第25話 負けヒロインは妹⑦
連休最終日の夜、寮内にて、俺と公人は話をしていた。
「お願いだよ、友馬。話を聞いて。確かにこの間、僕は君に決して許されないことをした。それは分かっている。だから、謝るよ。本当にごめん。――だから、考え直して欲しい。こんな、あんまりじゃないか」
「黙れ公人、これは決定事項だ」
深刻な表情を浮かべる公人に、俺は一言。
「そんな非人道的行為が、許されると思っているの!?」
「うるせぇっ!」
情に訴えかけてくる公人を、俺は一蹴。
「麻衣ちゃんが弁当作ってくれるって言うから、今度こそ3人で食べようってだけだ!」
「それがまさしく非人道的行為なんだよ!」
膝から崩れ落ちる公人。
こいつは、麻衣ちゃんが努力して、美味しい手料理を作れるようになったことを知らない。
だから、こんな反応をしているのだろう。
「……しょうがない。お前が来ないのなら、脇谷や亜希を誘うとしよう。今回ばかりは、俺も麻衣ちゃんの手作り料理を独占なんてしないから、皆で美味しく食べることになるだろうなぁ」
ケヒヒ、と三下っぽく呟く俺。
「……君がそこまでの卑怯者だったなんて、知らなかったよ」
軽蔑の眼差しを俺に向けながら、公人は責める様に言った。
「なんとでも言いなぁっ! それで、どうするんだ? 俺と麻衣ちゃんと3人で楽しくランチをするか、お前だけ仲間外れになるか……好きな方を選べ」
俺の言葉に、苦悶の表情を浮かべてから、意を決した公人は口を開いた。
「……分かった。その代わり、久美ちゃんと亜希には手を出さないように……約束してくれるよね?」
俺はその言葉を聞き、ニヤリと笑ってから、
「ああ。お前の覚悟が本物ならな……それじゃあ、明日の昼は楽しみにしているぜ」
と伝えた。
麻衣ちゃんが普通に料理を作れるようになったことを言っても良かったが、こんな短期間で上達したことを、恐らくは信じられなかっただろう。
それにこの間、一人で劇物処理をさせられたことを俺は根に持っていたので、ネタ晴らしをするつもりもなかった。
何より。
公人が純粋に驚く表情を、麻衣ちゃんと一緒に見たかった。
☆
そして翌日の昼休み。
俺と公人は、屋上でシートの上に座っていた。
彼は脇谷に、俺は亜希に、それぞれ断りを入れていた。
「阿久さん、兄さん。こんにちは」
少し遅れて、麻衣ちゃんは大きな弁当の包みを持って現れた。
その面持ちは、緊張しているのかやや硬かった。
「こんにちは、今日も弁当を作ってくれて、ありがとう。楽しみだ」
俺が麻衣ちゃんに言うと、彼女は
「この間よりも、上手にできたとは思うんですが」
と、言いつつも、自信はなさげだ。
メシマズを卒業してから初めて兄に食べてもらうのだから、ちゃんと美味しいと言ってもらえるまでは安心できないのだろう。
「友馬……君はそこまで追いつめられていただなんて、僕は気づかなかった」
俺が平然と、麻衣ちゃんの料理に、『楽しみだ』なんて言ったためだろう。
青ざめた表情で、公人は俺に向かってそう言った。
その言葉は麻衣ちゃんの耳にも届いていたようで、彼女は僅かにムスッとした後、
「それじゃあ早速食べましょうか」
と、言い、シートに座ってから弁当を広げた。
色とりどりのおかず。
きっと栄養バランスも考えてくれているのだろう。
麻衣ちゃんが箸を俺と公人に差し出した。
それを受け取る。
「公人……まずはお前が喰え」
俺が言うと、公人は涙を一筋流してから答える。
「うん、もちろんだよ」
そして、覚悟を決めた公人が、ミートボールを箸でつまんで、「いただきます」と呟いてから、口に入れた。
瞬間、彼の動きがピタリと止まった。
どうしたのだろう、と俺と麻衣ちゃんが様子を伺っていると。
「美味しい……!」
と困惑したように呟いた。
それから、他のおかずやおにぎりを食べ始め、それら全てを美味しく味わっていた。
どうやら、今回の料理も大成功だったらしい。
俺は麻衣ちゃんに視線を向ける。
彼女ははにかんだ笑みを向けてくれた。
「俺も、いただきます」
卵焼きを口に入れる。
冷めているのに、旨味があふれて止まらない。……美味しい。
「溢れ出よるわ!!!」
思わず、そう口にしていた。
公人は弁当に夢中で気づいていなかったが、麻衣ちゃんは戸惑った様子だった。
危ない、これが料理バトル漫画だったら、おはだけしているところだった……。
それから、3人で弁当を美味しく食べた。
☆
あっという間に完食をした。
「ごちそうさまでした」
俺と公人は、同時にそう言った。
「お粗末さまでした」
満足そうに、麻衣ちゃんは答えた。
それから、公人が戸惑った様子を見せた。
多分、本当にこれを麻衣ちゃんが作ったのか、気になっているのだろう。
公人の言いたいことが分かったのか、麻衣ちゃんは真剣な面持ちで言う。
「兄さん、これまで気を使わせてごめんなさい」
「な、何のことかな!?」
焦った様子の公人に、
「悪いな、俺がこの間打ち明けたんだ」
と、俺が答えた。
「え、そうだったの!?」
「そう。それで、二人にこれまで迷惑を掛けたから、ちゃんとできるように、阿久さんに料理に付き合ってもらって、練習を頑張ったの」
「友馬……。昨日は酷いことを言ってごめん。君は、最高の親友だよ」
感動した様子で、俺の手を握りしめてくる公人。
調子良いこと言ってんなこいつ、と冷ややかな眼差しを向ける俺。
「麻衣も、凄いね! こんなに美味しい料理ができるようになるなんて」
「別に……普通に作れば、普通の料理が出来るのは、当たり前でしょ」
恥ずかしそうに、視線を逸らして言う麻衣ちゃん。
つまり、これまでは普通に作っていなかったという、自白なのでしょうか。
「普通の料理よりも、ずっと美味しかったよ!」
「……ありがと。そう言ってもらえたら、嬉しい」
公人のまっすぐな視線を受けて、照れくさそうに麻衣ちゃんは答えた。
それから、予鈴が鳴った。
「お、もうすぐ昼休みも終わりだね」
俺たちは立ち上がり、空になった弁当箱とシートを片付けた。
公人が先頭を歩き、扉を開いて屋上を出て行った。
俺と麻衣ちゃんもそれに続くように歩いていたのだが、制服の袖をちょいと引っ張られ、俺は立ち止まる。
振り返り、麻衣ちゃんを見ると、彼女は口を開いた。
「あの……全部、阿久さんのおかげです、ありがとうございました」
「麻衣ちゃんが頑張ったからだろ。俺はただ、味見をしてただけだし」
俺の言葉に、麻衣ちゃんは小さく横に首を振った。
「私は、兄さんよりも、阿久さんを見返してやりたいと思ってたから」
「不味いって直接言われたらムカつくよな」
今度は、コクリと頷く麻衣ちゃん。
「だからまだまだ見返したりないので……また、お弁当を作ってきても良いですか?」
「うん、楽しみにしてる」
俺の答えに、麻衣ちゃんはホッと胸を撫でおろし、
「……し、失礼しますっ」
顔を真っ赤にした麻衣ちゃんは、屋上から出て階段を降りて行った。
彼女の背中を見送りながら、俺は考える。
好感度は、恐らく既に十分稼げているはずだ。
不測の事故が起こらない内に、最後まで一気に攻略を進めよう、と。
☆
その翌朝のことだった。
人気の少ない屋上で、亜希と、久しぶりに学校に来た瑠羽と3人で一緒にいるところを。
麻衣ちゃんに、見られてしまったのは――。
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