第15話 ヒロインはアイドル

 ドームでのライブは、瑠羽たち『3ニン娘。』の、これまでで最高のパフォーマンスを披露し、大成功に終わった。




 ――しかし、その裏で、表には出ないドタバタもあった。




 瑠羽に襲い掛かったストーカー男のことだ。


 彼は、俺たちの前から姿を消した後、瑠羽に暴言を吐き、俺をナイフで傷つけた事実に動揺し、あからさまに不審な挙動をしていた。


 そんな不審な男が会場の周囲を徘徊していたのだ。


 見回りをしていた警備員に、すぐに声を掛けられ、不審人物として事務所に連れられた。


 瑠羽と一般男性ファンである俺からの証言により、その不審人物が『スネイクマン』だとすぐに判明する。


 彼は無事に警察へと引き渡すことが出来たのだが……。




 その後、瑠羽は警察から事情聴取を受けることになった。(ちなみに俺は事情聴取をバックレ……回避した)


 そのせいで、ライブの最終確認の時間が少なくなってしまった。


 事情が事情だけに、ライブ開始時刻の引き延ばしや、最悪延期も考えられたが、




「今日来てくれたファンを、笑顔にできないまま帰ってもらうことは出来ないよ!」




 と、他ならぬ瑠羽がそう言ってきかなかったため、定刻通りのライブが始まる。


 そんなバタバタを感じさせないほどのパフォーマンスを、見事に披露したのだった。




 これにて、一件落着。


 後は……最後の仕上げだけだった。







 ドームでライブがあった日の翌日、夕方のこと。


 俺は高校の校舎の屋上に来ていた。


 休みの日に一人ここにいるのはなぜかと言うと…….




「こんばんは」




 屋上の扉が開き、俺に声が掛けられた。


 振り返ると……瑠羽がそこにいた。




「こんばんは。昨日ライブで、疲れてるのに、呼び出してごめんね」




 今日俺は、彼女をここに呼び出していた。




「大丈夫、このくらいなんてことないよ」




 気にした様子もなく、瑠羽はそう言った。


 制服姿の瑠羽。


 私服やライブ衣装は良く見ていたため、おかしな話だが制服装の方が新鮮だ。




「昨日は、楽しかったよ。すごかった」




 俺が言うと、瑠羽はゆっくりと首を振ってから言う。




「ありがとう。君のおかげだよ。……君が助けてくれなかったら、どうなってたか分からないもん」




「たまたまだよ」




 そう答えてから――、彼女に対して悪いことをしたと思った。


 俺が強引に攻略を進めたせいで、怖い目に遭わせてしまった。


 もっと別の方法を取ることもできたのだろうが……攻略にこれ以上時間を掛け、結果として彼女が死んでしまう可能性も、否定はできなかった。


 瑠羽に死の可能性がある以上は、俺には攻略を進めることしかできなかった。




「その手……大丈夫? 痛かったよね」




 俺の腕に目を向けて、落ち込んだ様子で彼女は問いかけた。


 シャツで隠れているが、この腕には今、包帯が巻かれている。


 切り付けられた直後は興奮していたから痛みはなかったが……。


 少し落ち着いてからは、ぶっちゃけ普通に痛かった。




「見返りに、愛堂瑠羽の歌を独り占めできるんだから、安いもんだよ」




 俺の言葉に、瑠羽は真剣な表情で言う。




「……一つ約束してくれる? あんな無茶、もうしないって」




「それは無理だ。愛堂が危なかったら、俺は危険を省みずに、君を守る」




 俺が即答をすると、




「馬鹿っ! 君が死んじゃったら、私だって嫌なんだから……!」




 と、喜んでるのか怒っているのか判断に困る表情を浮かべてから言った。




「……誰にだって歌うわけじゃないからね。君は特別だって、ちゃんとわかってる?」




「うん、わかってる。光栄だ」




「……本当に分かってる?」




 不服そうに、瑠羽は頬を膨らませた。


 しかし、彼女は呆れたように溜め息を吐いてから、ゆっくりと顔を俯かせた。




 それから、次に顔を上げた時。


 瑠羽は大勢のファンを魅了する、最高の笑顔を浮かべていた。




「今日は、君のためだけに歌うから……聴いてください!」




 瑠羽はそう宣言して、踊り、歌い始めた。


 ここには、照明も音響もない、ただの学校の屋上だ。


 それなのに。


 彼女がいるだけで、ここは紛れもなく、見る者を熱狂させるステージになっていた――。







 彼女が歌い終えると、俺は自然と拍手をしていた。




「――聴いてくれて、ありがとっ。愛堂瑠羽として人前で歌ったのは、君が初めてだ。昨日よりも緊張しちゃったかも」




「そうだったんだ。本当に、凄く良かった」




 俺はそう答える。


 微笑みを向ける瑠羽は、それから口を開いた。




「聞いてほしいことがあるの」




「何?」




「私はこれからも、沢山のファンに向けて、歌い続ける。だけど、それだけじゃなくって。……こうやって君だけのためにも、これからは歌いたい」




 そう言ってから、彼女は続けて、俺に向かって真っすぐに告げる。










「アイドル、天塚瑠羽の笑顔はファンの皆のものだけど。私、愛堂瑠羽の笑顔は、君だけのものです」










「……え?」




 彼女の言葉は予想外で、俺は思わず驚きを浮かべた。


 これは……告白なのか?


 ヒロインの方から告白をするなんて、前までのループではなかったことなのに……。




「……分かりにくかった?」




 動揺を浮かべる俺を上目遣いに覗き込んできてから、彼女はすっと顔を近づけてきた。


 そして――不意に、唇を重ねてきた。




「初めての、キス。……ねぇ、これがどういう意味か――まだ分からない?」




 ここまでされて気づかない男はいないだろう。


 不意の口づけ。


 どうしても動揺は隠せなかったが。




「俺も、愛堂のことが……瑠羽のことが好きだ。俺で良ければ、恋人になってくれると、嬉しいです」




 瑠羽をまっすぐに見つめて、俺は告白の返事を口にした。




「もちろん、これからも一緒にいてね……友馬君!」




 彼女はそう言って、俺の胸に飛び込んできた。


 それから、顔を上げて瞳を閉じ。


 ――もう一度、唇を重ねたのだった。











 俺と瑠羽が恋人になり、キスをした後のこと。


 互いに見つめあい、恥ずかしさに笑っていた、そんなタイミングで。


 不意に、屋上の扉が開かれた。




 そこには、亜希がいた。


 彼女は困惑したように立ち尽くし、俺たちを眺めている。




「――え? これって、どういうこと?」




 彼女は不安そうな表情で、そう言ったのだった。

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