熊は飛び鮭は舞う。


「鮭。だ」


「はぁ……」


「採。だ」


「あぁ分かった。んで問題の川はどこだ?」


カバネとフィルは依頼で森に来ていた。今回の依頼は鮭収穫である。……が、この場所には熊が平然と歩いている。とてもデカい鮭だ。そして当然それを捉える熊もデカい。しかしそれ以上に厄介なのが、この目の前にいる奴である。依頼人である彼らは『土精霊ノーム』と言う種族である。とにかく無口という事が特徴。今対応している長老は喋れはするが正直な話、ほとんど会話にならないのである。


「娘。道」


「……」


という訳で無口過ぎる一族の洗礼を受けながら、カバネは鮭が採れる川に向かうのであった。一応会話をしようとしたのであるが、一切会話にならないのである。何とも面倒くさい話であろうが、大体ジェスチャーで何とかなるので問題ない。歩く事十分、フィルは村にいる。流石に危険なのでここに来るのは駄目だと判断したからである。


「……」


「ここがその川か」


頷く『ル』。ちなみに基本的にノーム族は大体名前が一文字である。無口なので名前を発音しなくてもいいように一文字なのである。そして早速鮭を収穫しに行くのであった。今はまだ熊が来ていないのでこの間にさっさと捕まえてしまおうというのだ。だがその鮭というのが想像以上にデカい。人で例えると成人男性程の大きさであろうか。


「でっか!?」


「……」


ルの方は普通にそれを鷲掴みにして引っ張り上げている。小柄でも怪力なのがノーム族なのである。ちなみにこの鮭の名前は『クイーンサーモン』と言う名前。まぁクイーンでも雄がいるのだが。その辺は深く考えなくともいい。そんな訳でカバネも捕まえに行く。


「なんだこの火力!?」


尻尾で思いきりビンタされたカバネ。かなりの巨体なのでそれでもかなり痛い。ムカついたのか剣を取り出し鮭の頭を貫く。それを引き上げながら次々と鮭を捕獲していく。そしてしばらく捕獲していると、遂に熊がやってくる。


「おっ逃げるか」


「……」


今は戦う気は無いので早速撤退をする二人。やはりとてもデカい熊である。流石にまだ何もトラップとか作戦とかを考えていない以上、戦うべきでは無いと判断したわけである。そして早速村に鮭を持って帰る二人。ちなみにフィルはノーム族の皆から歓迎されているようであった。


「旨。良」


「あ、美味しいって事ですね?」


よく分からないが好評らしい。鮭を投げつけてやると更に喜んだ。表情は変わらないが嬉しそうであった。という訳でフィルは鮭を料理し、カバネはあの熊をどうするかをノームたちと話していく。


「まずだ、まずあの熊はかなり強い。少し見ただけだが普通にデカい事がアドバンテージになるタイプの奴だ。とりあえず一匹だけなのが救いだが……」


「殺。可?」


「そう判断するのは早いぞ。……奴が川に赴く以上、間違いなく罠を張れば恐らく奴は引っかかるだろう。……という感じだ。で、今回奴を倒すために誰が行く?俺は少なくとも依頼だからな」


「手。上」


そう言うと数人が手を挙げる。やはりというか、アレと戦うのは厳しいのだろう。実際被害が出ている以上、それの恐怖はカバネよりも彼らが良く知っているだろうから。手を挙げた人数は十名。早速罠を仕掛けに行くことにした。


「とりあえず熊はいないぞ。今のうちに行くか」


仕掛ける罠は主に二つ。一つは落とし穴であり、おびき寄せて使うと言った感じである。なのでこれは遠くに仕掛けるとして、もう一つの罠である竹槍を仕掛けていく。こちらは鋭い竹槍を撃つ罠であり、大量の竹を既に用意しているので早速仕掛けていく。この竹の名前は『ヒダケ』という名前であり、可燃性が高い竹である。火をつけて飛ばしてしまえばかなりの威力になる。


「そっちはどうだ?」


「……」


「了解」


確認してみると割と何とかなっているようであった。次々と仕掛けていく一行、そんな中一人が熊を遠くに発見する。まだ落とし穴も出来ていないのにもう来たのかと言う事で竹をセットするのは一度止め、穴を掘っている方のノーム達の方に向かう。


「あー……結構出来てるんだな」


「……」


「何近くにいる?……穴は出来てるんだがなぁ……」


落とし穴は後少しで出来上がるのだが、その前に誰かがここに入っては不味いので一旦穴だけで放置する事にして今は帰る事にした。中々難しい話である。というのも、今回戦う熊は変種なのである。『レッド・ポーラ』という熊の変種『ブラッドポーラ』という熊。名前は見た目から付けた。常に返り血で染まっているのでこういう名前が付けられたのである。


「さてと……」


「あっカバネさん!……熊はどうなりました?」


「ありゃ今日中には無理だな。しかも奴は少なくとも今戦うと厄介な理由って奴がある」


「……何ですか?」


「奴は今発情期だ。……獣は興福している時が一番危険なんだ……」


かなり厄介なときに来ちまったなと、カバネは頭を掻きながら話す。今日は無理だと分かったので一旦フィルが作った飯を食う事にした。今日はとりあえず焼いて食う事にした。イクラを持っている奴らは捌いて売るので雄鮭である。


「焼いただけでも普通に旨いな」


「中に香草を入れているので美味しい匂いがすると思います!」


「味。良」


「美味しいですか?」


一応米があったのでそれを炊き茶碗によそっていく。この米はエルフの町で育てられている『コメェ~』から採れた物。羊の上に米が生えている。元々の名前は『タイヒツジ』という名前で、上に生えている物の名前によって呼び名が変わる。そんな感じのヒツジである。


「米に合うなこの鮭」


「そうですね!炊き立てなので更に美味しいです!」


という訳で初日はただ鮭取って寝るだけである。鮭を取るだけでは無かったのか?と思うだろうが、今回見つけたあの熊はギルドベースから報酬が出る程の奴なのである。つまりは狩るべき対象、敵である。


「……あの毛皮……硬そうだったな」


そんなことを言いながら、カバネは眠りにつくのであった。そして夜中。ある冒険者たちが早速目的の熊を始末しようとやってきていた。総勢十名。そんな奴らがぞろぞろと夜中に来ていた。先頭にいるリーダーらしき男はメンバーの奴らに指示を飛ばしていく。


「奴は野生動物に珍しく日中にしか動かない!であれば夜中に爆破してやればこちらのもんだ!」


オーと声をあげ、ブラッドポーラがいる洞穴に向かう冒険者一行。眠っているようであったので早速爆薬を奴の近くに置き、眠っていることを確認しながら遠くで爆弾を爆破させる。辺り一帯に轟音が響き眠っていたカバネはおろか他のノームたちも起きだす。そして冒険者一行は煙が晴れるのを待っていた。


「流石にこれだけの爆破ではもう生きていまい……!?」


その時。リーダーの男は煙の中で熊らしき死骸は一切無い事に気が付いた。それどころか先程までいたはずの熊が消えているのだ。これはどういうことだと考える暇もなく、一人が足を爪で貫かれた。


「何ぃっ!?」


武器を構える冒険者達であったが既に熊はその場所にはおらず、更に悲鳴を上げ一人また消える。次々に殺されていく冒険者一行。一人が逃げようとしたがまた殺された。この熊、別に日中しか動かないわけでは無い。ただ動きたくないだけであり、むしろ夜の方が人間と戦う場合はアドバンテージが多いのだ。


「こんな……こんな事が……!?」


そしてリーダーの男もついでに始末され、十人は物の十分で奴の腹の中に納まる事になったのである。そして確認しに来たカバネは血の跡を見つけ、奴の仕業であると確信する。こんな残虐で素早い行動は間違いなく奴にしかできない。人間を超える巨体で素早く、なおかつその毛皮は爆破を耐えられるだけの防御力があるという訳なのだ。


「……相当な奴だな」


あの時、カバネは実は半信半疑と言った感じであった。と言うのも一晩で村の人間を殺害しきったと言われていたのだ。流石にそんな訳が無いだろうと思っていたのだが、これを見てはっきりした。今回の奴はかなり厳しい戦いになるだろうという事を。そして最悪今回はシャレにならない程怪我する可能性があるという事を。


「まだ足りねぇな」


アレでも足りないと感じたカバネ、一人で更に罠の量を増やすために行動するのであった。そして皆が眠れぬまま夜を終え、翌朝。カバネは一人木の上で待っていた。熊がこちらに来るのをジッと待っていた。そして少しすると水を飲みに来たのか熊が降りてくる。相変わらず血まみれの体である。


「……人の味を覚えた以上、お前に間接的な恨みは無いが死んでもらう!」


そう言うと早速仕掛けておいた竹と追加で付けておいた剣を射出。それは当たると爆発しながら体に突き刺さって行く。流石に致命傷になどには至らないが、それでも流石に痛い物は痛いのだ。刺さったので暴れる熊と、それを見逃さないカバネ。剣を投擲しその体に突き刺す。腰の部分に突き刺さった剣に、更に暴れる熊。しかしここで攻撃が飛んできた所へ突っ込んできた。


「流石に食らう訳には……!」


カバネは乗っていた木から飛び、別の木の上に移動。その瞬間今まで乗っていた木が音を立ててなぎ倒される。更に突っ込んでくる熊、流石に食らう訳にはいかないカバネはとことん逃げる。そして遂にカバネの逃げのスピードに食らいつき、木から落とされてしまう。


「畜生!だがこの距離なら……!」


何とか落とし穴の場所まで移動したカバネ、しかし落とし穴の方は穴だけあり到底罠とは言えないような物であった。当然熊もそれに引っかかる訳も無く、回り込みながらカバネへと突っ込んでくる。だが流石にその程度であればカバネも分かっている。


「……そいつは通らねぇんだよ!」


回り込んできた熊を撃つようにタケノコが飛んでくる。ヒダケの子供、ヒタケノコである。こいつを穴の周りに配置しており、縄を引くだけで発射されるように仕掛けていたのである。ロケットのような勢いで突っ込んできたタケノコは熊のわき腹に突き刺さり、そのまま穴へと落ちていく。だがどうせすぐ上がってくるだろうと、早速次の仕掛けへと走っていく。


「まだ仕掛けはあったはずだ……!少なくともアレが……!」


熊はまだ穴から出てこない。しばらく走るととある場所にたどり着く。カバネは即座に剣を折ると熊が来るのを待つ。しばらく待っていると遂に熊がやってくる。そして来たのを確認すると火打石のように火をつける。ここはヒダケの群生地。火を付ければすぐさま辺り一帯が火の海に沈む。この中には二人しかいない。そして入る者は一人もいない。


「さぁ殺し合いだ糞野郎!」


カバネと熊の二人が本気で殺し合いを始めた時、フィルはと言うと昨日の鮭をほぐしながら鮭おにぎりを作っていた。相変わらず危険な場所に行っているのは分かっている。自分に力が無い事も当然知っている。


「私は私に出来る事をするだけです」


だから彼女は料理を作るのだ。そしてカバネと熊の殺し合いはかなり激しい戦局になっていた。遂に一騎打ち、剣で斬りつけているカバネに対し巨大な体で突っ込んでくる熊、カバネの攻撃は当たっているが全く効いておらず、逆に熊は当たれば一撃であるが当たっていない。互いに攻め時を見失っているようであった。


「辺りが火に覆われている以上、奴も外に出られない。最悪俺が死んでも構わないって事だ」


そんなことを言いながらカバネは更に突っ込んでいく。大分自分の事を考えていないような突っ込み方である。切れ味は最大、既に手は自分の剣のおかげでボロボロである。それでも切りつけるのを止めないカバネ。


「ここでお前は止める!」


だが次第に熊もその動きを理解したようで、そんなカバネの攻撃に合わせて爪を突き立ててくる。それをモロに食らったカバネの体には巨大な穴が開き、更に火の海に突き飛ばされる。熊も流石にここまですれば死んでるだろうと火を超え下にある街に向かうとしようとした。だが、その時熊は圧倒される程の殺気に襲われる。いったい何者だと後ろを向くと、そこにはカバネがいた。


「アー……」


否、カバネではない何かであった。全身が黒い霧のような物で覆われ、火が触れる瞬間ジュッと言う音を立て消える。流石にこれは不味いと思った熊、動物であってもそのくらいは分かるのだ。だがその爪は腕ごと持っていかれる。一瞬の出来事で何が起こったのか分からなかった熊ですら自分の腕が食いちぎられた事をすぐ理解した。


「マッズ……」


吐き捨てるように爪を口から出し、口から流れ出てくる血を拭きとりながら再び熊の方を向く。ここで熊、本能的に逃げの一手を選択しようとする。それはまぁ正解であった。火に焼かれながらも逃げ延びようとした熊であるが、火から出た時下半身を真っ二つに斬られ食われる。圧倒的な捕食者でありながら、ただの人間に食されているという事実を受け入れられない熊。


「ドコモ美味シク無イ」


完全に熊から興味を失ったのか、口から何か黒い剣を取り出す何か。それは鉄とも違う剣であり、それを振るうだけで焼けている火が消えていく。口からは食したのか火が出ており、理性を完全に持っているような動きで熊に近寄って行く。熊はと言うと最後まで逃げ延びようとしていた。


「失セロ」


だがカバネはそれすらも許さない。頭から腰まで真っ二つにすると、その肉片を食していく。剣で触れる瞬間に次々と肉片は消えていき、まるで剣が口であるかのように動いていた。そして粗方捕食した後、ソレは地面にぶっ倒れる。溶けるように霧は消えていき、そのままカバネが出現する。


「……」


「……!」


と、ここで鮭を取りに来ていたルがカバネの元にやってくる。偶然とは言え何とか生きて帰ってきたカバネ。そして起きて最初にしたことは全力で胃の中の物を吐き出すことであった。しばらくゲロを湖にぶちまけた後、うがいして喉を潤す。そして鉄があるのを確認し何とか自分を落ち着けるのであった。


「はぁ……よし、これで良い」


「あの……カバネさん……?」


「うわぁっなんだぁ!?」


ここで様子を見に来たフィルが後ろから話しかけてくる。カバネの反応はかなり過剰なモノであるが、フィルはそれでも普通に接する事にした。正直フィルには何があったのかは分からない。それでも何か嫌な予感がしたのである。


「……その、何といいますか……熊はどうなりましたか……?」


「……とりあえず死んださ。少なくとももう大丈夫さ……大丈夫なはずだ……」


普段のカバネと違い、何かを後悔するように頭を抱えていた。先程の黒い霧、アレはカバネが山で過ごした時に手に入れてしまった何かである。一応今のところは押さえつけているが、危機的状況に陥ると勝手に発動し食える物を全て食いつくしていくという極悪極まりない何かなのである。カバネはこれに食害しょくがいと名前を付けた。


「……その……私には何があったのかは分かりません……」


「……」


「それでも、私は側にいます!私はカバネさんの料理人ですから!」


「……それ理由じゃ無くない?」


「それはそうですけど!」


正直な話、彼女が何を言っているのかは分からない。それでも励ましている事くらいは分かる。いつまでもうじうじしていられないだろうと、フッと笑うとその場から立ち上がる。そして早速ノームたちの元に帰る事にしたのであった。


「それで、今回は何を作ったんだ?」


「今回は鮭のムニエルです!きっとカバネさんも気にいると思いますよ!」


「そりゃ楽しみだな。……じゃ、行くか!」


そしてカバネ達は料理を堪能した後、ギルドベースへと帰って行く。そんなカバネ達であったが、ギルドベースへと着いた時急に部屋の中が騒がしくなる。何事だと話を聞いてみることにしたカバネ、するととんでもないことが起こっていることが分かった。


「どうしたおっさん!?」


「ぎ……漁港に……『クラブル』が……」


「何!?クラブルだって!?」


「何ですかその……クラブルというのは?!」


「これよりギルドベースでは緊急依頼としてクラブル討伐隊を組みます!乗り込む方はこちらに集まってください!」


クラブル。それはカニである。だが普通のカニではない。殻の部分が牛の頭に見える事から、クラブルという名前で呼ばれているのだ。性格は凶暴で、一度攻撃されるとそれが消えるまで執拗に攻撃し、仲間を呼び大量にやってくる。恐らく違法漁船が知らずのうちにクラブルに攻撃してしまったのだろう。漁港からすればいい迷惑である。だがそうも言っていられない。事実それでかなりの被害が出ているのだろう、密猟者を炙りだすのはこいつらを始末してからでもよい。


「カバネさん!」


「俺は行く!どうするフィル!?」


「私も……私も行きます!」


「そうか!しっかり掴まってろよ!」


この世界に転送魔法という便利な物は無い、なので風魔法を利用して思いきり飛んで行くのである。颯爽と二人が漁港に駆け付けた時、漁港には既に大量のカニが増殖していたのであった。その内一匹を早速鉄で殴りつけた事で本格的に戦争が始まるのであった。

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