第21話 負けヒロインは妹③

 「……残念、お話したかったんだけどなぁ」




 麻衣ちゃんの背中を見送った脇谷が、しょんぼりした様子でそう呟いた。




「あたしも麻衣と、久しぶりにゆっくり話せると思ったのに」




 亜希は、苦笑を浮かべてそう言った。


 二人は顔を見合わせて、「呼び出されてたなら仕方ないかー」と納得をした様子だった。


 しかし、俺は納得が出来かねる。


 ……麻衣ちゃんから渡された、この大盛の弁当についてだ。




 俺は無言のまま公人に視線を向ける。


 脇谷の弁当があるとか関係ない、本当は一緒に地獄の底までついてきてくれるんだろ? と。


 しかし公人は――。




「おなかも空いたし、早速お弁当を食べようか」




 と、俺から視線を逸らしてほざいた。


 なんてこった……っ!


 この野郎ぅ、ちっとも俺を助ける気がないようだ。




「そうだね」




 脇谷がそう答える。


 それから俺たちは、それぞれ手持ちの弁当を口に運ぶ。


 ……のだが、俺は最初の一口を放る覚悟が、中々決められなかった。


 綺麗な色の、きんぴらごぼうを箸でつまむ。


 一見おいしそうだが……食べて健康を害しないか、疑問が残る。


 俺が迷っていると、




「食べるのがもったいないって思ってる? 沢山あるから、良いでしょ。私にも、妹さんのお弁当、少し分けてくれない?」




 脇谷が俺に、そう問いかけた。


 渡りに船、是非とも彼女にはこの劇物を処理する手伝いをしてもらいたい。


 ……しかし、彼女の身体は耐えられるのか?


 俺と公人は、数年をかけてこの毒物を摂取し、生命への危険がないレベルにまで身体を馴染ませた。


 しかし、脇谷は当然その抗体・・を持っていない。


 彼女がこの弁当を口にすれば、アナフィラキシーショックによる生命の危険もある。




 当然、断るしかない。


 俺が覚悟を決めると、




「友馬…やるんだな!?今…!ここで!」




 公人はそう言って、俺を見た。




「ああ!!勝負は今!ここで決める!!」




 公人に背中を押され、俺は地獄へ一歩踏み出した。


 行儀が悪いが、弁当箱から箸を使い……




「ええい、ままよっ!」




 俺は口内にそれをかきこんだ。




 瞬間……暴力的な辛み・赤白帽の紐・ドクターペッパー・天然物の鰯。汗と混ざった制汗スプレー。


 複雑な味が絡み合い、退廃的な味が俺の味蕾を刺激した。


 吐き気を堪えて呑み込むと、真夏の男子更衣室、旧校舎の便所裏の微かなかほりが余韻として襲い掛かる。


 その不快感と、身体の底から湧き上がる拒絶反応を屈服させる。




 まっず……。




 と思いつつ、俺は唖然とする脇谷に向かって「美味かったぜ」と言うため、口を開く。




「ぱっらぱっぽ~、お尻がスカスカでへそ毛から天然ガスでやんすよ~」




 エッヘッヘ なんだか きもちぃ~!


 いまなら そら も とべそう だぁ~。 




「ラリってんじゃねーーーーー!!!!」




「ぐぼぉ!!!!」




 俺は公人に、思いっきりぶん殴られた。


 そのショックのおかげで、正気を取り戻した。




「俺は今、何を……?」




「もう良いんだよ、友馬。もう良い……僕たちは、友達なんだから」




 そう言って公人は俺をひしと抱きしめた。




「公人……」




 俺が呟くと、公人は優し気な眼差しを俺に向けてくれた。


 そんな彼に、




「一人で劇物の処理をさせやがって、お前マジで覚えてろよ……」




 と言ってから中指をおっ立てた。




「良いんだよ、友馬……僕たちは、友達なんだから……」




 公人は繰り返しそう言った。


 こいつ、良い性格してやがるな……。




「はぁ~一人で食べちゃったの!? あの量を……どんだけ心が狭いの!!?」




 グロッキー状態の俺に、脇谷が非難するようにそう言う。


 しかし、事情を説明するつもりはない。


 麻衣ちゃんがメシマズだと知っているのは、俺と公人の二人だけで良い。……今は、まだ。




「脇谷さん、これいつものことなのよ。麻衣が料理を作ったとき、あたしが一緒にいても、友馬と公人が平らげて、ぜんっぜん、食べさせてくれないの。分かち合う心というものがないのよ、この男どもには」




 胡乱気な眼差しを俺に向けながら、亜希がそう言った。


 友達の妹とはいえ、他の女の子の弁当を、彼氏が食べたのが気にくわないのだろう。


 その気持ちは理解できるのだが、許して欲しい。


 これは、亜希の生命を保全するのに、必要なことなのだから。




「そうなの、公人くん?」




 脇谷が公人に向かって問いかける。




「うん、だけど今は、久美ちゃんのお弁当を食べたいから」




「もう、公人君てば、調子が良いんだから……」




 うざってーラブコメをしながら、二人だけの世界に入り込んだ公人と脇谷。




「ねぇ」




 バカップルを放置したまま、亜希が俺に声を掛けた。


 彼女を見ると、不満そうにムスッと頬を膨らましつつ、俺を上目遣いに見ている。




「……どうした?」




「まさかと思うけど……麻衣にまで手を出すつもりじゃないわよね?」




 小さな声で、しかし不満はたっぷりと含まれたその言葉に。




「ないないない、違うから。弁当独り占めで、ちょっと不安に思ったんだろうけど。安心してくれ。な?」




 俺は堂々と嘘を吐いた。


 悪い亜希、


 必ず事情は話すけど、今はまだ待っていてくれ……。




「べ、別に不安なわけじゃないわよ。ただもし……もしも3人目とかふざけたこと抜かしたら」




 そう言ってから、亜希はにこやかな表情で、親指で自分の首を掻っ切るジェスチャーをした。


 ぶっ殺すと言いたいのだろう。




「とりあえず、今日のことは瑠羽にも報告しとくけど……問題ないわね?」




 その後、爽やかな表情で亜希は俺に確認をしてくる。


 大きく頷いてから、俺は答える。




「もろちん!」




 ……動揺して噛んでしまい、俺はしょうもない下ネタを口にしてしまった。


 俺の声は大きかったのか、二人きりの世界から強制送還される脇谷。


 彼女から、汚いものを見るような視線を向けられるのだが、普段の態度がひどいため、俺に弁明は許されないのだった――。




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