第20話 負けヒロインは妹②
今日は大型連休の中日、ホワイト企業に勤める社会人なら有休休暇を消化して休みたいところだが、カレンダー通りに登校しなければならない学生は、そうもいかない。
普段通り授業を受け、昼休みになった。
麻衣ちゃんは早速、弁当を拵えたと、公人あてに連絡があった。
バックレてやろうと思ったが、攻略対象ヒロインからのお誘いを無下にするわけにもいかない。
俺は覚悟を決めて、公人に話しかける。
「公人、屋上行こうぜ……」
「え、あ……う、うん。ちょっと待って」
俺の言葉に、公人は戸惑いを浮かべる。
気が乗らないのだろう、とそんな風に思っていたのだが――、
「公人くん、今日は屋上でお昼だったよね。楽しみだな、妹さんと話すの、初めてだから」
「久美ちゃん! そうだね、楽しみ! あ、お弁当僕が持つよ」
「あ、ありがと。公人くんは、相変わらず優しいね」
友馬は瞳を輝かせながら、話しかけてきた脇谷のもつ弁当の包みを手にした。
俺の見間違いでなければ、二人分はありそうだ。
「公人、お前――裏切ったのか?」
俺はまさか、と思いつつも公人にそう問いかける。
公人は、
「恨んでくれて構わないよ。僕だって――命は惜しいんだ」
そう言って、自嘲気味に嗤う。
「この……卑怯者がぁーっ!」
俺は公人の肩を揺らしながら、絶望を孕んだ叫びをあげる。
「いや、ちょっと意味わかんないから。はぁ、せっかく妹さんと初めての顔合わせなのに、なんで阿久優馬くんも一緒なの? 私は未だに納得できてないよ、公人くん?」
俺の手を脇谷はぴしゃりと叩いてから、言った。
「まぁまぁ、久美ちゃん。そもそもが麻衣の入学祝に友馬と僕とで、パフェをご馳走したお礼なんだから」
「……公人くんが友達想いで良かったわね、阿久優馬くん?」
公人のフォローの言葉に、脇谷はそれ以上俺を責めることは無かった。
「……麻衣ちゃんとお昼、一緒に食べるの?」
俺たちの会話を聞いていた亜希が、そう言って話しかけてきた。
「うん。亜希も一緒に来る?」
公人の言葉に、亜希は俺をチラリと一瞥した。
「そうね、麻衣とは久しぶりにゆっくり話したいし」
亜希はそう答えた。
頬が少し、紅潮しているように見えた。
堂々と、俺と一緒に昼ご飯を食べられるから、嬉しいのかもしれない。
……そう思うと、とても可愛らしく思う。
「それじゃあ、屋上に行こうか」
公人の言葉に従い、俺たちは屋上へと向かう。
その道中、俺は思案する。
今回のイベントをきっかけに、麻衣ちゃんの攻略を進められそうだな、と。
☆
屋上に到着すると、麻衣ちゃんが既にいた。
場所取りをしてくれていたようで、シートを敷いてくれている。
「あ、兄さん」
俺たちに気づいた麻衣ちゃんが、公人に声を掛けた。
「麻衣、遅くなってごめんね」
公人が頭を下げると、
「ちょうど良いタイミングだったよ」
と、彼女は答える。
「やっほー、麻衣」
「あ、亜希ちゃん。やっほー」
亜希と麻衣ちゃんは、気安い様子で挨拶をした。
二人も、幼馴染同士。姉妹のような関係なのだ。
「こんにちは、麻衣さん。私は脇谷久美です。よろしくね?」
緊張した面持ちの脇谷の言葉に、
「はぁ、脇谷先輩、ですか。よろしくお願いします」
と、麻衣ちゃんは答えた。
きっと「この人なんでいるんだろう……?」と内心で疑問に思っているのだ。
二人が恋人関係だといつ告げるのか、ハラハラしながら様子身をするが……まだ言いそうにない。
身内に恋人を紹介するのが、公人は恥ずかしいのだろうし、脇谷は公人から言って欲しいと思っているのだろう。
「あの……麻衣ちゃん。今日は、お弁当を作ってきてくれたんだよね……?」
作り忘れていてくれ! そう願いながら俺は彼女に問いかけるのだが、
「そんなに不安そうにしないでください、忘れてませんから」
と、当然のごとく、そう言った。
「あ、あははー、嬉しいなー」
俺が渇いた笑い声と共にそう言うと、亜希が俺を横目で睨んできた。
他の女の子からの弁当を有難がるのは、彼女的にNGだったのかもしれない。
ちなみに、亜希は麻衣ちゃんのメシマズを知らない。
俺と公人が、犠牲者を増やさないようにしてきた努力の賜物だ。
「それじゃあ、お昼を食べようか」
公人の言葉の後に、皆で円になるようシートに座る。
「今日は、この間のお礼なので……腕によりをかけてお弁当を作ってきたの」
そう言ってから、大きめの弁当箱を取り出した麻衣ちゃん。
彩鮮やかな、見た目は美味しそうなお弁当だ。
「たくさん作ったので、良かったら皆さんで……」
と、麻衣ちゃんが言い切る前に、
「あ、ごめん麻衣! せっかく作ってくれたのに……実は今日、久美ちゃんにお弁当を作ってもらってて」
わざとらしく、公人は言う。
「……なんで、脇谷先輩が兄さんにお弁当を作るの?」
「そういえば、まだ言ってなかったよね。脇谷久美ちゃん、僕の恋人なんだ」
「……? 兄さんみたいな冴えない男の子に、恋人が出来るわけないのに、なんでそんな嘘を吐くの?」
公人の言葉を純粋に理解できないようで、麻衣ちゃんは首を傾げながら淡々とそう言った。
「酷い言い様……でも、本当のことなんだ。ね、久美ちゃん?」
脇谷は公人の言葉に頷いてから、弁当箱を差し出した。
公人はそれを開ける。普通に美味しそうな弁当だ。
……ご飯の上に、桜でんぶで作られた大きなハートマークさえなければ、だが。
「……えっ?」
絶句する麻衣ちゃん。
弁当のビジュアルに引いたのもあるのかもしれないが、大好きな兄が、突然どこの馬の骨とも分からぬ女を彼女として紹介してきたのだ。
理解が追い付かないのだろう。
「だから、そのお弁当は……友馬が食べてくれるよ」
覚悟をしていたことだったが、改めて告げられるときつい。
……ホントは手伝ってくれるよな、公人ォ!?
俺は無言のまま横目で公人を見るが、奴は絶対に俺と目を合わせようとしなかった。
「――あ、そう言えば私。先生に呼び出されてるんだった」
そう言ってから、麻衣ちゃんは立ち上がり、
「先に食べてて。……多分ご飯食べる時間ないので、これは阿久さんが全部食べて良いですから」
と言って、俺に弁当を押し付け、彼女は屋上を後にした。
押し付けられた手元の弁当に視線を向け、
「……えっ?」
絶句する俺。これ全部一人で食べないといけないのか?
……あまりにも辛い現実に、俺は耐えられそうになかった――。
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