カニ抗戦、ファイッ!


「オラァッ!」


カニの殻が砕けるとカニミソを飛び散らせながらそのカニは絶命する。それと同時に本格的にこちらに飛び掛かってくるカニ軍。それをなぎ倒すように周りにいる冒険者たちも攻撃を始める。


「大砲打ち方用意!」


いくつにも並べられた大砲から砲弾が飛ぶ。カニ達もそれに対抗するように背中にある殻から水弾を放ってくる。鉄程度なら平気で貫くほどの威力がある弾である。それに当たっている奴は流石にいないが、船や壁などは尋常ではない被害を受ける。一旦フィルを安全な所に避難させると本格参戦するカバネ。


「私は何をすればいいでしょうか!?」


「とりあえずケガ人の避難!それが出来ないなら回復料理でも作っておいてくれ!」


「了解です!」


このカニ、一体一体はさほど……と言った強さなのであるが、集団で襲い掛かってくるのが問題なのである。と言うのも何気にこいつらは軍として行動できるのだ。巨大な盾のように接近したり、後衛にいる奴らが水弾を放出して前衛にいる奴らを撃ちぬいて来たりとかなり統率が取れているのだ。しかしこちらには軍は無くとも強力な個がいる。カバネもその一人である。


「お前ら大丈夫かぁ!?」


「あぁこっちは問題ないぞ!」


とりあえずカニ兵を個々で倒していき、孤立させることで倒している者、集団の中に入って行き普通に倒している者など色々な奴がいる。カバネに関しては中にドンドンと入って行きゴリゴリ切り裂いて行っている感じである。既に何体殺傷したのかは分からないが、少なくとも二桁は行っている。前に戦った熊よりは強くないが、一人では間違いなく死んでいたであろう。そう言う数なのである。


「……」


「団長!着きました!」


「あなた達は……!?」


「我らは国境を警備している軍団である!この度近くにカニが出現したので始末しにまいった!」


この騒動に国境の軍もやってきた。彼らは警備隊でありながら最強とも言える防衛力を誇っており、この度カニが攻め込んできたのでやってきたのである。大分腹が立っているのか、武器を手に取りながら攻め込もうとしている。


「だ、団長!?流石にその装備は……!」


「……」


「いえ、何でもありません……」


それはスパナであった。何も変哲のないスパナであった。ただまぁ気になるところを言うとすると……その大きさであろう。団長は三メートルを超すほどの大きさであるのだが、スパナもそれに負けないような大きさなのである。その全長二メートル半、デカい事この上ない。そして団長はそれを持つと、カニたちに向けて思いきり振り下ろす。その瞬間、凄まじい衝撃と共にカニは吹っ飛び人も吹っ飛んでいった。


「なんだぁ!?」


「だから言ったじゃないですか団長!?今は迷惑になるからやめましょうって!」


「……帰るぞ」


「団長ォーッ!」


一発かまして勝手に帰って行った。前衛にいた奴らは何とか踏ん張り耐えた物の、他の物への被害は甚大であった。特に船は先程のカニなんぞとは比べ物にならない程に酷いものであり、逆に海へと津波が押し寄せるという奇妙な光景にあった。これでカニはしばらく海に流されて行き、カバネはと言うと揺れる船内でかなり踏ん張っていた。


「人が船に入ったらいきなりなんだぁ?!」


船の中にいるカニを狩っている時に起こった事なので、何が起こったのかいまいち理解していないようであったカバネ。それはそうとカニは始末している。そんなカバネはともかく遠くにいるフィルは薬草を使った薬膳料理を作っていた。飲みやすいスープに始まり、持ち運びやすいすいとん、更には食べやすい雑炊などを作っていた。給仕係という訳である。


「お嬢ちゃんすまんね!」


「いえ!皆様のお役に立てるのであれば光栄です!」


「そうか!ま、あまり気を張り詰めすぎるなよ!」


出来上がった物はすぐさま負傷した冒険者たちへと与えていく。本格的な治療は街へと急いで運ぶため、前衛にすぐに出れる者へが最優先である。かなりひどい傷を負っている者もおり、中には腕が丸ごと切り落とされている者もいた。


「ひどい……」


「これが現実さお嬢ちゃん。……だから俺らに出来るのはこうして少しでも傷を癒すことしかできんのだ」


「……ですね。負傷者の方はこちらにいらしてください!」


このカニのせいでかなりの被害が出ているようであった。フィルら後衛で戦っている皆はカニの水弾を避けながら負傷者を助けていた。一応死なないように立ちまわっているのもあり、被害はそこそこで抑えられているようであった。


「皆さん!こちらにきゃぁ!」


と、ここでカニが何かを投げつけてきた。それは『バクレツウオ』という魚であり、何かに触れると鱗を飛ばしながら跳ねるという魚である。この鱗が肌や皮膚に突き刺さると、そこから毒を流し込んだり突き刺さったまま抜けなくなるなどもあり得るのだ。


「大丈夫かお嬢ちゃん!」


「こっちは大丈夫です!そちらの方は!?」


「……大丈夫だ!」


フィルの前ではそう言ったが、彼は負傷者を助ける時に思いきり鱗が突き刺さっていた。突き刺さった鱗を引き抜きながら、前衛で戦っている者達は大丈夫なのかと考えるのであった。そして前衛では中々面倒な奴がやってきていた。


「いやでっか!」


「おい兄ちゃん大丈夫かって何だこいつ!?」


それはデカいカニである。先程クラブルは牛の頭のような殻をしていると言ったが、こいつは牛の全身のような殻を身にまとっており、そこから色々な物を飛ばしてくる。空母みたいな奴だなと思ったカバネら、先ほどのバクレツウオもこいつが飛ばしてきたのであろう。


「こいつマジか……!」


更に中からクラブルが出てくる始末。いったい何体いるのであろうか分からない程には出てきており、これのせいで前衛は混乱を極めていた。カバネはともかく他の奴らはこれほどの量に対応できていないのか割と攻め込まれているようであった。


「あの野郎こんなふざけた物隠してたのかよ!?」


「知るか、とにかく俺らが出来るのは奴を止めること一つ!」


「船に砲弾があったぞ!」


船内を探している他の奴が砲弾を発見したようであった。という訳で早速砲撃してみることにした一行。正直誰もがアレは駄目だろうと思っていたのであるが、割と効いているのかうめき声を出すデカイカニ。


「……効いてね?」


「……だな」


「お前ら全員大砲を使え!使わなくても良いって奴らは攻め込め!」


それを見た瞬間、前衛の士気が一気に上がる。アレを倒すことが出来るのだという事が全員分かった故に、皆大砲やら魔法やらをぶっ放していく。魔法に関してはそんなに強くは無いが的確に中の肉に魔法を撃ち込んでいる。


「よしよしよしよし!お前ら行けるぞ!」


誰がそう言ったのかは分からないが、それでも実際これは行けると言う自信が戦場を駆け巡る。カバネら大砲を使わない奴らは破壊された殻から内部へと入り込んでいく。人が入れるほどのデカさ。まさに空母というだけはある。


「中は暗いなぁ……」


「明かりならあるぞ!使いな若いの!」


暗い内部を照らすように、『黒蛍』の光が現れる。黒蛍は元々ランタン代わりに使われていることもあり、ベテラン冒険者の一人がカバネへと投擲する。光自体は若干青い光であるがそれでも手が空くのが重要なのだ。


「俺らは外で戦ってるから、兄ちゃんにはデカニ本体を任せるぞ!」


「分かった!すまない!」


「良いって事よ!」


ベテラン達は外で戦い、カバネは中で戦うことにした。しかし気味の悪い中身である。先程からねちょねちょというような音がしているのだ。しかし文句を言っている暇はない。外では更に攻防が激しくなっているようで、先程から凄い音がしている。


「急がねぇとなぁ……!」


そして走り出したカバネ。向かうは奴の心臓部である。どんな生き物であろうと心臓を貫けば確実に死ぬ。当然のことだろう。そして心臓部と思しき場所へと、肉を切り裂きながら向かっているカバネへとカニがやってくる。


「邪魔すんじゃねぇ!」


とまぁそんな感じで下に向かうカバネ。そんな中外では割ととんでもない事になっていた。割れた殻の中から何か更にカニがやってきたのである。しかもクラブル以外にも変なカニがやってきていた。


「おい何かいるんだけど?!」


「ありゃ『シヲマネキ』だ!首に気を付けろ!」


そのカニの名前はシヲマネキ。危険極まりないカニであり、異常にデカい右腕の鋏で人の首を斬ろうとしてくるカニである。近寄らなけりゃいいじゃんと思うだろうが普通に前に走ってくるので厄介なのである。


「あっぶね!」


「畜生、皆一旦退避-!」


いい感じに攻め込んでいたのであるがここで非常に厳しい後退である。一旦全ての中衛で戦っていた者は後衛に避難し、カニを魔法や砲弾で撃ちながら様子を見ている。フィルはと言うと英気を養ってもらうためにカニ料理を作っていた。


「カニ雑炊が出来ました!」


「すまねぇ嬢ちゃん、俺らは良いから若い奴に食べさせてやれ」


「分かりました!」


今だこちらには来ていないようであるが、しばらくすればいずれ来るのは確実。戦況としてはじり貧と言ったような物である。クラブルはそんなに強くないがシヲマネキが来たことによってかなり厳しい状況になってしまった。


「ちょっと道を開けてくれ!」


「ありゃひでぇ……腕を斬られちまってやがる……」


「もう冒険者としてやってけねぇかもだな……」


今回の戦いではかなりの被害が出ているようだ。ギルドベースにいる冒険者であっても被害は免れないようであった。カバネはカニを切り裂きながら殻ごと叩き割っているのであるが、何分数が多いのだ。大分面倒くさい状況にある。


「いや多いぞ!?なんだこの数!?本当に対人間用に連れてきたのか……?」


ここでカバネの頭にはある考えが思い浮かんだ。と言うのも明らかにこの数は異常なのである。人間に攻め込むためにこれだけの数を持ってきたと言うならば、正直これだけの数はいらないのである。半分以下で十分なのだ。しかしこの数は異常である。何かおかしい、そう考えても今はこのカニを始末するだけである。


「心臓部まではもうすぐ……何か分かればいいんだが……!」


そして遂に心臓部へと辿り着いたカバネ。心臓は赤く光っており、明らかに何かおかしいと分かる事が出来る状態になっていた。とは言え切ってしまえば関係ないのだ。と言うか自分にはそれ以外に出来る事がない。


「さぁて……俺はただ目の前の物を斬るだけだ!」


流石に心臓までには対抗策がないのか、切ってしまえば血が流れてくる。血だけではなく何か小さい虫のような物まで出てくる始末。とは言えその虫自体は正直出てすぐに死んでしまっていた。寄生虫であろう。心臓に突き刺すのは何かヤバそうなので周りの血管から切り裂いていく。


「ほんとこいつ血の量……ヤバイな。心臓これだけじゃないだろ普通……」


明らかに一個だけでは無いだろうと思い、心臓内に火薬を巡らせ火をつける。量は少なめでいい、動脈内で爆破すれば奴はただでは済まないはずなのだ。時限式で爆破するようにしたカバネ、早速その場から逃げる。


「……何もかも気になるが……!」


しばらく走り、殻の部分まで戻ってきたカバネであったが、ここである事に気が付いてしまった。それは奴の脳とみられる部分に何かが取り付けられている事である。急いでそれを確認しに行く。それは機械であった。ただ、この世界では見ることが出来ない機械であり、カバネだろうがギルドベースだろうが分からない物であった。とりあえず回収してから逃げる。


「これ何だよ……!」


そして遂に外に出たカバネの後で、血を流しながら倒れるデカニ本体。何とか船に飛び乗りながら後衛に帰って行く。沈むデカニ、逃げていくカニ。シヲマネキも逃げていく。統率が取れた、まるで自ら動いているような奇妙な動きであった。


「……帰ってきたぞ!」


「見ろ!カニが帰って行くぞ!」


何とか漁港を防衛できたことにより、ここにいる皆がそれを喜ぶ。カニの死骸は皆で回収し、壊れた船は中身を回収してとりあえず解体工事を始めることにした。何はともあれカニとの戦いは無事に終わった以上、まぁ祝う事にした。


「さて……」


そんな中、カバネはあのカニに付けられていた機械を確認してみることにした。恐らく脳に直接つけるタイプなのだろう、配線はむき出し基盤はモロ。しかもその上見たことが一切ないくらいの何かに流石に困惑していた。


「そう言えばカバネさん、その……ソレは何ですか?」


「分からん。こりゃ何だろうな?」


「私だって知りませんよ……機械なんですかね?」


この機械はとある生物が作った物である。生物というよりは半分機械なのであるが。カバネもフィルも、もちろん誰でもこの機械の事など分からないだろう。それを指す言葉はサイボーグ。人工的に作られた機械という事である。


「死んだな」


そしてそいつは遂に動き出した。今までは適当に取り付けた機械を使って散策していたのであるが、そいつが死んでしまったのでしょうがなく出てこようとしていた。おおよそ千年程沈んでいたそのサイボーグも、流石に出て来ざるを得ないようであった。


「……ちょっと待って深海じゃん」


まぁ沈んでいたのは千年前には知らなかったのであるが。そんな事など一切知らないカバネとフィル。当然こんな事は知るよしもないので二人は飯を食うのであった。ちなみに今作っているのはカニ鍋である。


「あっこれ行けるぜ」


「そうだな、お前らも食えよ」


「うめーなこれ」


「皆さまー!こちらで炊き出ししていまーす!」


一応皆に鍋を配っているようであった。カニ鍋の中身はカニに始まりネギや肉、メインの味はカニミソである。カニミソだけでは鍋を賄えないので魚系を煮込んで味を足している。また小さいカニの甲羅を使って酒を温めたりもしている。それはフィルではなくギルドにいる奴が金があるときにやる飲み方である。


「うめー……」


「これが無けりゃやってられねぇよ全く……」


「あぁそうだなぁ……ま、漁港がねぇと俺らも死活問題だしな!」


ガッハッハと豪快に笑う古参のギルドチーム。若い衆は焼きガニにしながら身を食っているようであった。そしてその翌日、カバネはある依頼を目にした。それは珍しい依頼であった。


「酒……『日焼酒ひやきざけ』の収集……?」


「カバネさん、何ですか?」


「……俺の親父が昔っから飲んでた酒さ。忌々しいがな」


「そう言えば……カバネさんの両親の話を聞いた事がありませんでしたね」


「あぁ。……つまらない話さ」


カバネ、彼の親はかなり良い所の生まれであり、そして何をやらせても上手くいったのである。カバネは昔、かなり太っていた。旨い飯を食っていたし運動もほとんどしていなかったから当然と言えば当然である。だがそれではいけないと思い、カバネは地下に運動する場所を作ったのである。


「そこで鍛えまくって今の俺がいるって訳よ」


「へー……ですが両親は……?」


「死んだよ二人は。この日焼酒のせいでな」


この酒はかなり特殊な物であった。元々は龍に供える為に作られた酒であるが、龍が封じられ無用の長物となった物である。そしてカバネの父親はその酒を手に入れ、それを小さな村で製作してふるまっていた。たまに高く売っていた。


「がだ、ある日龍の封印が解けたんだ」


その結果、村は龍に襲われた。燃える町、村人の悲鳴。カバネは地下でトレーニングをしていたので何とか燃えずに済んだのである。カバネは一度集中すると周りの事が見えなくなるので親に地下に来るようにと頼んでいたが、当然来ることもなく二日間。


「俺は灰になった村を見た」


全て焼け焦げ灰と化し、村にいた何もかもが焼けていた。最悪の光景であった。ついさっきまで平然だったはずの無駄が一瞬で燃え尽き、何もかも無くなったのである。唯一無事だったのは地下と、同じく地下にいた友人だけだった。


「俺の友は元々別の種族だったからな。俺の村には関係ないって事は分かってたさ。……けど、割と俺には協力的だった。いい奴だったしな」


「……それで……行くんですか?」


「いや、今は行かん。だがいずれ行かなくてはいけないんだ。……その為に生きてきたんだからな」


後ろの部分はフィルには聞こえなかったようであったが、それでも何やら悲壮な覚悟だけは伝わった。フィルは何も言わずに、カバネの手をギュッと握ったのであった。そしてカバネは次の依頼を受ける。今回は楽な仕事にすることにした。いずれある宿敵との戦いに備えるために。

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異世界料理奇譚 常闇の霊夜 @kakinatireiya

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