 彼女はこちらを見て、




「私の気持ちって、どういうことですか……?」




 と、不安気に問いかけてくる。




「公人と麻衣ちゃんとは長い付き合いだから、見ていれば分かる」




 そう言ってから、俺は意味深に言う。




「……自分でも、驚くほど傷ついたんだろ?」




 俺の言葉に、「そ、それは……」と焦る麻衣ちゃん。


 彼女の肩を両手でつかんで、俺は真直ぐな眼差しを向けて、言う。




「まだ、手遅れじゃない、俺も協力するから、一緒に頑張ろう?」




 俺の言葉に、麻衣ちゃんは辛そうな表情を浮かべて、呻くように答える。




「阿久さんに、何ができるんですか? もう遅いです、放っておいてください……」




 麻衣ちゃんは今、俺が公人に向ける好意に気づいたのだと、勘違いしているのだろう。


 その勘違いに気づきつつ、俺は話を進める。




「もう遅い……? そんなわけ、ないだろっ!」




「……っ!? 阿久さんは、自分で何を言っているのか分かっているんですか……!?」




 麻衣ちゃんは驚いた。


 その言葉に、俺は大きく頷いた。




「麻衣ちゃんの頑張りは、必ず報われる。……大丈夫、俺が協力すれば、心配いらない。だからもう……そんな暗い表情をするのは止めてくれ」




 俺の真剣な想いが伝わったのか、麻衣ちゃんは俯いてから、ゆっくりと頷いた。




「……分かりました。阿久さん、私に協力をしてください」




 彼女は覚悟を決めたようにそう言う。


 麻衣ちゃんは今、大好きなお兄ちゃんを彼女から奪い返す協力をして欲しい、と俺に言ったのだ。


 ――そんなことに協力する気は毛ほどもない俺は、はっきりと、大声で答える。




「もちろん! それじゃあ、これから一緒に頑張ろう! ……料理を!!!」




「はい、頑張ります! 料理を……、えっ、料理を!?」




 普段大人しい麻衣ちゃんには珍しく、かなりわかりやすく狼狽えた様子の麻衣ちゃん。


 俺もわざとらしく、首を傾げて言う。




「麻衣ちゃんは、折角作った自分の弁当を公人に食べてもらえず、恋人の弁当を優先されたのがショックだったんだろ? 大丈夫、料理を練習して人並み以上に出来るようになれば、今回のような悲劇は決して起こらないから……!」




 我ながら白々しいセリフだ。


 しかし麻衣ちゃんとしては、自分の勘違いを正直に言い、禁断の兄弟愛を暴露するわけにもいかない。




「そ、それは……そう、そうなんです。それでちょっと落ち込んだんですっ……!」




 麻衣ちゃんは、視線を泳がせつつも、今更後にも引けなかったため、ヤケクソ気味にそう答えた。


 しかし、そのすぐ後に彼女は、「ん?」と首を傾げてから俺に問いかける。




「……でも私、料理には自信があります。いつも兄さんと阿久さんが、脇目もふらずに食べてくれるじゃないですか。今回食べてもらえなかったのは、料理の上手い下手ではなくって、単純に兄さんが恋人のお弁当を優先させただけ、だと思うんですけど……」




 彼女は本当に戸惑ったように、そう言った。




「麻衣ちゃんは自分の料理を味見したこと……ある?」




「ないです。でも、見た目は綺麗にできてるし、二人が嬉しそうに食べるから、美味しいですよね?」




 メシマズの原因その一、「味見はしない」だ。


 味見をした上であの料理を出していたのであれば……故意による傷害事件と認定されるべきだ。




「麻衣ちゃん、それは勘違いなんだ……。これまで、俺と公人が二人で料理を独占していたのには、訳がある」




 これまで、俺も公人も言わなかった一言を、ようやく彼女に向かって告げる。




「麻衣ちゃんの作る料理は――犯罪的に不味いんだっ!!!!」




 俺の言葉に対し、麻衣ちゃんは――、




「……んんぅ?」




 と、いまいち理解できていない様子で首を傾げるのだった。

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